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「刑務所の方がマシ」死刑になりたい若者たちを生む日本社会の生きづらさ

集英社オンライン / 2022年10月22日 12時1分

「刑務所に入りたい」「死刑になりたい」と言って無差別に事件を起こす若者がいる。日本社会には、劣悪な環境から逃れるように犯罪に手を染めて「少年院の方がマシ」と言って社会復帰を拒む若者もいる。そんな「日常」を生きる若者たちの心象にせまる。

中3少女の凶行

「死刑になりたくて、たまたま見つけた親子を刺した」

2022年8月、夏休み中の15歳の中学3年生の少女がそんな思いで殺人未遂事件を起こした。犯行場所は渋谷駅から徒歩圏内の路上だった。

この日、埼玉県戸田市にある自宅を、少女は「塾の夏期講習へ行く」と言い残して出ていった。Tシャツにレギンスといった、どこにでもいる中学生の夏の装いだった。

だが、少女は塾へは向かわず、電車に乗って渋谷へ行った。



午後7時過ぎ、少女は品定めするように日の沈んだばかりの道を歩いていた。この時、彼女はすでに犯行を計画し、2本のナイフと1丁の包丁を所持していた。

彼女の目にとまったのは、たまたま前を歩いていた53歳の母親と、19歳の娘だった。少女はナイフを握りしめ、背後から2人に襲い掛かった。ナイフで背中や腕を切りつけたのである。路上に女性の悲鳴が上がって初めて、周囲の人々が異常に気がついた。そして、その場で取り押さえられて、警察が呼ばれたのだ。

被害にあった母親と娘はかろうじて命は助かったものの、数カ所を切りつけられて全治3か月の重傷を負った――。

「社会に出たくない。ここで生きていく方がマシ」

渋谷で起きたこの事件は現在取り調べ中のため、詳細は明らかになっていない。

ただ、事件の一報を聞いて、近年似たような事件が起きたのを思い出した人は、1人2人ではないだろう。

2018年、22歳の男性が「無期懲役になりたい」という理由で東海道新幹線の車中で3名に襲い掛かって1名を殺害、2021年には「死刑になりたい」という理由で東京の京王線で24歳の男性が乗客を次々と切りつけてから放火した。

なぜ、若者たちは「刑務所に入りたい」「死刑になりたい」と言って事件を起こすのだろう。

実は、刑務所や少年院の中で収容された人たちに話を聞くと、「社会に出たくない。ここで生きていく方がマシ」と語る人が少なくないのだ。

こうした事件が起こると、ネットでは「死にたければ1人で死ね」とか「さっさと死刑にしろ」といった意見が飛び交う。ただし、加害者たちがなぜそのような考えに至って凶行に及んだのかについて考えることも必要だろう。

現代の非行少年に共通する2つの傾向

近年、少年院にいる若者のタイプが昔と違ってきていることをご存じだろうか。

20~30年前は暴走族やカラーギャングなど、いわゆるヤンキーと呼ばれるような不良タイプの少年たちがほとんどだった。彼らは家庭の問題などによって道をそれ、暴走族など地元の不良グループに入り、鬱屈とした感情を暴力という形で社会に対してぶつけていた。校内暴力、暴走、かつあげ、抗争といった非行はその象徴だった。

他方、現在、少年院にいる子供たちの大半はまったく異なる。家庭で虐待を受けたり、不適切な環境に置かれたりして、自己否定感を膨らますところまでは同じだが、不良になって他者を傷つけるのではなく、不登校、自傷、ネット依存といった形で自分を傷つける行動をする傾向にある。

こうした若者たちは社会性が身につかず、他者とのかかわりを絶っているので認知がどんどんゆがんでいく。それゆえ、思春期になった時に、簡単に悪い大人に騙されて特殊詐欺や売春に加担させられたり、感情の爆発を抑えられず人に人に危害を加えたりすることがある。

現代の非行少年に共通するのは次の2つだ。

① 社会の中に家庭を含めて安心できる居場所がない。
② 人間関係を構築し、社会で生きていく力が非常に弱い。


以前、私は『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか』(平凡社新書)を出した。その時の取材から1つ実例を紹介したい。

虐待を隠蔽するために小2で通学禁止

山本豊成(仮名)は父子家庭で育った一人っ子だった。居酒屋を営んでいた父親は、アルコール依存で、毎日のように豊成に暴力をふるっていた。何度も骨折させられたため、指や片腕の肘が変形したほどだ。

父親は小学2年生の頃から虐待を隠すために豊成に学校への通学を禁じた。学校には「息子がひきこもった」と説明し、本人には家で家事や店の仕事を無理やりやらせたのだ。

毎日店の掃除から皿洗いまでやらされ、家に帰れば理由もなく殴る蹴るの暴行を受ける。豊成は地獄のような日々から逃げ出そうと、度々脱走を図ったり、自殺未遂をしたりした。だが、いずれも失敗に終わり、父親から制裁として激しい暴行を受けた。

15歳のある日、豊成は仕事中にミスをして父親から叱りつけられた。彼の脳裏によぎったのは、次のようなことだった。

——このままじゃ、家に帰った途端に殺される。

そう考えると、恐怖でいても立ってもいられなくなった。そして豊成は父親から逃れたいという一心で、居酒屋の入っているビルのトイレに放火をした。警察に捕まれば、父親から逃げられると思ったのだ。

幸い、消防車がすぐに来て、トイレのある階だけで火は消し止められたが、放火の罪によって彼は少年院へ入れられることが決まった。

劣悪な環境から逃れるための犯罪

この事例からわかるように、犯罪に手を染める人、その中でも若者が置かれている環境は劣悪だ。

家庭虐待の他にも、学校でのいじめ、地域での差別、悪友からの誘い、悪いグループとのしがらみなどがんじがらめになっているケースが少なくない。生きるために売春をするしかないといったこともある。

また、先天的な障がいとの関わりも少なくない。知的障がいや発達障がいによって、より大きな生きづらさを抱えていたり、一般的な人以上に日常から苦しみを感じ取る機会が多いことがあるのだ。

そんな若者たちが、劣悪な環境から逃れるために、苦し紛れに手を染めるのが犯罪なのだ。

「刑務所へ行きたかった」「死刑になりたかった」といった彼らの言葉の裏には、そういう現実がある。

少年院は、こうした子供たちに社会復帰できる力を養わせるための場所だ。社会から切り離し、どう生きていけばいいのか、人間関係とは何かかといったことを1年前後かけて身につけさせる。

だが、いざ彼らを社会に返そうとしても、再び大きな困難が立ちはだかる。少年たちが社会に帰ることを怖がることがあるのだ。私が話を聞いた少年たちは次のように述べていた。

「社会に戻りたくありません。また親が追いかけてきて私からお金をむしり取るとか、利用するとかするだけだから。それならずっとここにいた方がいい」

「ここを出ても、どうせ仕事とかつづかなくて、夜の街にもどって売春するだけだと思う。(売春は)できるならしたくない。でも、それしかできないんだもん。だったら、こっち(女子少年院)の方がマシ」

残念ながら、少年院に1年いたところで、社会の荒波を自力で生き抜くだけの力が身につくのは稀である。大半は社会にもどった後、再び厳しい現実にぶつかることになる。

彼らはこうした現実をわかっているからこそ、こう言うのだ。

「社会に戻りたくない。このままでいい」

少年院や刑務所より厳しい「日常」が存在する

一時代前の不良タイプの少年たちは、ヒツジの皮をかぶってでも1日でも早く少年院を出たいと思っていた。更生するにせよ、しないにせよ、独力で生き抜く気概と自信があったのだろう。

だが、今の子供はそうではない。生きるための力を育ませてもらえなかったことで、社会で生きることそのものに恐怖心を抱いているのだ。だから、そこでまた苦しい思いをするくらいなら、毎日3食もらえて、安心して眠ることのできる少年院の方が居心地がいいと考えるのである。

高齢の受刑者の中には、軽犯罪をくり返して刑務所暮らしをしている人間がいる。

若い頃は社会で働くことができても、年を取ってそれが難しくなった時、ホームレスをするより、刑務所の方が生きやすいと考え、出所しても無銭飲食や万引きをして数日で捕まり、もどってくるのだ。

現在、少年院で暮らしたいという少年たちは、そうした高齢の世代とは少し異なる。彼らは若い頃から人とつながれない、働けない、生きることに意義を見い出せないといった問題を抱えている。だからこそ、家にいるより、少年院にいる方が楽だと感じるのだ。

日本社会には、少年院や刑務所より厳しい「日常」が存在する。あるいは障がいや病理によって、過大に苦しさを感じ取る人がいる。加害者を取り締まるだけでなく、そうした日常や特性に目を向けて予防策を講じていかなければ、犯罪が減ることはないだろう。

取材・文/石井光太

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