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【スゴ技動画アリ】“即興広告”でバズらせた昭和気質な文字書き職人サインズシュウの仕事術

集英社オンライン / 2022年10月29日 11時1分

AIや機械による作業の効率化が進む中で、絶対に人間にしかできない仕事がある。大阪府貝塚市の看板屋「サインズシュウ」で文字書き職人歴36年の上林修(かんばやし・しゅう)さんの仕事も、まさにそのひとつだ。

渋スギ技術に感動の嵐!

「文字書き職人」と呼ばれる人がいる。主に商店の看板、町の標示板などに手書きで文字を入れる職人のことだ。しかし、その「文字書き職人」は、現在では大変貴重な存在になっている。

なぜなら、今や、デジタル出力した文字を使うことがほとんどだからである。「プロッター」という巨大プリンターのような装置を使えば、お望み通りの文字を簡単に印刷することができる。かつて、看板や標示板の文字はほとんど手書きだったが、便利な機械の登場により、その専門職はほぼ消えてしまった。



そんな時代にあって、大阪府の南部、貝塚市に現役の「文字書き職人」がいると聞いた。「サインズシュウ」という屋号で看板制作を請け負っている上林修さんがその人である。

作業場に到着すると「めっちゃ散らかっててすんません」と、上林修さんが出迎えてくれた。

看板屋「サインズシュウ」を営む職人・上林修さん

手の届く範囲に色々な物がある上林さんの作業場

上林修さんに伺ったお話へと進む前に、まず、「文字書き職人」の技術がどういったものなのか、以下の動画をご覧いただきたい。

上林さんの文字書き作業の模様を早回しした動画なのだが、駅名標、キリスト看板などをモチーフに、非常にバランスの整った文字を書いていく様子が映っている。丸ゴシック体の美しい曲線が手仕事によって生み出されていく様は見ていて心地いい。驚くのは下書きなど一切せずにフリーハンドの一発勝負で書いていることだ。まさに神業といった感じである。どうしてこんなことが可能なのか、まずは上林さんの経歴から伺っていこう。

ちなみに上林さんは、文字書きの作業をしながら回答してくれている。

取材時、上林さんは銭湯に設置される「鏡広告」を制作していた。文字を入れる前におおよそのバランスをイメージするという

本物の職人世界に

――上林さんが文字書き職人になったきっかけはどんなものだったんでしょうか。

絵を描くのが好きやったんで、高校を出て舞台美術をやってたんです。大道具ですね。その現場に文字書きさんがたまに現れて、僕らが枠だけ作った看板にシュッシュッと文字を書いて帰りよるんですよ。それを見て「あっちの方がええなぁ」と(笑)

――文字書き職人さんに憧れを抱いたわけですね。

そうですね。それが20歳の時。で、地元もずっと貝塚市なんですけど、近所で探して、(同じく大阪府の)和泉市の親方のところにいったんですよ。今から思たら、その方が本物で助かったというか、ものすごいラッキーで。

――「本物」というのは、尊敬できる親方だったと。

文字書きの仕事してる人はもう、その当時すでにだいぶ減ってたんですわ。本当に技術を持ってる人を探すのが難しいぐらいで。僕の親方のいた集団は『南海広告社』ゆうて南海電鉄の電車の駅看板とかロードサインとか、そういうのに特化した看板屋でかなりレベルが高い看板屋だったんです。

その親方が僕より18歳上やったんですけど、当時の業界ではその人が一番若手ぐらいやったんですよ。そこに20歳の僕がぽっと入ったもんやから、ほんまに可愛がってもうて、甘やかされてね(笑)

――それは何年前ぐらいの話ですか?

僕が今56歳なんで、36年前ですね。1986年ぐらい。

作業の模様はいつも撮影しているそう。SNS等にアップすることで文字書き職人の仕事を少しでも多くの人に知ってもらいたいという

――親方のもとでどんな修行をしていたんですか?

筆先にペンキをつけたらまったく躊躇のない様子で文字を書いていく

これといって具体的には教えてもうてないねぇ(笑)最初はずっと親方の仕事を見て、3、4年したら書かせてはもろてたんやけど、今から思うとようそんなんでやらしてもうてたなゆう状態でね。文字書きの真似事ゆうか。

「字をちゃんと勉強したかったら新聞の活字を見ろ」

――あの、ちなみにこうやって話しかけても問題ないんですか?

全然大丈夫(笑)

――脳の中の別の部分でやっているんですかね。

そう言われることが多いんやけど、そういうことなんでしょうね(笑)。外で一人で書いている時とかあるでしょう。そういう時は時間がわからんようなるんですよ。腹も減れへんし、飯も食わずにずーっとやってたりね。

――没頭している状態なんですね。あ、修行の内容について聞いていたんでした。

整った文字がかなりのスピードで筆先から生み出されていく

ここをこうとか教わるんではなく、僕が書いたのに赤入れられたりね。それを見て「ああ、なんかあかんねやー」とか。その親方は「俺の字を真似しろ」みたいに言わんと、「字をちゃんと勉強したかったら看板屋が書いた字じゃなくて新聞の活字を見ろ」ゆうてた。「看板の字を真似してるうちはそんなにええ字は出てけえへんよ」って。

完成!「文庫で揃えてや~」の文字列をあっという間に書き終えた

――そういうものなんですね。

そこから10年経っても、その時の自分を今振り返ってどうかゆうたら、なかなか厳しいもんで、いまだに完成せえへん。それでどないかしようとTwitterに動画上げたりして。

今回制作したのは大阪市此花区の銭湯・千鳥温泉に設置される看板。同銭湯では浴場内の鏡広告の広告主を全国から募集している

――動画をアップすることも練習という感覚なんでしょうか。

そうやって毎日描かないとあかんと思います。僕は特にね。もう一人、和泉市の板倉さんって文字書きがおって、学年でいうと向こうが一個上なんやけど、その人は割と勘のええ人で、手が調子よう動くんやけど。僕は毎日手を動かしてないとね。

――その板倉さんという方も文字書き職人なんですか?

そうそう。板倉賢治(いたくら・けんじ)さん(大阪府和泉市の看板製作会社「Kカンバン」代表)ゆうて、ずっと仲良い方がいてね、その人がやってるから僕もやめずに続けてるゆうところがあるんです。

日本全国でも超稀少な職人技

――やめるっていうのは別の仕事をされるということですか?

いや、途中で機械を買った時に「手書きはやめてこっち覚えたほうがいいんちゃうか」と。

――なるほど、もう手ではなく機械でやっていこうと。

うん。プロッターゆうてね。ゆうたらCADみたいな、切り文字を作れるわけなんですよ。
この機械の登場が看板屋にとったら革命で、それまで文字を出力するゆうたら手しかなかったのが、こういうものができてもうた。

作業場の奥にあるのが「プロッター」。手書きをやめてこっちに乗り換えようかと思った時期もあったという

そもそも文字書き職人がみんな自分の技術に?マークを持ちながらやってた時代に革新的なものが出て。「これは夢の機械や」ゆうてみんな飛びついてね。僕も飛びついて(笑)
「もう(手で)書かんでええわ」ゆうてたら、嫁さんが「書かんとあかんで」ゆうて、「そうかぁ?」って。

――機械は便利なんでしょうけど、でもこうして手で書ける人は今はもう貴重になっているわけですよね。

まあ、手書きやったら(凹凸のある)シャッターとかにも書けるしな、とかね。いいところもあるんで、なるべく手を動かすように気をつけてやってきたんが逆によかったんかなと今になって思うけどね。

こちらも上林さんが書いた文字。凹凸のある面にもきれいに書けるのは手書きだからこそ

――文字書き職人は、上林さんや板倉さん以外に全国的にももうほとんどいないですか?

おらへんと思う。修行してる当時から僕は色んな人と知り合いたかったから、「文字書きやってる人おったら全国どこからでも連絡ください」ゆうてブログに書いたりしてたんやけど、一回も誰からも連絡なかったね。せやから、今に始まったことやなくてもう30年前には終わりかけてたんですよ。

こちらも上林さんの手書き文字。ビニールであろうとなんだろうと素材に合わせて塗料を選べば、書くことができるという

横浜Fマリノス優勝の“即興広告”で大バズり

――ひらがなの中で、どの文字が難しいとかってありますか?

ひらがなは全部難しいですよ。ひらがな見たら文字書きさんの技量がわかります。

――そうなんですね。「ぬ」とか難しそうですけど……。

いや、「に」とかが実は難しいんです。ああいう字の方がね。

――なるほど、かえってそういう方が難しいんですね。

ひらがな、カタカナ、漢字。どの文字も美しく、そして人間らしい味わいがある

――これまでのお仕事で印象に残っているものはありますか?

3年前かな、Jリーグの横浜Fマリノスの広告をやって、ものすごい話題になったんですよ。マリノスが優勝しそうになってて、結果が決まる5週間ぐらい前から優勝を煽る広告を考えてたみたいで、横浜駅の構内で“即興広告”をやるということになったんです。

――即興広告ですか。

「試合結果に応じて即興で作るゆうね。たとえば何対何で勝ったゆう点数とかやったらデジタル数字の『8』を黒で塗りつぶしたりして対応できるけど、『あと一勝だ!』みたいな、スローガンゆうか、そういうフレーズも即興で出したいと。でもそんなすぐには、印刷屋さんも間に合わん。で、調べたらこんなおっさんおるゆうんで(笑)

――これ以上ない適任ですもんね。

それで4週間にわたって横浜駅の構内にその広告の文字を書きに行ったんですよ。実際に書いてるところも人が集まって規制がかかるぐらい話題になったりして。あれはええ広告やなと思ったんですよ。ライブペイント広告、材料と作業料だけでできるし今はSNSやYouTubeでバズったりもしますからね。依頼、受け付けてます(笑)

――すごく面白いですね。横浜から大阪の上林さんに声がかかるということは、やっぱり職人さんが他にいないということですよね。

そういうことでしょうね。あとはデザイン学校で生徒の前でライブペインティングしたり、台湾に行った時もライブペインティングしたな。

ずっと残したい文字があるなら、「手書にしとき!」

――台湾でも! 大きく字を書く時と、さっき書いた文字ぐらいのサイズと、どっちが難しいんですか?

それは小さい方が難しいですね。

――文字を書く時は最初に文字のバランスが頭の中に浮かぶ感じなんですか?

それがようわからんのです。それがわかれば本でも出せるんですけど(笑)『なんでそないなってんの?』って言われても説明ができないんですよ。

――毎日書き続けてきた修行の成果というか、感覚なんでしょうね。

まあね。でも、ゆうても機械でできてまうことなんですよね。ただ、書いたものは書いたものにしかない雰囲気があってええんやけどね。機械は便利やけど、どの看板も一緒やから、町が均一的になるでしょう。

――書き文字のお仕事は日常的にあるものですか?

30年以上前からやってるんでここの近所の人は『字、書かなあかんってなったらあいつおるわ』って思てくれてて、今日も昼からお稲荷さんの柱に『令和何年』って書いたりとかね。

――手書き文字が必要とされる場はこれからもあり続ける気がします。

上林さんが書いた文字は鏡広告として千鳥温泉の浴場内に設置されている。

――ちなみに上林さんがファンの方に「サインください!」って頼まれたらどんな文字を書きますか?

いや、普通に名前書くだけやね(笑)

――上林さんは、機械で切り出した文字で作った看板について「便利やけど、15年経つとボロボロになってきたりすんねん」と言っていた、その逆で「書いた文字は15年経つと味が出てくるんよね」という。

町の古い看板って味があるでしょう。あれはやっぱり誰かが丁寧に書いたからなんですよ。だからこれからもずっと残したい看板なんやったら『手書にしとき」って言いたいところはあるね」と語る上林さんの姿がなんともかっこよかった。

完成した作品と一緒に記念撮影!

ちなみに「サインズシュウ」の上林さんは頻繁にアップしている作業動画はTwitterアカウントでチェックするのが便利。また、上林さんの作品が「鏡広告」として掲示されている「千鳥温泉」もユニークな銭湯なのでぜひチェックしてみてください。

取材・文・撮影/スズキナオ

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