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「戦争めし」「車窓のグルメ」…食にこだわりがない魚乃目三太が15年間マンガめしを描き続ける理由

集英社オンライン / 2022年10月29日 12時1分

「食べることは生きること」をモットーに、人と食を結び付ける漫画を発表してきた漫画家・魚乃目三太氏。今年で画業生活15周年を迎え、イラスト集『魚乃目三太のマンガめし画帖』(玄光社)が8月16日に刊行された魚乃目氏が語る人と食の関係とは?

提供/『魚乃目三太のマンガめし画帖』(玄光社)

食べ物は歯ざわり、舌ざわりを想像しながら描く

――画業生活15周年おめでとうございます。数多くのグルメ漫画を手掛けてきた魚乃目先生ですが、これまでに描かれてきた食の絵はどれも美味しそうなものばかり。美味しそうに描く秘訣はあるんでしょうか?

口に入れたときの歯ざわり、舌ざわりを想像して描きますかね。「これどんな食感がするんだろう」って思いながら描くと、自分としても食欲が湧いてくるんですよ。



だから漫画では実物の食べ物よりも大きく、わかりやすく描こうとしていますね。たとえば米を描くときは、米粒を大きくするなどの工夫をしています。

米粒を実物通りに描いてしまうと小さくなりすぎてしまって、食感が想像しづらくなってしまうので。

「ごはんは食感を想像して描く」と語る魚乃目氏

――必ずしも実物に忠実に描くわけではなく、あえてデフォルメさせている部分があるわけですね。

これまでに食に関する漫画をたくさん描いてきてなんなんですが、自分はあまり食にこだわりがあるほうではないと思っていたんです。

けど、いざ思い返してみると、やはり自分なりのこだわりがあるんでしょうね(笑)。

細かいところなんですが、絵を描くときに“一口、二口の変化を足す”のもそのこだわりの一部なのかもしれません。

作画の例を挙げると、焼き上げたさんまが食卓に並ぶじゃないですか。そこにポン酢や醤油を垂らすだけでは少し物足りないので、大根おろしやネギなどちょい足しするんですよ。そのほうがハッピーだし美味しいと思うので。

現代人が忘れかけている人と人のあたたかい絆

提供/「思い出食堂」(少年画報社)2022年No.66〈お好み焼き編〉

――漫画雑誌「思い出食堂」で魚乃目先生が寄稿している作品では、食を通じて家族の絆を描いています。話のモデルはご自身で探しているのでしょうか?

半分実話、もう半分を僕と編集部で作り出しています。実話の部分は、街中で僕が実際に見聞きしたことでして、特に僕の作品でよく登場する町工場は、昭和の匂いを残した東京の下町がモチーフなんです。

町工場では、基本的にノルマが終わったら上がってOK。夕方になれば町の居酒屋はすぐに労働者でいっぱいになります。

ワイワイ、ガヤガヤしているのですが、驚くことになんと子どもも勝手に来ていて、一緒になってごはんを食べているんですよね。

そこでは小学校から帰宅し、自宅にランドセルを置いてすぐに遊びに行く、遊び終わったら銭湯に行きお風呂に入る、ごはんは居酒屋か友達の家で食べる……といった風景が繰り広げられています。

そういった人のつながりってとてもあたたかいものだと思うんです。こうした実話を下地にした食のエピソードを通じて、読者のみなさんには人と人の絆の深さを感じてもらえれば、と思っているんですよ。

魚乃目氏は人のつながりがある古き良き空間が好きと話す

提供/「思い出食堂」(少年画報社)2013年No.12〈ふっくら新米編〉表紙イラスト

――魚乃目先生の作品やイラストからは、家族団欒や大衆食堂の和気あいあいとした雰囲気など、現代人が忘れかけている古きよき人と人のつながりを感じます。

僕自身、そんな光景が大好きなんですよね。親戚が集まったり、お祭りで神輿を担いだり、たくさん人が集まっている賑やかな場面には本当にワクワクしてしまう性分なんです(笑)。

表紙やポスターはセリフを入れられないので、絵そのもので見る人の心に訴えかけなくちゃいけませんよね。

でも僕は自分の画力にそんなに自信がないので(笑)、一人の人物とか一つの料理をドーンと描くより、たくさんのキャラクターを描くことが多い。

絵のなかの一人ひとりがどういう行動をして、どんな会話をしているのかわかりやすく描くようにしています。

つまみに手を伸ばしながら仲間の顔を見て笑っている人、片手を上げて申し訳なさそうにしている人……などキャラクターたちのちょっとした物語がわかるように描いています。

『戦争めし』連載のきっかけとなった一枚の絵

提供/yc COMICS『戦争めし』(秋田書店)(1)

――2018年にNHK BSプレミアムでドラマ化もされた『戦争めし』。戦争を扱う漫画や映画は数あれど、戦時中の食にフォーカスした作品は非常に稀有だと思うのですが、きっかけは?

漫画の仕事で食えなくなり、新しい連載案を企画していたときにふとテレビをつけると太平洋戦争のインパール作戦経験者の方が描いた一枚の絵が写されていたんです。

それは、やせ細って無精ひげを生やした上半身裸の軍人が飯盒(はんごう)を持っている絵でした。

なんか引っかかったんですよね。なんで飯盒だけを持って歩き回っているのか、と不思議に思ったんです。

調べてみると、当時の日本軍は一人ひとりに戦地で自炊することを推奨していたことがわかりました。世界的にも戦地で兵隊が各々自炊するのは日本だけだったらしく、そのために飯盒を持参していたとのこと。飯盒が壊れてお米が炊けなくなってしまった……なんて話もあったみたいです。

そして、その日がたまたま終戦記念日だったのもあり、『戦争めし』のアイデアがひらめきました。

提供/『戦争めし』(秋田書店)「軍隊カーストめし」より、1コマ

――終戦の日が『戦争めし』のきっかけだったとは感慨深いです。

ただ、戦争というセンシティブなテーマだったので、どの出版社に持ち込んでもお断りされてしまいましたね。

何度もネームを描いては、ボツになる繰り返しで、ネームは溜まるばかり。しかし、終戦70年という節目のタイミングで、2015年に秋田書店さんで描かせてもらうことになったんです。

『戦争めし』は、戦地での玉砕という暗い話から、空襲下にもかかわらず自分で魚を寿司屋に持ち込んで大将に寿司を握ってもらうというこぼれ話まで、話のテンションがバラバラ。

それって実はネームをボツにされる度にネタの方向性を変えていたからなんですよ。結果的にエピソードごとの振り幅が広い、バラエティー豊かな内容に仕上げることが出来たんだと思います。

提供/『戦争めし』(秋田書店)「戦火のにぎり寿司」より、1コマ

――次第に戦争経験者の方にインタビューをした話も増えていきましたね。お話を聞いてきたなかで一番印象的だった方は?

戦争の語り部さんに取材したことがあったんですが、基本的にあの人たちは何十年も戦争のことについて語ってきた方々なので喋りが流暢で話が本当にお上手。

しかし、僕が「戦争中に何を食べていましたか?」と聞くと、急に言葉を詰まらせたんです。

たぶん、戦時中の食についてわざわざ掘り下げて聞かれたことがほとんどないからだと思うんですけど、遠い昔の記憶をたどって思い出そうとしてくださるので、そのときってなんとなく戦争当時の若かりし頃の表情に戻っているように見えるんです。といってもそれは嫌な思い出というわけじゃなさそうで。

戦争自体には辛い記憶ばかりだったと思うんですけど、そんなときだからこそ食事が唯一の楽しみになっていたのかもしれないですね。

語り部さんが「これだけは旨かった」と回想する姿に、どの時代でも“ごはんを食べる”という人間的な喜びは存在するんだと、目頭が熱くなりましたね。

料理にはこだわらず、“食事の物語”にこだわる

魚乃目氏いわく、「日本人は食いしん坊な人々」

――日本の食についてさまざまな角度から描かれてきた魚乃目先生ですが、日本人の食への価値観にはどういった印象を受けますか?

かなり食いしん坊な人々だと思いますね(笑)。日本ってその食材の季節に合った調理方法がいろいろと確立されていたり、その一方で鰻の蒲焼のようにこの食材だったらこの食べ方が一番っていう調理方法がきっちり決まっていたり、食材へのイメージや調理方法のスタイルにこだわる節があると思います。

だから海外からきた食べ物も日本流にすぐアレンジしちゃいますし。ラーメンなんてその典型でしょう(笑)。

――ただ現代の日本は、コンビニやファストフード店に行けば食べものは普通に並べられていますし、家から出るのが面倒であればデリバリーですぐに届けてもらうこともできます。昔と比べて食との関係は変化してきているような気がします。

提供/『しあわせゴハン』(集英社)(1)

確かにおっしゃるとおり変化していると思います。でも食との距離が変化しても、人とのつながりは不変だと信じています。

『しあわせゴハン』のなかの、母子家庭で育つ男の子が学校の遠足に行くエピソード「お弁当」では、男の子は仕事で忙しいお母さんに遠慮し「お弁当を作って」と言えませんでした。しかし、お母さんは忙しい合間を縫ってお弁当を作り、男の子に持たせてあげたんです。

弁当箱の中身はお米にウインナー、焦げた玉子焼きと特別なものではありません。何の変哲もないお弁当なのですが、それにこそ意味があると思っていて。

僕が大事だと思うことは、「美味しそう」、「見た目がきれい」とかではなくて、「よかったね」と思えること。

つまり、食べるまでの過程で人とのつながりがどれだけあるか、作ってくれた人、食べた人の間にどんな思い出があるのか。漫画を読んでもらってそういった気持ちを感じてくれたら、漫画家冥利に尽きますね。

グルメ漫画ばかり描いているのに、私自身が食にこだわりがないというのは、食べ物の背景にある人間ドラマを描きたいからなのかもしれません。

取材・文/文月 撮影/井上たろう

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