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『攻殻機動隊 SAC_2045』神山健治のクリエイティブ思考「“今”と“身の回りにある現実”を相対化する」

集英社オンライン / 2022年11月5日 17時1分

Netflix独占で全世界配信中のアニメ『攻殻機動隊 SAC_2045』。本作を手掛けた神山健治監督のクリエイティブにおける一貫した“こだわり”に迫る。

日本のみならず全世界から高い人気を博しているSF作品の金字塔『攻殻機動隊』。士郎正宗による原作コミック『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』を起源に、アニメーション、ハリウッド実写映画など数々のクリエイターたちが映像作品を世に送り出してきた。

現在Netflixにて配信中の最新シリーズ『攻殻機動隊 SAC_2045』(以下、『SAC_2045』)は、過去にアニメ『攻殻機動隊S.A.C.』シリーズ(以下、『S.A.C』シリーズ)を手掛けた神山健治が監督を務める(※荒牧伸志との共同監督)。


SFという非現実的な世界観でありながら、作中には“デフォルト” “サスティナブル” “AI”など我々の生活に身近なテーマが内包されている。神山監督がこれまで手掛けてきた作品もまたしかり。

なぜ、アニメーションという虚構のコンテンツに、現実的な視点を取り入れているのだろうか。そこには神山監督のクリエイティブにおける一貫した“こだわり”が紐づいていた。

『攻殻機動隊』の“Web3.0”を描きたかった

前述した通り、『攻殻機動隊』はこれまでに多くのクリエイターが作品を手掛けているが、すべての作品には共通して絶対的なルールが存在する。

それは“ゴースト”だ。

“ゴースト”とは、個人の精神体を規定する単位として意味づけられている概念。ゴーストの喪失は死を意味するが、肉体が喪失しても別の肉体さえあればゴーストは生き続けることができる。このルールから可能な限り逸脱せずに、新しいシリーズを考えなければならない。

そんな中、神山監督が意識したことは「『攻殻機動隊』におけるWeb3.0」だった。

「原作が描かれた1990年代や『S.A.C』シリーズを作っていた2000年代初頭と比較すると、インターネットに対する価値観が変わり始めています。
インターネットが登場した当時、“インターネットは自由を獲得できる空間だろう”と言われていたし、たしかにそれは獲得できました。
それにも関わらず、現実は全体主義に傾いています。個人は有り余る自由を与えられると、比較的不自由な方へ閉じこもってしまう傾向が見えてきたんです。

今作は、時代と共にさまざまな価値観が変化していく中、インターネットの行く末はどうなっていくのかを見つけていきたいと考え、つくり始めた作品です」

さらに『SAC_2045』を制作する上で「今作では新しい価値観を提言するのではなく、断言したかった」と神山監督。
それを断言するために大切にしてきた要素の1つに“納得感”があるという。

そこで導き出されたキーワードが“郷愁(ノスタルジー)”だった。

主人公・草薙素子率いる公安9課の敵として登場するポスト・ヒューマン(驚異的な知能と身体能力を持つ存在)の1人、シマムラタカシは“郷愁”によって人々を新たな世界へ導こうとしている。

シマムラタカシ

「現状の自分に不満があって変わりたいと思う人たちへの精神カウンセリングの1つに、1番古い記憶を呼び起こす治療法があると言われています。
トラウマとかはわかりやすい例ですが、嫌な記憶だけではなく、実はよいと思っている記憶も、今の自分を作り上げる中で不必要になっている可能性があるんですよ」

いったいどういうことなのか、「泣いたらおもちゃを買ってもらった」という成功体験を例に挙げ、神山監督は説明する。
仕事で企画が通らないことに腹を立てたり泣いたりしてしまう人は、その成功体験が紐づいているのではないか、と。そんな古い記憶を“郷愁”と位置付け、自分を前に進めなくしてしまう要因の1つと考えたのだそうだ。

「“郷愁”を見つけ出し、それをリセットすることで、新しい価値観を受け入れられるようになるのではないかと思ったんです」

『攻殻機動隊』シリーズに登場する人たちは皆、人間の脳とインターネットを直接接続した“電脳化”がなされている。シマムラタカシはインターネットを用いて“郷愁“をウイルスとして撒き、気づかないうちに人々への強制カウンセリングをしていた。

「こうありたい自分」が必ずしもよい自分であるわけじゃないということを一度体験させた上で、今生きていくために不要な要素をあぶり出す。不要な要素が0になった状態から次の世界へシフトさせていった。

そして、その次の世界を“N”と表現している。

今作で初登場するキャラクター江崎プリンは、“N”について「現実を生きながら、摩擦のないもう一つの現実を生きられるようになった世界」と説明しているが、神山監督曰く「“N”とは0になった世界のこと」と教えてくれた。

江崎プリン

「見た人によって考え得る“N”でいいのですが、僕が描きたかったのは“一度0になった状態から次の世界へ誘われていきました”というストーリーだったんです。
視聴者は表面的なストーリーに付き合っていると、誰がどのタイミングで”N”になっているのかわからないはず」

本作のタイトルであり、舞台ともなった2045年。アメリカのレイ・カーツワイル博士の「シンギュラリティ(技術的特異点)=AIなどの技術が人間より賢い知能を生み出す時点が2045年である」という説がある。

『SAC_2045』では、“N”に到達したこと=シンギュラリティの到達として描いた。そして、登場人物のほとんどが、気づかない内にシンギュラリティに到達している。

「新しい価値観が生まれても移行期を認識できないはず、という言葉があります。それは蛇口から水が出ることに何の違和感も抱かないことと同じだと思うんですよ。気づいた時には当たり前になっている。シンギュラリティも同じだろうと」

しかし、唯一1人だけ、作中で明確に“N”へと誘われた人物がいた。それが、公安9課メンバーの1人トグサだ。

トグサ

『SAC_2045』シーズン1のラストでシマムラタカシに誘われ行方不明になったトグサ。
シーズン2で再登場した際には、自身の古い記憶を見る。そして、「生きてるってだけでこんなにも世界は美しいのか……」という言葉を発する。

「トグサは正義のためなら死もいとわない人間です。それは彼のよいところでもありますが、少佐(草薙素子)から言わせると、“未成熟な人間の特徴は理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある”と(笑)。その弱点を“郷愁”により克服させ、“N”になっていたわけです」

“今の正体”を考えているだけ

神山監督は常々、身近に感じる現実的な問題を描いてきた。

例えば『S.A.C.』シリーズでは“薬害” “難民問題” “高齢者福祉”、『東のエデン』では“年功序列” “ニート”といった現実的な社会問題が背景にある。

「アニメーションに触れていく中、割と早い段階で“ファンタジーよりも今、身の回りで起きる問題の方がおもしろい”と感じるようになったんです」

学生時代からアニメーションに惹かれ、アニメーションの道へ進んだ。その中で自身にとってのおもしろさが“今の身近な問題”であることに気づく。それによりアニメーションという虚構を描くコンテンツでありながら、“親身”になれるのだという。

「ミニマムでも、自分の身近にある問題からの距離感でファンタジーを考えていく方がおもしろい」と明かす。

また、神山監督の作品には未来予測をしていると思わされる作品も数多い。
『SAC_2045』で描かれる未来も、全くの他人事であるとは思えない。率直に疑問をぶつけてみると、微笑みながらこう答えた。

「“今の正体”を考えているだけなんですよ」と。

「今、起きているいいことも悪いことも必ず過去に原因があります。例えば今、給与が上がらないのには過去に制定された派遣法という法律が1つの原因である、と。当時は大衆に人気のある政治でしたけど、今の給与問題はそこが発端なんですよね」

このように今ある問題を過去から紐解いていくことと同様に「今を基準に未来を想像することもできる」と話す。
悪い結果に繋がってしまった過去の要因、過去になかったから悪い結果に繋がってしまった要素を考えれば、未来に必要な、あるいは不必要な事柄が見えてくるという。

「すごく簡単に言うと、大人版の『ドラえもん』のひみつ道具みたいな発想です(笑)。“こんなものがあるといいな” “こんな人がいるといいな”と考えているだけ。
そんな“もしも”にプラスして、僕が一番興味のある“身近な問題”を相対化させて物語をつくっています」

例えば、『東のエデン』に登場する携帯で応対する優秀なAIコンシェルジュJUIZ(ジュイス)。アニメの放映は2009年、その2年後の2011年にiPhoneへSiriが搭載された。

これもまた未来予測をしたわけではない。2002年に富裕層向けの高級携帯電話ブランドとして展開された“Vertu(ヴァ―チュ)”を素材に、当時まだ馴染みのない“AI”というテクノロジーを掛け合わせたのだ。

「Vertuには必ずコンシェルジュボタンがあって、利用するセレブの人たちはそのボタンを押すだけで専用のコンシェルジュからさまざまなサービスや情報を受けることができたんですよ。それを“AI”がやってくれたら便利だなと思ったんです」

現在、映画『ロード・オブ・ザ・リング』のオリジナル長編アニメ『THE LORD OF THE RINGS:THE WAR OF THE ROHIRRIM』(原題)を制作中の神山監督。

『攻殻機動隊』シリーズや『東のエデン』は近未来の世界観を描いてきたが、『ロード・オブ・ザ・リング』は世界観そのものが非現実的だ。
神山監督は過去にもアニメ『精霊の守り人』でファンタジー作品を手掛けてきたが、こだわりに違いがあるのだろうか。

聞くと「身近な問題と繋がりを見出しにくいけど……」と一拍溜めながらも、「アプローチは一緒です」と答えた。

「“今”と“自分の身の回りにある現実”をものさしに、ファンタジーの飛翔高度を予測します。これだけの人間が住んでいるのなら、これだけの経済が回っているはずだ、とかね。ファンタジーの中にも、自分と照らし合わせられる要素がある。やっぱりそれを最初に考えます」

上橋菜穂子原作の『精霊の守り人』の監督・脚本を務めた際には、原作からその予測を立てていった。例えば、町の人口を起点に主要道路となる橋のサイズから、この世界ではどれだけの経済が回っているかを考え、江戸時代前と同じだと推測する。

ところが、ほかの箇所を読んでいくと矛盾点を見つけることもあるというのだ。

「“弁当屋の競争が生まれている”と書かれているのを見つけた時、余剰米がなければ弁当にして売ることも、競争が生まれることもないだろうと。つまり、江戸時代後期の経済が回っているという事実がないと不可能で、そうすると原作に書かれているよりも人口は多いはずだとわかるんですよ」

笑いながら「これは何も原作のあら探しをしているのではないですからね」と神山監督。
小説を読んでいる上では違和感を覚えなかったことでも、アニメーションという具体的な画が出てきた瞬間に違和感を覚えることが多いそうだ。

「原作に書かれたヒントをベースに舞台設定やキャラクターの裏打ちをして説得力の強度を上げていく。だけど、その裏打ちをしたからといっておもしろさに繋がるわけでもない。そこで埋めた部分をまた抜いていく作業をするんです」

考えて、考えて、最後に間引く。
この作業にかけた時間の分だけ、作品の精度が高まっていく。
「時には考えたことがすべて無に帰すこともある」と小さく笑った。

「頭の中で、何回作品を上映できたかが勝負です。『S.A.C』第1シリーズの時は、頭の中で最終回まで一通り見て、見た人のリアクションまでも想像して、脚本打ちをしました。
だけど、『SAC_2045』はあまり時間がなくて一通りの上映はできなかった。でも最終回だけはちゃんと見ましたよ」

神山監督は、そう冗談交じりに話した。

常に緻密な世界観を見せてくれると感じているだけに、やはりクリエイターの頭の中は未知数だと感じた今回の取材。しかし、だからこそ我々視聴者を常に惹きつけてやまないのかもしれない。

取材・文/阿部裕華
写真/小川遼

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