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築百年の数寄屋造りでからすみ蕎麦。「ありそうでない」がぎっしり詰まった鎌倉・材木座の「月と松」

集英社オンライン / 2022年11月12日 11時0分

鎌倉で育ち、今も鎌倉に住み、当地を愛し続ける作家の甘糟りり子氏。食に関するエッセイも多い氏が、鎌倉だから味わえる美味のあれこれをお届けする。

築百年の数寄屋造りの日本家屋から見える「月と松」

ここ数年、鎌倉の景色が変わりつつある。瀟洒なお屋敷が放置されているなあと思っていると、取り壊されて更地になり、コインパーキングや事務的な集合住宅になってしまうことが多くなった。

材木座の『月と松』はおおよそ築百年という数寄屋造りの日本家屋。瓦屋根のついた大きな門、茶室、石塔のある広い庭、この空間には日本の文化が詰まっている。

数寄屋造りの「数寄屋」とは茶室のことで、数寄屋造りとは茶室もしくは茶湯を行う部屋の様式を取り入れた建築様式。オーナーが初めて訪れた際、門の脇の立派な松を見上げたら満月が見え、その景色をそのまま店名にしたそう。きっとここはかつて海岸で、松は当初からあったものではないかと思ったという。俳句のようなネーミングである。

材木座海岸から徒歩2分の場所に位置する「月と松」は今年の9月に開業したばかりの、からすみ蕎麦の店。蕎麦屋ではない、からすみ蕎麦の店だ。

小鉢→逸品(揚げ物)→からすみ蕎麦というコースの他、単品メニューはいろいろと用意されている。しつこいけれど、蕎麦はからすみ蕎麦だけ。打ちたての蕎麦には出汁が絡めてあって、ふんだんに削られたからすみとスライスしたからすみが載せられている。蕎麦と出汁とからすみのセッションを体験するといったらいいだろうか。いや、出汁とからすみと蕎麦だけでなく、古い日本家屋が醸し出す遠い過去からの時間もそこに加わって、独特の風味を醸し出している。

大好きな蕎麦とからすみを絡めて味わう

開業した直後の逸品は「鮑の揚げ物」で、添えられた鳴門金時を月、新銀杏と松の葉一つを松の木に見立ててあった。見立ては提供する側と受け取る側のイマジネーションがあってこそ成立する遊び。日本らしい粋な文化だと思う。

私は蕎麦もからすみも大好きだが、こんなふうに絡み合わせて味わったことはなかった。ありそうで、しかし、今までなかった分野の店である。
手がけているのはウェイブズ。食べ歩き好きならピンと来る方も多いだろう。“あの”イチリンハナレを立ち上げた会社だ(現在イチリンハナレは独立して、ウェイブズと業務提携という形をとっている)。

中華のイチリンハナレもまた、同じ鎌倉で瀟酒な日本家屋を蘇らせ、ありそうでなかったスタイルであっという間に人気店となった。
コンセプチュアルな店作りが得意な会社なのだ。

蕎麦屋っぽく通し営業である。アイドルタイムがないので、使い勝手がいい。一人で軽く遅いランチに行ってもいいし、友人といろいろつまみながら飲んで〆に蕎麦という手もある。
その際にはぜひ「うずらの素揚げ」を注文してみて欲しい。半身を丸ごと、ぱりっと素揚げにしたうずら、ありそうでなかなかない。

先日は、みんなでお祖母様のお誕生日をお祝いしている大家族に遭遇した。門の右手には20席のテラス席があり、犬の散歩の途中に立ち寄る人も少なくない。このテラス席のベンチがすばらしい。二枚の桜の木をつなぎ合わせたもので、バーのカウンターであってもおかしくないような重厚なベンチだ。季節のいい時にこのテラス席を貸し切ってみたい。

古い家屋には流れを裏切る要素が似合う

お屋敷らしく茶室もあって、そこでも食事ができる。茶室らしいこじんまりした部屋で茶道具も置いてあったりするのだが、それらを裏切るような鉄のテーブルがインテリアのアクセントになっていておもしろい。茶室の定員は4名だが、それとは別に奥にもう一つ個室があって、こちらは6名まで入れる。

こんな立派なお屋敷ではないけれど、私も築百年近い日本家屋に住んでいるので、参考になる。古い家には、エスニックなものだったりモダンで新しいものだったり、何かしら流れを裏切る要素を作ると雰囲気が出る。

住宅街のど真ん中にあるが、門に掲げられた真っ赤な提灯が目印だ。

写真・文/甘糟りり子

月と松 https://whaves.co.jp/tsukitomatsu/

鎌倉だから、おいしい。

甘糟 りり子
築百年の数寄屋造りでからすみ蕎麦。「ありそうでない」がぎっしり詰まった鎌倉・材木座の「月と松」_9
2020年4月3日発売
1,650円(税込)
四六判/192ページ
ISBN:978-4-08-788037-3
この本を手にとってくださって、ありがとう。 でも、もし、あなたが鎌倉の飲食店のガイドブックを探しているのなら、 ごめんなさい。これは、そういう本ではありません。(著者まえがきより抜粋) 幼少期から鎌倉で育ち、今なお住み続ける著者が、愛し、慈しみ、ともに過ごしてきたともいえる、鎌倉の珠玉の美味を語るエッセイ集。 お屋敷街に佇む未来の老舗(イチリンハナレ)、自営の畑を持つ野菜のビーン・トゥー・バー(オステリア・ジョイア)、カレーもいいけれど私はビーフサラダ(珊瑚礁 本店)、今はなき丸山亭の流れをくむ一軒(ブラッスリー・シェ・アキ)、かつての鎌倉文士に想いを馳せながら(天ぷら ひろみ)……ガイドブックやグルメサイトでは絶対にわからない、鎌倉育ちだから知っているおいしさと魅力に出会える1冊。 素材が豪華ならいいというものでもない、店の内装もまた味わいの一端を担うもの、いいバーとバーテンダーに出会う喜び……著者自身の思い出や実体験とともに語られる鎌倉のおいしいものたちは、自然と「いい店」「いい味」ってこういうことなんだな、という読後感をくれる。 版画のように精緻なタッチで描かれた阿部伸二によるイラストも美しく、まさに読んでおいしい、これまでなかった大人のための鎌倉グルメエッセイ。

柔らかく香ばしい絶品ラクレットにうっとり。とびきりチーズ好きなシェフが切り盛りする由比ヶ浜のチーズ料理屋〉へ続く

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