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「その質問こそが答えだ」有終Vのリンスが、MotoGP撤退のスズキに送った痛烈な皮肉

集英社オンライン / 2022年11月8日 14時1分

11月6日、2022年MotoGP第20戦バアレンシアGPが行われ、これをもってMotoGPから撤退するスズキのリンスが有終Vを飾った。だが、最高のチームと最高のライダーが最高の結果を出したのに、なぜ撤退しなければならないのか? 浮き彫りになったのは理不尽な企業の論理だ。

50年ぶりの「イタリアンパッケージ」によるV

2022年のMotoGPは、シーズン最終戦のバレンシアGPでイタリア企業ドゥカティのエース、フランチェスコ・バニャイアがライダーズタイトルを獲得してシーズンを締めくくった。

2022年チャンピオンを決めた、ペコことフランチェスコ・バニャイア(ドゥカティ)

最終戦までタイトル獲得がもつれたとはいっても、前戦のマレーシアGPを終えた段階で、ランキング2番手につける昨年のチャンピオン、ヤマハのファビオ・クアルタラロとは23ポイント差が開いており、今回のレースでたとえクアルタラロが優勝したとしても、バニャイアは14位でゴールすれば王座が確定する、という圧倒的に有利な状態だった。



しかも、クアルタラロは6月のドイツGPを最後に一度も優勝していないのに対して、バニャイアはその翌戦から4連勝の快進撃で猛追を開始し、その後も安定して表彰台を獲得し続けていた。

今回の最終戦では、勝つ以外にタイトル防衛の目がないクアルタラロは表彰台に届かず4位で終え、バニャイアは9位でゴールして、事前の予想どおりにタイトルを手中に収めた。

ドゥカティのライダーがチャンピオンになるのは、2007年のケーシー・ストーナー以来15年ぶり。しかも今回は、イタリアメーカーのバイクを駆るイタリアファクトリーチームのイタリア人ライダーが年間総合優勝を達成するという、いわば完璧な〈イタリアンパッケージ〉。

この完璧な〈イタリアンパッケージ〉は、MVアグスタのファクトリーチームでジャコモ・アゴスチーニが達成した1972年以来50年ぶりなのだから、二輪ロードレースがサッカーと並ぶメジャースポーツのイタリアでは、まさに国家的な快挙だ。

しかも、ドゥカティは、バイクメーカー間で競うマニュファクチュアラーズタイトルと、チーム同士が争うチームチャンピオンシップで年間総合優勝をすでに確定させており、今回のライダーズタイトル獲得によって三冠を達成した。

「皆が泣いていた。感無量で、ぼくも泣いた。素晴らしい勝利を達成したけれども、タイトルを獲得してチームとドゥカティ、イタリアの期待に応えるという重みが両肩にのしかかっていて、すごく苦しかった」

チャンピオン獲得後のバニャイアは、自分にのしかかっていたプレッシャーの大きさを正直に明かした。

撤退するスズキを“見返す”リンスの圧巻の強さ

MotoGPのイタリア人チャンピオンは世界的スーパースターのバレンティーノ・ロッシ以来だが、バニャイアはそのロッシに見いだされ、彼が運営するアカデミーで頭角を現してきた、いわば愛弟子でもある。

「決勝前日にこのプレッシャーのことをバレンティーノに話すと、『誰もがその感情(プレッシャー)を抱けるわけじゃない。だから、それをむしろ誇りに思うべきだ』と諭された。

『プレッシャーや不安や恐怖は、当然感じるだろう。でも、その感情を抱いていることを幸せに思って、楽しめばいい』、その言葉を今日のレースで実践しようとしたけれども、あまり上手くいかなかった。でも、そんなふうに言ってくれる人が自分の師でありリーダーであることを、とても誇らしく思う」

すでに述べてきたとおり、イタリア企業ドゥカティは15年ぶりの悲願達成で、完璧なイタリアンパッケージという意味ではアゴスチーニ以来50年ぶり、そしてそれを達成したのがロッシの愛弟子であること等々、彼らの達成した偉業を数えていくと枚挙にいとまがない。

今シーズンのドゥカティは8台のマシンが参戦しており、MotoGP全24台中の実に1/3を自社バイクが占める最大勢力であったところにも、彼らの強さの一端がよく現れている。

一方のクアルタラロは、彼が駆るヤマハのマシンがドゥカティと比べて非力である分、シーズン最終盤のマレーシアGPと今回のバレンシアGPで、ライダーが持てる技術と気力のすべてを出し尽くして果敢に攻めの走りを続けた。

それでもドゥカティライダーたちの牙城には届かなかったという事実は、企業の勢いの差を象徴しているようにも見える。

さらに今回のバレンシアGPでは、このレース限りでMotoGPから去ることになったスズキのマシンを駆るアレックス・リンスが圧巻の強さを見せて優勝を飾った。シーズン開幕後の5月になってスズキ株式会社が発表した、あまりに突然で一方的なこの撤退通知は、人々を大いに驚かせ、戸惑わせた。

今回がチーム最後のレースとなったバレンシアGPで、最初から最後まで誰にも前を譲らない圧巻の優勝を決めたアレックス・リンス(スズキ)

なにより、スズキブランドを愛する世界中のファン(≒潜在顧客)にしてみれば、長年のレース活動というスポーツ文化の価値と財産をないがしろにし、自分たちの企業に対する愛着を無価値と切り捨てたに等しいこの意志決定に、裏切られたような思いも感じたことだろう。

スズキの選択は自らの首を絞めていないか

また、MotoGPの現場で戦うTeam SUZUKI ECSTARのライダーとスタッフたちは、事前告知なしに企業から雇い止めを言い渡されたに等しい状況といっていい。撤退という企業決定を自分たちでは覆せない以上、レース結果で一矢報いて見返してやろう、という思いを胸に彼らはずっと戦い続けてきた。

最後のレースとなったバレンシアGPの決勝で、リンスはスタート直後にトップで1コーナーへ飛び込んでいくと、全27周の戦いで誰にも一度も前を譲らなかった。終始一貫して先頭を走行し続けトップでゴール、という最高に力強い走りで優勝を達成した。

こんなに最高のチームと最高のライダーが最高のバイクで最高の結果を出して、世界中に広くブランド訴求をできる陣営が、今回限りで解散してしまうのは、スズキ株式会社の撤退という決定がいかに理不尽かつ非合理的であることをあらためて浮き彫りにしたのではないか。優勝を飾ったリンスにそんな問いを投げかけると、

「その質問こそが答えだろうから、僕からは回答を差し控えるよ」

という機知に富んだ言葉が戻ってきた。

スズキの撤退について多くを語らなかったリンス

今シーズン、大いに存在感を発揮したドゥカティは、15年間の雌伏に耐えながら、戦闘力を高める地道な努力を営々と続けて一大勢力を築き上げるに至った。一方、そのドゥカティの力押しのような勢いに呑まれ、ヤマハはシーズン後半に大きく失速していった。

また、トップクラスの高い戦闘力を持ちながらレースの世界から去って行くスズキ陣営は、環境性能開発とEV化という自動車産業にとっての喫緊の急務に対応するため、目先の利益を生むわけではない二輪ロードレースを切り捨てて撤退を選択した格好だ。

その意志決定は、合理的な〈選択と集中〉を合い言葉に企業としての効率を優先したつもりでも、その実、目先の時流にただ振り回されながらどんどん自分で自分の首を絞め、自ら体力を削ぎ落としていることに気づかずに痩せ細っていくような感すらある。

ホンダやヤマハなど日本メーカーが製作するバイクを駆るライダーたちが当たり前のようにしのぎを削り覇を競った時代は、もはや過去のものになりつつあるのかもしれない。

2023年のMotoGPは、ドゥカティ8台、アプリリア4台、KTM4台、とヨーロッパメーカー勢が計8チーム16台なのに対して、日本メーカーはホンダが4台、ヤマハは2台の3チーム6台、という実に小さな勢力だ。

このように、MotoGPに参戦する欧州企業と日本企業の勢力関係は、7~8年前なら想像もできないような地殻変動を起こしはじめている。そしてその様相は、かつて隆盛を誇っていたはずの市場で苦戦を強いられている、多くの日本企業の姿を合わせ鏡で見ているようだ。

取材・文/西村章 写真/西村章 MotoGP.com

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