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「下着をつけないで現場に来れますか?」よりリアルに撮るために、インティマシー・コーディネーターが心がけていることとは

集英社オンライン / 2022年11月24日 10時1分

ラブシーンの撮影をサポートする「インティマシー・コーディネーター」の浅田智穂さんへのインタビュー後篇。(前篇はこちら)。その仕事は、脚本の「インティマシー(親密な)・シーン」を洗い出し、監督にイメージや撮影方法を聞くことから始まる。

「激しいキス」は、どれほど激しいのか?

「例えば台本に『激しくキスをする』というト書き(説明)があったときに、その激しさはどう激しいのか。舌は入れるのか入れないのか、入れるなら、入れているところを見せたいのか、そう見えればいいのか。そのとき、どういう体勢で、手はどこを触っているのか、と細かくお聞きします。

具体的な返答がないときは、『この激しさだと、背中を抱きしめて、もしかしたらお尻に手が回ることもありますか?』とお聞きすることもありますね。


そうやって話すことで、監督の中でイメージが固まる部分もあるのではないかと思います」

浅田智穂さん

そうして監督の希望を俳優に伝え、できるかできないか、不安はないかと確認していく。

「女性の場合、バストトップを出すか出さないかは、事務所とプロデューサーの間で事前に決められていることが多いです。では横から撮ったときに見える乳房はどうなのか。下からのアングルで見えるのは大丈夫なのか、上からなら谷間はどこまで見せられるのかと、1つ1つ確認します。

そのとき気をつけるのが、トラウマ(心の傷)です。もしその方にトラウマになるような過去があった場合、同じようなシチュエーションになると、思い出してパニックになることがある。匂いや相手の目つきで症状が出ることもあるので、できる限りお聞きして、カウンセラーの介入が必要な場合は紹介します」

俳優の希望を今度は監督に伝え、必要があれば何往復もしながら意見調整を行う。俳優にできないことが多い場合は、「こういう撮り方ではどうでしょうか」と代替案を出すこともあるという。

下着の線や撮影開始時間にも注意

合意が取れたら、同意書の作成をサポート。撮影に向け、さまざまな準備を進めていく。

「通常、日本の撮影現場で前貼りを用意するのはメイクさんですが、『前貼り、どうしますか?』と聞くと、だいたい『やってください』と言われます。私の方で前貼りを用意して、必要なら現場でつけるお手伝いもします。

女性で気をつけるのは、下着の線。夜に性行為をして、朝、裸で目を覚ますというシーンがあったときに、下着の線がついていたら、『あれ?』と思いません?

それだけでリアリティがなくなるので、『撮影当日は、下着をつけずに現場に来れますか?』とお願いします。ただ、電車で来る方もいらっしゃるので、その場合は事務所に『その日は車を出していただけますか?』とお話をします」

さらに撮影する時間帯にも気を配るという。

「疑似性行為は、できるだけ朝イチに撮影できるよう、チーフ助監督にお願いします。そういうシーンがあると、特に女性は、あまり食事をとらないんです。夜になるほどお腹が空いた状態で臨むことになるので、早めがいい。
あと女性は、生理の周期に当たったら、通常以上のケアが必要です。そういったことを一挙に引き受けて、撮影に臨みます」

撮影を「クローズドセット」で行うために

本番では、俳優が安心して演技できる現場作りに注意を払う。その1つが「クローズドセット」だ。

「スケジュール表に『ここはインティマシー・シーンです』と書いておいてもらって、まず人数を減らします。それでも人が多い場合は、プロデューサーやチーフ助監督から指示を出してもらいます。私は、いちスタッフですから。

そうしてセットから人が減っても、外のモニターで大勢の方が見ていると俳優は安心できないので、モニターの数も減らし、壁側に向けて、回り込まないと見えないようにします。それでも見えるときは、黒い布でブースを作ってもらいます」

カメラが回った後は、カットがかかるたびにガウンをかけたり、暑そうな場合は布団の中に氷嚢を入れたりする。監督が同意書と異なる演出をしようとした場合は、ストップをかけることもあるという。

「当日にならないと分からないことや変更があるのは、理解しています。ただ、それをやる場合は、まずはインティマシー・コーディネーターに相談していただくようにお願いしています。
現場には独特の高揚感やNOと言いにくい雰囲気があるので、俳優は流されやすい。でも作品は一生残るので、一時的な感情やプレッシャーで同意しないように心を配ります。

ただ、現場で突拍子もないアイデアを言われることは、今までなかったですね。現場に至るまでに同意に同意を重ねて、監督もそれを変更するということはどういうことかわかっているので。

一方で、俳優には、安心できる現場だからと、より協力的に向き合う人もいます。『やれ』と言われてやらされたのではなく、きちんと考えて挑めたということが、俳優にとってもやりがいにつながるんだと思います」

インティマシー・コーディネーターが入ると、視聴者にとっての性的シーンの醍醐味が減るばかり、というわけではなさそうだ。

いかに定着させていくかが課題

「インティマシー・コーディネーターが話題になって、入れてみたいという会社が増えている今、今度はこれをいかに定着させていくかが課題だと思っています」と話す浅田さん。
定着させるためには、日本に2人しかいないインディマシー・コーディネーターを増やすことも必要だ。

「最近は『なりたい』という方からたくさんのお問い合わせをいただいていて、私も増えてほしいと思っています。でも今はまだ、欧米でのトレーニングを英語でしか受けられないので、英会話のスキルが必要。

それに映画の現場は特殊なので、そこでどう立ち回るかは、経験がないとなかなか難しいんです。それも踏まえて育成ができたらと思いますが、私自身もまだ経験が2年なので教えられる程の知識がなく、教材を翻訳する余裕もなくて……」

現在も、通訳との二足のわらじを履き、多忙な日々を送る浅田さん。モチベーションになっているのは、各所からの感謝の言葉だ。

「俳優のファンから、『自分の“推し”を守ってくれてありがとう』という言葉をたくさんいただいて新鮮でした。あとは、『安心して仕事ができた』という俳優からの言葉はやっぱりうれしいです。不安なくお芝居に臨めたということは、いいお芝居ができたということ。

それは我々スタッフ全員が求めていることですから。監督や助監督からも、『俳優のサポートを任せられて、心置きなく演出ができた』『おかげでいいシーンが撮れた』と言われることがあって、すごくうれしいですね」

「監督や俳優からのリピート依頼も増えている」と喜ぶ浅田さん。
煙たがられる存在から、求められる存在へ——。浅田さんの挑戦は続く。

取材・文/泊 貴洋
撮影/一ノ瀬 伸

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