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移住したら水道料金は3倍。想定外の驚きを超えて、農家に転身した夫婦が得た豊かな暮らしとは

集英社オンライン / 2022年11月29日 14時1分

都市の暮らしは刺激的で、楽しいことも多い。しかしここ数年のコロナ禍の影響で、「この場所に住み続けなくても」「今の仕事にこだわらなくても」と、現在の環境を見直す気持ちになっている人は少なくないだろう。今回はそうした漠然とした思いを実行に移し、群馬県で農業を始めた家族の物語をお届けする。

とりあえず空いている祖母の古家へ

サトミ(仮名・35)とユウキ(仮名・37)は高校時代、同じ部活動に勤しむクラブメイトだった。大人になって再会、結婚。生涯のパートナーとして一緒に歩き出した二人は、すでに30代になっていた。

ユウキは東京都の幼稚園に保育士として勤めていた。約10年続け、施設長という責任の重い立場にやりがいを感じながらも、結婚を機に、将来の自分自身の子育てをイメージするようになっていた。



サトミは東京の自宅から平日は毎日、埼玉にある設計事務所に通勤していた。

「子どもの時から人混みが苦手だったので、通勤電車は何より苦痛でした。満員の小田急線の車内へと駅員さんに押し込められ、ぎゅうぎゅう詰めの中、痴漢に遭ったり、とにかく多大なストレスでしたね」(サトミ)

元々体が弱く、夜ぐっすり眠れる日が年に一晩か二晩だったというサトミ。疲れと寝不足から、せっかくの休日も朝はなかなか起きられず、半日寝て過ごすことが多かった。今思えば鬱っぽい状態だったのかもしれない、と言う。

二人は結婚を機に、そんなストレスフルな毎日や、これからの家族のかたち、住む場所などについてあらためて話し合った。埼玉県ののどかな町で育った二人にとって、これから先、子どもができたら自然が豊かな地域で暮らしたいというのが一致した意見だった。

そんな時、夫の実家から、祖母が住んでいた家が空いているので使ってもいい、という連絡を受け取る。場所は埼玉県から利根川を渡った県境に近い、群馬県ののんびりした町だった。

二人とも、職業を変えることに抵抗はなかった。

役所の周囲が公園になっていて、池の畔などをいつも散歩するという

「とりあえず都内から離れたい。でも、特にどこへ移住したいという希望もなかったので、まずは祖母が使っていた古家に仮住まいし、そこで次のことを考えればいいや。そのぐらいの気持ちで、祖母の家へ引っ越すことにしました」(サトミ)

決心してからの行動は早かった。二人とも、切りのよい年度替わりに仕事を引き継いで退職することにし、2019年3月、東京を脱出。群馬県で新たな生活をスタートさせた。

食への興味から農業へ

引っ越してまず驚いたのは、光熱費の高さだった。12万円余りかかっていた家賃が不要になった代わりに、上下水道代の請求金額が今までの3倍になったのは想定外だった。

また、自治会の班長さんに「皆さんそうしているので、お隣だけでなく、行政区内のお宅(約300m範囲)に挨拶してくださいね」と言われ、10数軒、タオルを配りながら回った。今までのアパート暮らしでは上下左右の住戸への挨拶だけだったが、やはり田舎はそうしたご近所付き合いの習慣が続いているのを知った。

夏野菜の苗を植える

次の仕事に関しては、二人で「働きづめだった体をまずゆっくり休めて、それから探せばいいね」と話していた。

子どもの頃から体が疲れやすく、不眠に悩まされていたサトミは、その理由を知りたいと、自分なりに日々勉強をしていた。その中で、健康になるひとつの手段として、オーガニック野菜に興味が湧いた。

いろいろ調べるうち、一般の消費者からは見えない野菜の生産過程、根や土の部分などを自分の目で確かめたいと思い、移住して直ぐに家庭菜園を始めた。

もっと本格的に学んでみたい、家と一緒に引き継いだ祖母の畑も未来に繋げていきたい……サトミは、元々食に興味があったユウキと一緒に、「無肥料無農薬自然栽培」で少量多品目栽培を教えてくれる埼玉県の農家の研修を受けることに。

そこで二人は野菜の美味しさに魅了され、農業を始めようと決める。移住した2019年の夏から1年間、車で片道2時間かけて研修に通った。

SNSで発信、ネットでも野菜を販売

農園には、祖母が残してくれた土地への敬意と感謝を込めて祖母の名を冠し、「つや農園」と名付けた。年間40品種70品目以上を栽培する、少量多品目栽培をしている。経営的に考えれば、少品種で多量に作る農業の方が効率がよい。
けれどサトミは言う。

「まず自分達が、多くの種類の野菜を食べたい。その上で美味しくて安全な多種類の野菜を、興味を持ったご家族にも丸ごと提供したい。そんな思いでやっています」

畑で草を取るユウキ。除草剤を撒かないため、春夏は雑草の世話に追われる

研修先で「農家として黒字になるには3年かかる」と言われた通り、まだ経営的には厳しいが、2021年からはネット通販も開始。SNSで発信し、共感してくれるリピーターのお客さんも徐々に増えてきた。

農家としての苦労についてサトミに聞いてみた。

「植物は生き物なので、こちらの都合を待ってはくれません。天候を見ながらの畑の管理はもちろん、多品目の野菜をセットにして販売しているため、検品や梱包作業は想像以上に手間と時間がかかります。また、農協を通さず自分たちで販売ルートを開拓しているので、お客さんとのやりとりや営業活動、事務作業など、仕事内容が多岐にわたります」

つや農園で収穫、オーダーしたお客さんに箱詰めして発送する前の野菜セットの例。これで3~4人分

でももちろん、喜びも大きい。

「お客さんから『野菜が綺麗で立派』『野菜嫌いな家族がパクパク食べて驚いた』などの言葉を頂くと、肩の力が抜けて、思わず笑顔がこぼれ、やりがいを感じます。

一部、自家採種をして種をつなぐ活動もしているのですが、こんなに小さな1粒の種から立派な野菜ができるのかと、毎回感動させられます。1粒の種が誰かの手によって何十年も命が繋がれ、さらに私たちも未来へ繋げていくと思うとロマンを感じます」

移住し、つや農園を始めたのと相前後して、二人にはもう一つ大きな変化が訪れた。家族が増えたのだ。現在1才の長男と3人でのんびり散歩したりする休日が、何より心安らぐ時間だという。

「移住して気持ちに余裕ができ、何気ない日常に幸せを感じるようになりました。当たり前に生活できていること。スーパーに行けば必要なものが年間通していつでも買えることや沢山の人の手によって社会が成り立っていることなど、移住前には考えが及ばなかったことに有難さを感じるようになりました」(サトミ)

野菜作りをするようになり、対人関係のストレスが激減

何より変わったのが、人間関係における価値観だと言う。

「今まで周りと比べて自分もこうしなきゃと窮屈に考え、自分で自分を苦しめていた気がします。農園を始めて、自然のリズムに従って急に成長したりする植物たちのお世話に集中するうち、周りと比べるのではなく、自身の内側と深く対話している自分に気づきました」

つや農園のリピーターなど、自分達と相性がいい人が集まって来てくれる環境になったので、移住前と比べ、人間関係のストレスが激減したそうだ。

群馬県に移住してから生まれた長男と3人で

今後は、子どもたちに畑の楽しさを知ってもらう収穫体験を企画したり、農業の枠を超えていろいろなジャンルの企業やお店とコラボして地元を盛り上げていきたいと言う。

これから移住を考える人へのアドバイスももらった。

「希望する場所には四季を通して足を運ぶことをお勧めします。ここは春や秋は散歩するだけで清々しい気持ちになりますが、夏の猛暑や、冬の群馬特有の空っ風は想像以上にきつかったです。

見落としがちな水道光熱費の相場や自治体等の地域の年間の活動なども確認した方がいいですね。また、田舎の方は見ず知らずの人でも気さくに話しかけてくれるので、そうした会話が苦にならず近所付き合いを大切に出来るかどうかも、移住成功の目安になるかもしれません」

取材を終えた後、不眠や人混みに悩んでいた人とは思えない、おっとりしたサトミの明るい笑顔が記憶に清々しく残った。

見知らぬ土地、全く違う仕事でも、人は意外と早く馴染んで幸せになれるんだ。人間の柔軟性や適応力の豊かさを教えてくれたサトミとの、爽やかな出会いだった。


取材・文/中島早苗

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