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メルカリの大反響キャンペーンが一冊の本にーー「すべてのモノには物語がある」

集英社オンライン / 2022年12月7日 10時1分

フリマアプリ最大手「メルカリ」が企画、Twitter上で21人ものベストセラー作家が短編を投稿した連載企画が一冊のアンソロジーに。企画に携わったWEBのメルカリマガジン編集長を務める宮川直実氏がその思いを語った前編に続き、「小説×モノ」の魅力について語る。

作家性を大切にした企画を実現したい

――この時節柄、コロナ禍を背景にした作品もありました。

宮川 読者の方の反応をリアルタイムに感じられたのも、Twitter 連載の面白さでした。例えば、平野啓一郎さんの作品はコロナで地方に移住した家族の物語でしたが、配信後は同時代的な共感や感想を目にしました。いつも以上に、作家もひとりの生活者として様々な変化に直面している中で書いていることが伝わってきて、読者にも響いていたように思います。



金原ひとみさんもご自身がパリで過ごしたコロナ前の思い出と、リモートワークが主となった東京の現在がリンクした小説になっていて。個人的にもすごく共鳴した“本当は他者や物への思いを何一つ断ち切る必要などなく、むしろ全てを体内に沈めながらしか人は生きられないのかもしれない”という一節は、どこか今の時間を肯定されているようで、閉塞感の中でこそ感じるものがありました。

金原さんは後日メールをくださって、書くことで自分の思い出やモノについてだけではなく、今の消費のあり方や社会の構造的な問題にも思いを馳せたと伝えてくださって。この企画をやってよかったと思った瞬間でした。

モノとの出会いと別れは、必然的に人との出会いと別れともリンクするので、そこを書いてくださる作品も多かったです。西川美和さんは打ち合わせから「メルカリで元彼と繋がる可能性もありますよね」というユニークな発想をしてくださり、メルカリ上でのやりとりを描いた物語になりました。取り返しのつかない別れを、取り返しのつかないままに書いてくださっている。

特に緊急事態宣言が出ていた頃は、安易なハッピーエンドには共感しづらかったように思います。「変わらないものは何もない」という不条理な日々を生きていた中で、こういうリアルな別れはいつも以上に沁(し)み入りました。

出版社から転身、WEBのメルカリマガジン編集長としてTwitterでの小説プロジェクトを推進した宮川氏

――結果、社内での反応はいかがでした?

宮川 コロナでオフラインのイベントなどが開催できない時期にスタートしたこともあり、こんな形で楽しんでいただけるコンテンツを提供できるのはいいね、と好感触でした。新しいことが大好きな会社なので面白がってもらえたのかなと。

一方でいまだにスタートアップ的な気質のスピードの速い会社なので、始めるよりも続けていくほうが大変で。今回は2020年から2年かけて取り組みましたが、ひとつの企画に2年も割くなんて、かなり異例だったと思います。時代の展開に呼応することが常に求められているからこそ、意義や指標、目的はいつでも説明できるようにしていました。

――企画への思い入れも含め、完走できたのはなぜ?

宮川 それはやっぱり、物語の強さだと思います。今はいろいろなコンテンツやエンタメがありますし、受け手もどんどん細分化している流れがありますよね。でも、私はずっと「物語が一番面白いし、最強」って思っているんです。ストーリーには領域を越える力がありますよね。

Twitterの仕様で、ツリーの形式だと投稿の予約が1時間先までしかできないんですね。なので連載しているときは、作品によって5時間から8時間ほど、1時間おきに自分でツイートをセットしていたんです。地味な作業なんですけど(笑)。でもそれが「小説のライブ配信」をしているみたいで、すごくドキドキして。

連載中はやはり大きな反響がありましたし、これまでメルカリのアカウントをフォローしていなかった方々が楽しみに待ってくださっている状況が生まれて。まさにストーリーで越境した感覚がありました。事業会社にきて、こんなふうに作家を中心に据えた企画が実現できて、とても楽しい経験でした。

ただ、やはり面白くていい作品を作ればいいというわけではなく、その先に事業に貢献する数値的な指標がないといけない。それは他のプロジェクトにおいても、常に課題として意識しています。

――それは出版社も同じで、ただ良いものを作ればいいわけではなくなっています。プロモーションも含めて包括的に取り組む必要性を考えると、異業種での経験は面白い方向に働きそうですね。

宮川 そうですね。より多岐にわたったコミュニケーションや、ご一緒させていただくパートナーさんも多様になり、“どうやったら伝わるか”という自分の中のレンジも広がったと思います。

今やTwitterやInstagram で、気づいたら何千字も読んでいるなんてこともあるわけで、読む能力はむしろ上がっている可能性もある。まだ読んだことのない作家に、毎日見ているSNSで出会えたら面白いですよね。SNSに限らず、そのタッチポイントは今後もどんどん増えていくのではないでしょうか。

――ナチュラルローソンとのコラボなど、発展的な企画にも繋がっていますね。

宮川 メルカリは限りある資源を循環させる「循環型社会の実現」に貢献したいというヴィジョンを持っています。当時はちょうどレジ袋が有料化するタイミングだったので、 環境に配慮したバイオマスプラスチックを50%以上配合したレジ袋に、伊坂幸太郎さん、吉本ばななさん、筒井康隆さんの小説を印字し「読むレジ袋」として全国のナチュラルローソンさんで配布しました。

他にもAmazonオーディブルさんと「モノガタリ by mercari」を岩井俊二監督、西川美和監督の演出でオーディオ作品化する取り組みも実施しています。素晴らしい作品のおかげで、自然に広がっていった。

自分のバックボーンにある「ストーリー」の現場での経験を生かして、今後もカタチに囚われない、面白いコミュニケーションに繋げていけたらと思っています。

ストーリーはあらゆる領域を越える――その強さを信じて

――そして今回、一冊の本として、幅広い作家が一堂に会する豪華なアンソロジーが生まれました。

宮川 この作家陣を一度に読める本はなかなかないと思います。「モノ×物語」というひとつのテーマで、作家の技や筆致を堪能できる一冊。すごく贅沢(ぜいたく)ですよね。読み比べるのも楽しいと思います。

――オーディブルでの取り組みもそうですし、これを起点に様々な楽しみ方も生まれそうですね。

宮川 今回はSNSで連載する新しい小説の楽しみ方から始まり、それを朗読で聴くオーディオブックという形にし、最終的にトラディショナルな紙の本にするという、3つの形に繋げることができました。

書籍の楽しみ方もこの数年で選択肢が増えています。数年前にメルカリの役員がビジネス本を倍速の音声で聞いているのを見て驚いたことがありますが、個人に合った媒体や手段が広がっているのはいいことだなと思いますね。

新しいステークホルダーとの展開も今後に活かし、「モノガタリは終わらない」と未来を見据える宮川氏

――今後も温めている企画はありますか?

宮川 今回のプロジェクトで、情報が溢(あふ)れている時代だからこそストーリーが持つ力を改めて強く感じることができました。面白いから伝わる。何より、人の記憶に残る。

来年、メルカリは10周年を迎えるのですが、実は今、クリエイティブチームと一緒にメルカリのデザインとコミュニケーションを整理している最中なんです。よく言われますが、企業にもストーリーがとても重要な時代です。言いたいことを「情報」という点で発信するのではなく、いかに「物語」として紡いでいくかが、結果的にその企業のブランドになっていく。

今回、「モノガタリ by mercari」というプロジェクトを2年間にわたり実施し、多くの方に見ていただいただけでなく、集英社さんやAmazonさんをはじめ新しいステークホルダーとの展開にも繋げられたことで学ぶことが多くありました。それを今度は企業のストーリー、ブランドを紡いでいくことにも活かしたいなと思っています。これからも「モノガタリは終わらない」という気持ちで、挑戦していきたいです。

取材・文/明知真理子 撮影/五十嵐和博

モノガタリは終わらない

編者:モノガタリプロジェクト

2022年10月26日発売

1,650円(税込)

四六判/248ページ

ISBN:

978-4-08-771762-4

21名のベストセラー作家が、モノの歴史を紡ぎ、人の記憶をひもとく。
総インプレッション数1.26億!
メルカリ公式Twitterにて話題の連載、待望の書籍化——。

人から人へ、モノはめぐる。とっておきの物語をたずさえて。
現代日本を代表する作家たちが、「捨てない」をテーマに、モノの「これまで」と「これから」を豊かに描き上げたショートストーリー集。
物語のプロフェッショナルが織りなす"技"と"筆致"を一気に堪能できる、超豪華アンソロジー!

【目次】
伊坂幸太郎「いい人の手に渡れ!」
三浦しをん「人間の友」
朝井リョウ「吉凶の行方」
藤崎彩織「RPGノート」
吉田修一「0.8」
絲山秋子「一人で二つ」
角田光代「ボタンと使者」
吉本ばなな「珊瑚のリング」
筒井康隆「花魁櫛」
川上未映子「初恋の」
岩井俊二「消しゴム」
綿矢りさ「封印箪笥」
金原ひとみ「バタクランを越えて」
西川美和「ブルース・フォー・ポーギー」
尾崎世界観「バイバイ」
平野啓一郎「天井裏の時計」
江國香織「彼女の武装」
太田光「がらくた」
水野良樹(清志まれ)「誰がために、鈴は鳴る」
恩田陸「内緒」
山田詠美「ジョーンズさんのスカート」

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