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ソフトボール日本代表を金メダルへと導いた「秘密兵器」。宇津木麗華の監督人生を変えた革命的なピッチングマシンとは?

集英社オンライン / 2022年12月13日 12時1分

2021年の東京五輪で金メダルを獲得したソフトボール女子日本代表。その栄光の舞台裏には、従来の常識を覆す1つの「秘密兵器」の存在があった。「監督人生を変えた」と言わしめるそのマシンについて、当時の日本代表を率いた宇津木麗華監督(現・ビックカメラ女子ソフトボール高崎)に話を聞いた。

研究現場で生まれた異次元のマシン

「球種がわからなくても、体が勝手に反応する」

好投手を相手にする打者にとって、この状態が理想である。球種がわかってからバットを振り始めては遅いし、頭で考えていたら体が反応しない。ただし、この状態を作るには鍛錬が必要だ。

しかし、それが五輪という国際舞台で、相手が対戦機会の少ないライバル国のエースだとしたら、どうだろう。その投手はずば抜けて能力が高く、他の投手のボールとはまったく質が異なる。しかし、そのボールを攻略しない限り優勝は勝ち取れない。



2021年に開催された東京五輪前のソフトボール女子日本代表は、そのような厳しい状況にあったが、彼女たちは頂点に立った。そこには、あるピッチングマシンの存在があったのだ。

そのピッチングマシンは、バッティングセンターにあるような映像付きのものと一見変わらない。だが、「精度」が桁外れに高い。球種ごとの投球フォームの微妙な違いや、球速、球質がそのまま再現されている。日本選手は、最大のライバルであるアメリカの二枚看板投手と、ピッチングマシンを通じて本番前から繰り返し対戦していたのだ。

ソフトボール女子日本代表の練習現場に導入されたピッチングマシン

このバーチャル対戦により、頭で球種や球筋を理解する前に、体が反応するようになった。これに関して同ピッチングマシンを開発したNTTコニュニケーションズ科学基礎研究所の柏野牧夫(かしの・まきお)氏は、データを「身体化」させたと表現する。専門的にいうと、「無自覚に脳が情報処理を調整した」ということらしいのだが、現場では何が起きていたのだろうか。

東京五輪でソフトボール女子日本代表を率いた宇津木麗華(うつぎ・れいか)監督に、直接話を聞いてみた。

監督人生を変えた存在

––ソフトボール女子日本代表が金メダルを獲得した背景には、秘密兵器となるピッチングマシンの存在があったとお聞きしました。

はい。私たちが金メダルを獲れた要因の半分は、このピッチングマシンを開発した研究チームのおかげだと思っています。もちろん我々も一生懸命トレーニングに取り組みましたが、この研究とピッチングマシンがなかったら、あんなにのんびりと練習できなかったと思います(笑)。

––「のんびりと練習」とは、どういう意味でしょうか?

試合中に、「打つための技術」を考えている暇はないんですよ。でも、このピッチングマシンでは、もう1球、もう1球と、想定する相手ピッチャーのボールを事前に繰り返し練習できる。それを何度も繰り返すことで、最終的に「考えなくても打てる」ようになるんです。これがチームにとって凄まじい力となった。だから金メダルの半分は、ピッチングマシンの力によるものなんです。

––本当にすごいマシンなんですね。

このピッチングマシンとの出会いが、私の監督人生を変えました。想像を遥かに超えたマシン。監督として勉強になっただけでなく、採れる戦略が増えましたね。

––そもそもどうしてこのマシンを取り入れることになったのでしょうか?

東京五輪の3年前に、2つの会社からピッチングマシンの話が来ました。両方から説明を聞いたうえで、パッとこっちがいいなと思ったんです。こちらの要求に応えてくれそうだ、と。それどころか「要求以上のものを出してくれるんじゃないか」と、直感的に思いました。

––その通りでしたか?

はい。私たちの目標は、金メダルを獲ること。言葉は悪いかもしれませんが、どんな手段を使っても勝たなくてはいけません。それには、自分の頭に浮かぶものだけで戦っていてはダメだと思いました。自分を崩して、新しいものに挑戦しなければならない。それが東京五輪を戦ううえでの自分のテーマでした。そのとき、たまたまピッチングマシンの研究に行き当たったんです。

––従来のピッチングマシンとは精度が違うそうですね。

まったく違います。使ってみて本当に驚きました。過去にもピッチングマシンを試したことがありましたが、それは一般的なバッティングセンターに設置されているようなもの。そのマシンも、たとえば上野由岐子(ビックカメラ高崎所属)のボールは忠実に再現されていて、インコースは避けてしまいそうになるくらいリアリティがありましたが…。でも、今回のマシンは再現の精度がまったく違う。ひと言でいうと、「ハンパない」ですね(笑)。

2019年に初めて選手に披露された試作品

––新しい技術を練習に導入するにあたって、不安はなかったですか?

このピッチングマシンには最先端の技術が使われているので、研究者の皆さんから難しい説明をされることもありましたが、そこに対して違和感はなかったですね。逆にわからないから、もっと詳しく聞きたいと思いました。それは私だけでなく選手も同じで、後ろ向きに考える選手はいませんでした。「わからないことはあるけど、信じて使い続けたら、上手になるんじゃないか」と選手たちも積極的に使ってくれましたね。

––宇津木監督はもちろん、選手もコーチ陣もすごくポジティブですね。

「金メダルを獲らなければならない」というのは、とてつもないプレッシャーです。でも、そのプレッシャーをマイナスに考えるのではなく、すべてを前向きに捉えていこうと常に選手には教育してきました。その成果が、ピッチングマシンの活用にも現れたのかもしれません。

VRを活用した練習に励む日本代表チーム

選手たちを変えたマシンには「感謝しかない」

––メンタル面の強化にも、取り組まれてきたのですね。

日本語には、「心技体」という素晴らしい言葉がありますよね。一流の選手にとって、やはり心の豊かさは大事です。ピッチングマシンを導入したことで、心に余裕が生まれたと思います。

––マシンで練習することで、結果的に心も鍛えられた、と。

普段から選手たちには、相手と駆け引きができるように、心理学を受講させています。私も学んできましたが、実践ですごく役立つんです。相手が今何を考えているのか、掴めるようになるので。たとえば、山本優(ビックカメラ高崎所属)は、顔の近くに投げられたら、カッとなって、次のボールは何でも打ちにいってしまうことも多いんですが、「このボールは誘いなんだ」とわかっていれば、冷静に対処できます。

それに加えて、ピッチングマシンで繰り返し体感することで、さらに心に余裕ができたんです。選手たちは、このマシンは実践で活用できる、という確信があったのでしょう。山田恵里(デンソーブライトペガサス所属)なんて、「あと30分マシンを打ってきてよいですか」ってよく聞きに来ました。これはすごいことですよ。

2021年6月の大会前強化合宿の様子

––一流のバッターは「無自覚な予測」を持っていて、「なぜだかわからないけど、球種がわかる」そうですね。逆に言うと、相手ピッチャーがフォームを少しでも変化させたら、感覚がズレてほとんど打てなくなってしまう、ということでしょうか。

あり得るでしょう。だから東京五輪の準備には、アメリカ選手の映像に関しては、代表選考に関わるような選手同士の対戦映像を使うようにしていました。あるいは、「本気で勝ちに来ている」試合の映像。そうでないと、本当の力を隠したり、手を抜いたりするから。絶対に参考になる試合の映像だけを使いました。

手の内を隠すような駆け引きはよくしています。実際に私も、ある世界選手権で選手にまったく指示を出さずに戦ったこともあるんです。ちなみにピッチングマシンの存在も、周囲に情報が漏れないように、ギリギリまで隠しました。

––今後はどのような改良をマシンに望みますか。

選手たちは本当にこのピッチングマシンを信頼して、練習に取り入れてくれました。中には、「試合会場に持って行けませんか?」と聞いてきた選手もいるくらい(笑)。だから、次に作るなら持ち運びできるものをお願いしたいですね。


文・インタビュー/柴谷晋
写真提供/NTTコミュニケーション科学基礎研究所
参考文献/柏野牧夫(2022). 「トップアスリートの知覚・運動における無自覚的な適応 -女子ソフトボール日本代表チームとの事例-」『基礎心理学研究』vol.40, No2, 217-222

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