自販機が通路にズラリと並ぶ「中古タイヤ市場 相模原店」は、小田急線の最寄り駅からバスで30分ほどの場所にあった。店名通り、そこは本業がタイヤ販売で、自販機はタイヤ交換待ち客のために設置されたということだ。
私が訪れたのは日曜日のお昼前。お客のほとんどは、タイヤではなく自販機のほうに集まっていた。それだけ懐かしい自販機に魅了される人は多いのだろう。
レトロブームで昼前には売り切れ続出!? 懐かしの自販機食のホットサンドは、今でも美味しいのか
集英社オンライン / 2022年12月11日 11時1分
駄菓子屋だった私の実家にも自動販売機(以下、自販機)があった。しかし自販機で売る商品は、駄菓子屋の中では高級品。100円以下で買えるものは少なく、私は憧れすら抱いていた。あれから数十年。神奈川県の相模原市に、私が憧れた時代の懐かしい自販機を集めた場所があると知り、行ってみた。
憧れの自販機食
昔、私が最も憧れたのは、食べ物の自販機だった。食べ物の自販機は、駄菓子屋に置かれていることはまずない。これを見たのは、家族で行ったドライブ旅行の休憩で止まったドライブインやパーキングだった。
店頭で売っているはずの食べ物が、機械から自動で出てくる。それは不思議なマジックにも見え、手の届く未来的なファンタジーだった。
幼い私はそのファンタジックな光景に胸踊らせ、ぜひとも自販機のボタンを押して、出てくるものを食べてみたかった。しかし、両親が買ってくれたことはなかった。
時代を思わせるビビッドな自販機たち
今なら両親の気持ちがわかる。
せっかくの旅行先で自販機食を選ぶおとなはいない。同じお金を払うなら、お店で食べたいだろう。
あの時代の心残りを今日、叶えよう。
両替機で1000円札を100円玉に変え、食べ物の自販機に早足で向かった。
懐かしい自販機の現実
しかし日曜の昼前で、すでにかなりの人が訪れており、売り切れているものも多かった。よく考えれば当然だ。筐体サイズからして大した在庫が入るとは思えない。お目当てのものを確実にゲットするには、もっと早い時間か、平日を狙う必要があるようだ。
売り切れのポップコーン自販機の前で駄々をこねていた男の子がおり、心から同情した。うどんやそば、お茶漬けまで買える自販機もあったが、同様に売り切れが多かった。ワンカップ酒が買える自販機は、中身がノンアルコール商品に入れ替えられていた。
麺類は人気らしく、うどんそばだけで何種類かあった
子どもでなくともワクワクする遊技機のようなデザイン
自販機で誰でも酒が買えてしまった時代の名残
まだ買えるものの中から、「コンビーフサンド」を選んだ。この自販機もかなり年季が入っており、50歳に手が届こうという私と同じ頃に生まれたらしい。元は他所で稼働していたものを、自販機コレクターのここのオーナーによって引き継がれたという。
硬貨を入れてボタンを押すと"トースト中"というランプが点灯して40秒間温められてから出てくる。この待ち時間もワクワクして楽しかった。あの頃味わえていたら、どんな思い出になっていたのだろうか。
ホットサンド販売機は、コンビーフの他にハムチーズがあった
パネルが曇って点灯しているのかよくわからない
コンビーフサンドはかなりコゲているように見えたものの、アツアツで、馬鹿にできない美味しさだった。このコンビーフサンドは、自販機の裏手にある調理場で一つずつ手作りされていると聞き、なるほどと納得した。
袋状のアルミホイルを開いて取り出したホットサンド
シンプルな味付けがいい意味でのチープさを醸し出す
パンはふにゃふにゃだし、具材がたっぷりというわけでもないし、高価なごちそうでもないけれど、こどもにも理解できる優しい味だ。家族でいくデイキャンプで作ってもらったホットサンドがこんな味だった。
そのとき一緒に飲んだ、ジュースのHI-Cが、瓶入りでここにも売っていた。食事のときにジュースを飲めるのは、家族で休日旅行をしたときだけだった。
ひと噛みしたホットサンドをHI-Cで流し込むと、幼い頃の休日の光景が甦った。
レジャーシートの上で向き合って座る実家の家族。まだ私より背の低い妹と弟、私より大きかった父、そして今は亡き母。
時が経った今、もしも彼らとここに来られたとしたら、どういう会話が交わせるだろうか。
瞬きの夢想の後には砂埃の舞う中古タイヤ市場の景色が戻ったが、懐かしい自販機のくれたささやかな食事で、心が少し温かくなった。
瓶ジュースの引き抜きを初体験
縦長の取り出し口が今では逆に新鮮
実家にあったのと同じ、瓶ジュースの自販機は、硬貨を入れて瓶を引き抜くスタイルで、こどもの年齢によっては引き抜くのがちょっと大変そうだ。私自身、自分で引き抜いた記憶はないので、おそらくは母が抜き取ってくれていたのかもしれない。
二本同時に引き抜いたらどうなるのか?という疑問もわいた
瓶ジュースの自販機から、母がたまに買い与えてくれたのはHI-Cオレンジだった。理由は、「コーラやスプライトの炭酸飲料より、体に良さそう」だからだと思う。私は小学校卒業まで炭酸飲料を飲めなかったが、今は母の気遣いもわかる。
そんなことを思い出しながら、HI-Cの瓶を引き抜いた。昔見たはずなのに、初めての感触だった。
思ったより小さく感じる瓶。昔は飲みきれなかった憶えもある
テコの原理を使って片手で栓が抜ける
自販機のくぼみの中に固定された金具に王冠を引っ掛けて開栓する。これはほんの少しコツが要る。実家(駄菓子屋)では栓抜きがヒモに吊るされて備え付けられていたので、開栓もこどもにとっては難しかったのかもしれない。
ペットボトルに取って代わられた大容量の飲料瓶
また、ここには、現在製造されていない1リットル瓶のジュースもあった。サンプルだけで、購入はできなかったが、実家の店の冷蔵ケースにも陳列されていた光景が湧き上がるように思い出された。
駄菓子屋とこどもと瓶の保証金
返却用の箱を見て、瓶飲料には「保証金」があったことも思い出した。中身を飲んだ後に瓶を店に返却することで20円ほどキャッシュバックされる。
酒屋でおなじみの瓶ケースは駄菓子屋にもあった
マイナーな瓶ジュースメーカーよっては、再利用前の商品のラベルの上から別のラベルを貼っており、これが透けて見え、疑問に思ったこともあった。
なかには、どこかから拾った瓶を持ちこんできたり、私の実家の裏手に保管している瓶ケースから空瓶をくすねて別の店に持っていき、保証金をせしめたりする幼き不逞の輩もいた。
駄菓子屋は、そんな小さな悪事を見咎められ、店に叱られ、罪だと教わり、成長につなげてもらえる場所であった。
「こどものとき、お前んちで叱られたっけな」というような話を、何年も経って幼なじみから聞いたことがあった。もちろん恨み言ではない。そこには感謝があった。
古い自販機といろいろな世代
まるで駄菓子屋のように多くの人が集まっていた
中古タイヤ市場を訪れるお客の、目的の自販機はそれぞれ違う。
食べ物以外にも、電池やカメラフィルムなど、今はもう見かけない自販機がズラリと並ぶ様子は、もうすぐ50代に突入する我々世代には懐古であり、若者には博物館であり、小さなこどもには新しい体験だ。
どの世代もこの場所を、また懐かしい思い出につなげていくのだろう。自販機はどれも相当な年季が入っていて、いつまで稼働できるかは素人目にも安心できるものではないが、多くの人の思い出の中でずっと売り切れずに動いていてほしいと願った。
文・写真・イラスト/柴山ヒデアキ
撮影協力/「中古タイヤ市場 相模原店」神奈川県相模原市南区下溝2661-1 ℡042-714-5333 営業:10-19時 水曜定休
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