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時を超えて聴き継がれ、海を越えて歌い継がれる名曲『リンダ リンダ』のすごさとは

集英社オンライン / 2022年12月9日 17時1分

平均年齢15歳のガールズパンクバンド「ザ・リンダ・リンダズ」のバンド名の由来が1987年にリリースされたあの楽曲にちなんでいることをご存じだろうか? 時代を超えて受け継がれる「リンダ リンダ」の背景を紐解く。

平均年齢弱冠15歳のパワフルなガールズパンクバンド、
その名はザ・リンダ・リンダズ

メンバー全員アジア系およびラテン系のアメリカ人女子で構成されている、ロサンゼルスのパンクバンド、ザ・リンダ・リンダズをご存知だろうか?

ギター&ボーカルのベラ・サラザール(ステージネーム リンダ・リンダNo.1)は最年長だが弱冠の18歳。
ベース&ボーカルのエロイーズ・ウォン(同 リンダ・リンダNo.2)は14歳。
ギター&ボーカルのルシア・デラガーザ(同 リンダ・リンダNo.3)は15歳。


ルシアの妹でドラム&ボーカルのミラ・デラガーザ(同 リンダ リンダNo.4)に至ってはなんと12歳という、若い若いバンドだ。

THE LINDA LINDAS
写真左上から時計まわりに、エロイーズ、ルシア、ベラ、ミラ

平均年齢15歳の彼女たちは2018年の結成以来、数々のライブに出演したり自主制作でシングル曲を発表したりするなど精力的な活動をしてきたが、注目度が一気に高まったのは2021年5月のことだ。

地元ロサンゼルスの公立図書館が主催したイベントに出演し、オリジナル楽曲の『Racist, Sexist Boy』を演奏した動画をTwitterに投稿したところ、爆発的に拡散。
世界中の音楽ファンに知られる存在になっただけではなく、さまざまな有名アーティストや大手マスコミからも称賛された。

そしてロサンゼルスの名門パンクレーベルである、エピタフ・レコードと契約を結んでメジャーデビュー。
以降もコンスタントに新曲を発表し、2022年4月にはファーストアルバム『Growing Up』を発売している。

THE LINDA LINDAS『GROWING UP』

彼女たちは、すでに来日も果たしている。
2022年8月におこなわれた夏フェス、サマーソニックに出演し、耳が早い日本の音楽ファンに大喝采で迎えられた。

まさに現在進行形で成長中のこのバンド、持ち前の骨太サウンドに加え、主義主張も筋が通っている。
代表曲である『Racist, Sexist Boy』はタイトル通り、人種差別や性差別という厄介な社会問題に対して、真っ向から立ち向かう内容。
ドラム担当の最年少メンバーであるミラが、学校で同級生から受けた人種差別の経験を基に作った曲だ。

結成間もない2019年には、アメリカのパンクバンド、ビキニ・キルの再結成コンサートで前座の務めている。
ビキニ・キルとは、1990年代初頭にワシントン州を中心に起こったRiot Girrrl(ライオット・ガール)というフェミニズムとサブカルチャーを融合させた運動の、中心的役割を担ったバンド。
リンダ・リンダズはそんなシーンともすでに繋がりができているのだ。

また、彼女たちに“年相応”なんて言ったらまったく失礼な話なのだろうけれども、ポップで楽しい曲も得意としている
エモいメロディを聴かせる2022年3月発売の8枚目シングル曲『Growing Up』や、元気で可愛らしい最新のホリデーシングル『Groovy Xmas』などの評価は高く、YouTubeにアップされているPVも再生回数を伸ばしているようだ。

21世紀の日本とアメリカで公開された
二つの映画がフィーチャーした『リンダ リンダ』

さて、そんな成長著しき超若手バンドだが、僕のようないい年こいたニッポンのパンク系オヤジが、まず「ムムム」と注目するポイントはというと、そのバンド名だろう。

「“リンダ リンダ”って、もしや?」
とググってみると、平均年齢15歳のLA発ガールズパンクバンドだという情報がまず出てくるので、「あ、やっぱりただの偶然か。まさかね」と思うかもしれない。
でも、そのまさかの方なのだ。

ザ・リンダ・リンダズのバンド名は、日本の名曲『リンダ リンダ』にちなんで付けられた。我らのザ・ブルーハーツが、1987年のメジャーデビュー時に発表した曲だ。
彼女たちはバンド活動を始めようとしていた頃、たまたま2005年公開の日本映画「リンダ リンダ リンダ」を鑑賞。
ブルーハーツの楽曲が多数フィーチャーされているその映画から『リンダ リンダ』の存在を知り、強いインスピレーションを受けたのだという。

映画「リンダ リンダ リンダ」

彼女たちのブルーハーツへの想いは本物らしく、前述の初来日サマーソニック公演では、日本のファンに向けて『リンダ リンダ』のカバー演奏も披露している。

発表から35年も経過しているというのに、『リンダ リンダ』はまったく衰えぬパワーを保つ、まさに神曲だ。
2021年に公開されたNetflixオリジナルのアメリカ映画「ミックステープ 伝えられずにいたこと」でも、『リンダ リンダ』が重要なシーンで使われている。

映画「ミックステープ 伝えられずにいたこと」

この映画は、亡き両親の面影を追う12歳のアメリカ人少女ビバリーが、存命中に両親が作ったミックステープに収録されていたはずの曲たちを、探し求めていくという内容。
どうやらバリバリのパンクスだった両親の残したインデックスカードには、ビバリー世代にはなじみの薄い数々のマニアックなバンドの曲のタイトルがしたためられているのだが、頭から2番目にはなんとブルーハーツの『リンダ リンダ』が……。
これ以上はネタバレになるので、みなさんどうぞNetflixで見てください。

ビバリーがウォークマンで初めて『リンダ リンダ』を聴くシーンは秀逸だ。
僕が17歳の頃に初めて『リンダ リンダ』を聴いたときも、きっとこんな顔をしていたのかもしれない。

1987年、ブルーハーツがメジャーデビューシングル
『リンダ リンダ』を発表した

ザ・ブルーハーツの『リンダ リンダ』は、時も海も世代も性別も超え、ある年代の若者の心にブッ刺さっていく。

歌詞に出てくる最大のパワーワードは、言うまでもなく“ドブネズミ”。
そして少しでもブルーハーツを意識したことがある人は、ドブネズミとはこの曲を作った甲本ヒロト自身の投影像に違いないと思うものだろう。

1980年代の中頃のこと。僕を含む当時のロック少年少女たちの間を、「ブルーハーツというすごいバンドがいるらしい」という噂が駆けめぐっていた。
ほぼ唯一の情報源であった雑誌でも、レコードの一枚も出していないデビュー前のバンドの扱いは軽く、わかりにくい小さなライブレポ写真くらいでしかブルーハーツの姿は確認できなかった。
直接ライブで観た人以外にとって、ブルーハーツはベールに包まれた存在だったのである。

1984年、ザ・ブレイカーズというモッズバンドのギタリスト真島昌利(マーシー)が、同じ東京モッズシーンにいたザ・コーツのボーカリスト甲本ヒロトに話を持ちかけ、両バンド解散後に結成されたブルーハーツ。

東京のライブハウスを中心に精力的なライブ活動を繰り広げ、口コミでファン層は拡大していった。

そして1987年2月。
初シングルとなる『人にやさしく』を駆け込みで自主制作リリースし、同年5月にはシングル『リンダ リンダ』でメジャーデビューを果たす。
噂のブルーハーツが、ようやくその全貌を我々の前に現した瞬間だ。

ザ・ブルーハーツ『人にやさしく』

モッズバンド出身という経歴から、洗練されたオシャレな人たちかと思っていた多くのファンは、逆の意味で度肝を抜かれた。
坊主頭のヒロトは、ボロボロのジーンズとTシャツに、ヨレヨレのレザーコートやハリントンジャケットを羽織り、足元は安全靴。
雪駄を履いていることも多かった。
マーシーはエスニックなバンダナを鉢巻状にしめ、中原中也やボブ・マーリーのTシャツ。

ザ・ブルーハーツ『リンダ リンダ』

ベースの河ちゃん(河口純之助)はよくわからない星柄のTシャツ、ドラムの梶くん(梶原徹也)は野暮ったい軍パンにモヒカン頭だ。
それぞれのファッションにパンクやモッズのエッセンスは確かにあるものの、どう贔屓目に見ても垢抜けない田舎のニイちゃんといった風貌である。

インディーズブームからバンドブームへと発展中の当時、ルックス的に彼らよりかっこいいバンドは山ほどいたし、特に人気絶大だったBOØWYは、ヴィジュアル系の元祖とされるほど洗練された雰囲気で、ブルーハーツとは対照的だった。
それにもかかわらず、ブルーハーツはあっという間に多くの若者の心をとらえ、“現象”と呼べるほどのメジャーな存在になっていく。
日本のロック史、いやサブカルチャーの歴史は“ブルーハーツの前か後か”に分類できるほど、彼らドブネズミの出現はエポックメイキングな出来事だったのだ。

得体の知れない魅力とパワーを持つ神曲は
これからも聴かれ歌い継がれていく

その後のブルーハーツの快進撃については、多くを語る必要もないだろう。

しかし1995年6月に、まるで空中分解するように突然の解散発表。
半信半疑だったファンの多くは、同年10月にヒロトとマーシーが新バンドのザ・ハイロウズで再デビューした段になって、「あ、ブルーハーツの解散って本当だったのか」とぼんやり認識したのだった。

そのハイロウズも2005年に解散、ヒロトとマーシーは翌2006年に結成した新バンド、ザ・クロマニヨンズとして、現在も活動中だ。

ハイロウズとクロマニヨンズは、ブルーハーツのほとんどの曲を作詞作曲していた結束の強い二人(ヒロトとマーシー)を核とするバンドなのだから、それはもうブルーハーツみたいなものじゃんと思うかもしれないがさにあらず。
意思の固い二人は、ブルーハーツの解散後はどんなことがあっても、ブルーハーツとして発表した曲を演奏することはない。

つまり、件の『リンダ リンダ』をはじめとするブルーハーツの珠玉の名曲の数々は、今や残された音源や映像で楽しむ以外の方法はない。
にもかかわらず、前述のリンダ リンダズや日米の2本の映画(「リンダ リンダ リンダ」と「ミックステープ 伝えられずにいたこと」)の例にとどまらず、のちの世代の人に多大な影響を与え続けているのは、よく考えてみたらすごいことではないだろうか。

後世への影響例を挙げたら枚挙にいとまがない。

たとえば、『リンダ リンダ』をサンプリングした加藤ミリヤの楽曲『BABY! BABY! BABY!』は会場を盛り上げる鉄板曲だ。
春夏の甲子園では毎年、アルプススタンドで『リンダ リンダ』のリフを用いた応援曲が鳴り響く。
アパレル会社クロスカンパニーが2011年に制作したCMで、女優の宮崎あおいがギターで弾き語りした『リンダ リンダ』が耳に残っている人も多いだろう。

他にもラジオなどのメディアではコンスタントにオンエアされるし、カラオケでは誰もが盛り上がるスタンダード曲になっている。
結局のところ、存在が大きすぎてこの曲が持っている得体の知れない魅力とパワーを簡単に見通すことはできない。
ただ、これからも一種のクラシックとして、聴かれ継がれ歌い継がれていくことは間違いないのだろう。


文/佐藤誠二朗

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