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建築に言葉は必要か? 「建築家、というのは仕事や職能というより、生き方なのだと思う」強羅花壇を設計した京大建築の象徴・竹山聖に訊く

集英社オンライン / 2022年12月12日 14時31分

2020年、京都大学を退官した建築家の竹山聖(せい)。彼が教壇に立った28年間、京大の建築学科はガラリと変わったという。いったいどのような設計教育であったのか。最新刊『京大建築 学びの革命』を上梓したばかりの竹山に、そのヒントを探るべく、ノンフィクション作家の田崎健太が訊いた。(『kotoba』2023年冬号より抜粋)

個でやっていく

東京・中目黒にあるOAKBLDG Ⅱ。写真/竹山聖(『kotoba』

竹山聖にとって大きな転機となったのは、京大を卒業後、東大大学院へ進学したことだ。当時、この選択は異例だったという。

東京では建築における「言葉」の役割が京都と違っていた。

〈建築家になるには文章が書けなければならない、というのは、東京では定説だった。磯崎新は言葉によって建築にこめた知的な企みを磨き上げ、その著『空間へ』は美術評論家の瀧口修造に「長い詩を読んだ」と評されていたし、概して建築家はみな文筆に長けていた。慧眼の隈研吾は当時から、文章とセットでないと建築は伝わらない、と公言していた。事実彼はとても文章が早く、うまかった〉(『京大建築 学びの革命』より抜粋。以下同)



生活の糧も「言葉」で稼いだ。

「この時期、親父が会社と喧嘩をして辞めたんです。京大にいたときは月に三万円ぐらい仕送りをもらっていたんですが、大学院ではそれもなくなった。家庭教師と塾講師の他、英語で書かれた外国の建築雑誌の記事を原稿用紙一枚一〇〇〇円か二〇〇〇円で翻訳していました」

最初に住んだのは板橋区役所前の六畳一間。奨学金とアルバイト代で家賃、生活費を全てまかなった。

「食費、生活必需品を含めて、一日あたり八〇〇円で凌がなければならなかった。缶コーヒーさえも買えません。本は買えないから図書館。交通費を節約するために下宿にこもって、借りてきた本を読んだり、翻訳したり。そのとき、人生で最も勉強したかもしれない」

卒業後、大学院生は建築関係の企業に就職するのが一般的だった。しかし、竹山はその道を選ばなかった。

「ちょうどオイルショックの頃で景気が悪かったんです。親父は大企業にいたのに、ポイ捨てのような扱いをされたことも頭のどこかにありました。塾講師のバイトで稼いでいたこともあり、最低限の生活ならば、最初からやっていけるんじゃないかと思ったんです。それで仲間と一緒に、設計やりますっていう名刺を作って設計事務所を始めました」

ぼくは場当たり的に生きている、楽天的なんですね、とひとごとのように笑った。

企業に属さない、個でやっていくという姿勢が竹山を鍛えた。

〈建築家、というのは仕事や職能というより、生き方なのだと思う。個人として生きる、自分の表現に自分で責任をとる、組織にもたれかからない。つまり自分の力で自分なりにやってみる。仕事の規模がある程度大きいから、もちろんさまざまな人たちと協働するわけだけれども、基本的に自身の存在に、表現に、責任をとる〉

仲間に助けられながら、建築家としてなんとか歩いていた竹山の背中を時代が押すことになった。日本がバブル景気に入ったのだ。

「八〇年代後半というのは、ファッション業界の景気が良くなって、まずはインテリア業界、そしてぼくたちのような若手の建築家にも仕事が回ってくるようになったんです」

あるインテリアデザイナーから、彼の顧客であるアパレルブランドの人間を紹介された。アルファキュービックの柴田良三である。柴田は竹山に「ゴルフやるか」と訊ねた。やりませんと答えると、残念そうな顔になった。ゴルフ場の建設を考えていたのだという。

竹山に運があったのは、そこで話が終わらなかったことだ。柴田は、スタッフに老舗旅館の娘がいて、建て替えを検討していることを思い出した。

「そこで(旅館の)ご主人と食事に行くことになったんです。しばらくしてから私にお願いしますという連絡が来ました」

建築家、竹山の名を知らしめることになった、神奈川県足柄下郡箱根町にある高級旅館「強羅花壇」の設計だった。

インナースピーチ

強羅花壇は閑院宮載仁親王の別邸が元になっている。老舗旅館らしい〝和〟に若い感性、機能性を組み合わせることになった。竹山はこの強羅花壇の設計の途中、「超領域」という考えに行き着く。

〈パブリックな場所がどのような価値を、そして未来の記憶を生み出していくか、ということにとても関心があって、それを「超領域」と名づけたのだ。具体的な風景のイメージとも、したがって、それは結びついていた。ゼロの風景ともいえるだろうか。

そう、「超領域」は目的や機能を脱していく。脱していく先は、ある種の詩的な風景。やはり言葉が介在してくる。そしてまた言葉を捨ててもいく。パブリックな場所という言葉も、決してしっくりくるわけではないのだが、ともかく人間の情感をも刺激する、機能主義を超える可能性の空間、という期待がこめられていた〉

八九年七月に強羅花壇が竣工した頃、竹山は新たな道に踏み出すことになった。母校、京都大学建築学科から声をかけられたのだ。

このとき竹山は三四歳。建築家としてはまだ駆け出しの存在にすぎないと自覚していた。その人間が人に教えていいのか、そもそも教えられるのか。逡巡の末、自分自身が青春時代を過ごした地、母校で若者にささやかな経験を伝えることは意味があるかもしれないと引き受けることにした。

竹山は人間とは成長に時間をかけるという生存戦略を選び取った種だ、と定義する。

〈成長には時間が必要だ。とりわけ建築の場合、少なくとも30歳くらいまではじっくりと自分を磨く時間があったほうがいい。これは海外の大学で教えはじめて、あらためて気づいたことでもあって、フランスでもスペインでも(このふたつの国とのつきあいが特に長かったから、例にとってみた)、建築を学ぶために、みなじっくりと時間をかけている。研究室に来る世界各国の留学生たちも、じっくりと時間をかけて将来の方向を見定める学生が多い。肉体的にも精神的にも放浪の旅は、とりわけ若いころの自由な時間は、人生を実り多いものにしてくれる。焦る必要はない〉

竹山聖。写真/菊地和男(『kotoba』)

京都大学は日本屈指の難関校である。ましてや工学部である。数学などの理系科目が飛び抜けて優秀な人間しか入学することはできない。受験勉強とはいかに他人が作った問題の意図を読み取り、効率的に、正確な解答を見つけるか、だ。偏差値教育と、建築家に必要な思索の深さ、美的な感覚、クリエイティビティの相性は良いとは思えない。

その中でも竹山研究室は数々の建築家を生み出してきた。

「例えばですけれど、中目黒の九〇坪の角地、一階は店舗、上の階にオフィスを入れたいというオーナーがいるとします。ではどんな風な建物をつくりますか、という課題を出すとします。すると資料に当たった上で、先生、正しいのはどんな建物ですかと聞いてくるのが多い。正解を求めてくるんですね。ぼくはそうした学生たちの思考を揺さぶるんです。それで、あっ、こんな感じかも、と(いいアイデアが)出てくる場合もあれば、そうでないのもいる」

東京・中目黒にあるOAK BLDG Ⅱ。4階建て、1階にカフェとフルーツサンド店、2階以上が事務所。2020年竣工。写真/竹山聖(『kotoba』)

学生と向き合う中で、心理学者レフ・ヴィゴツキーの「インナースピーチ」という考えを思い出したという。

言葉は他者との対話、コミュニケーションのために獲得されたとされている。しかし、むしろ、自分自身との対話、自分自身の思いを広め、深め、確認していく役割がある。自分の思い、考えを形づくった上で、他者と共有し、発展、発達していく。

〈学生の案やスケッチもまた、建築的に見ればこの「インナースピーチ」のようなものだ。それはまだ他者と共有されない未熟な表現形なのである。なにかモゴモゴと、定かならぬ言葉の発芽状態のようなものが蠢いている。文法も発音もデタラメなことが多い。しかしそれが建築的に見て未熟だからといって否定してしまっては、せっかく目覚めた空間構想の喜びを摘んでしまうことになる。豊かなアイデアへと育っていくかもしれない可能性を潰してしまう〉

インナースピーチとは、やがて他者に伝わる言葉となる可能性のある「苗床」であると竹山は考えている。

建築こそ、はじめに言葉ありき、なのだ。

文・構成/田崎健太(ノンフィクション作家)

京大建築 学びの革命

竹山聖

2022年11月25日

2,420円(税込)

四六判368ページ

ISBN:

978-4-7976-7422-4

驚きと喜びの建築に向けて。
一人の若手建築家が京大に着任。教師としてはなはだ未熟な若者が、さらに未熟な若者たちとさまざまなことにチャレンジする。何より、「教える、学ぶ」という人間の根源的な姿勢を通して、お互いに切磋琢磨。28年にわたる歴史の証人(学生)たちとの対話を、言葉を、事件を、その顛末を記す。建築の驚きと喜びを伝える、建築思考の入門書。

「振り返ってみてつくづく感じたのが積み重ねた時間の重さ、そしてその間の出会いと学びのありがたさだ。素晴らしい学生たちと出会い、多くの建築家や社会で生き生きと活躍する人材が出てくれた。自由に活動する個人もいれば組織を引っ張る頼もしい連中もいる。そして私自身がほんとうに多くの刺激を受けた。学んだといってもいい。竹山研は、決して師から弟子への一方通行の場ではなかった。」(序―「庭」というイメージ より)

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