2011年、共同創業者であるスティーブ・ジョブズが亡くなる少し前に、時価総額世界ナンバーワン、つまり「世界一お金持ち」の会社になった米・アップル。それ以降、何度か2位の座に落ちたことはあるが、それも一時的で、ほぼずっとトップの座に君臨し続けている。
そんなアップルだが、2019年にデザイン部門長のジョナサン・アイブ、2020年にはジョブズとともに幾多の製品発表を行ったマーケティングトップのフィル・シラーなど、ジョブズの腹心たちが次々と退任し、経営陣は大きく様変わりしている。果たしてアップルの行く末は、この先も安泰なのだろうか。
あらためて振り返るティム・クックの計り知れない功績。“ジョブズなきApple”が、この先も「安泰」な理由
集英社オンライン / 2022年12月10日 10時1分
現在のアップルを「かつてのような魅力がない」と評する声もある。同社はスティーブ・ジョブズ没後も長らく時価総額世界1位の座に君臨してきたが、この先もその地位を守り続けることができるのか。日本でもっともアップルを知るジャーナリスト・林信行が、同社の行く末を占う。
ジョブズ没後もトップの座を維持し続けたアップル
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デザイン最高責任者として多くの名品を生み出したジョナサン・アイブ(写真左)。2019年にアップルを去った(写真/apple.com)
ここでもっとも注目すべきは、現在のアップルのトップ、ティム・クックCEOだろう。ジョブズが「稀代のカリスマ経営者」だったことから、アップルの成功をすべてジョブズのおかげと見る人も多いが、実はクックこそがジョブズを成功へと導いた影の立役者だ。
アップルを一度追い出されたジョブズが経営トップに戻ったとき、同社は深刻な赤字経営で、すぐにでも潰れそうな状態にあった。その赤字の最大の原因である膨大な在庫を整理し、財政を立て直し、同社の業務のコスト効率を大幅に改善したのがクックだった。
クックがいたおかげで、ジョブズとデザインチームが、ほかのどの企業もチャレンジしたことのなかったような新しい製品デザインに挑む財政的な余裕が生まれた。クックこそ、その後のアップルを大きな成功に導いた存在だと言えるのだ。
たしかにアップルの魅力の大部分は、ジョブズ率いる経営陣とデザイン部門が生み出してはいたが、それを支えていたのがクックだ。その後ジョブズが亡くなり、クックが経営トップに立ってからのアップルの魅力は、少し質が変わった。
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現在のアップル最高経営責任者(CEO)であるティム・クック(写真/apple.com)
経営体制とものづくりの変化
アップルの新製品発表会は、毎回数百万人が視聴して、翌日には世界中のテレビや新聞のニュースになるという「ほかの企業ではちょっとあり得ない」イベントだ。
ジョブズ時代は、彼自身が発表を行い、それに魅了された世界中の人々が追随している雰囲気があった。これに対してクックは、そもそも1人で新製品を発表するようなことはせず、アップルの重役たちとのチームワークで新製品を発表する。しかも、ジョブズ時代は少なかった女性重役や、白人以外の人種の重役も目立つ。
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2022年6月に開催された開発者向けイベント「WWDC22」の様子(写真/apple.com)
そして、「製品の作られ方」も進化した。
アップルのものづくりは、ジョブズ時代から極めて先進的だった。ほかの企業の多くがプラスチック製のパソコンやスマートフォンを当たり前にしていた時代に、いち早くアルミ素材に目をつけ、その財力を活かして、中国の下請け製造業者に当時まだ高価だった日本製の精密な工業機械を大量に導入。年間2億台近く売れるiPhoneを「大量生産品とは思えない品質」で作り始めた。
ちなみに、日本を代表するプロダクトデザイナー・深澤直人氏は、大量製造品でありながらも1つ1つが工芸品のような高い品質を持つアップルのものづくりを「インダストリアル・クラフトマンシップ(工業的工芸品)」と呼んでいる。
このアップルのものづくりが、クックの時代では「より環境に配慮したものづくり」へと発展する。最近では、ほとんどのアップル製品が再生アルミや再生プラスチックといった再生素材の採用比率を高めている。
リサイクル素材で作られた製品は、表面がざらついていたり、色がくすんでいたりと質が落ちる印象があるが、アップルが凄いのは、製品の見た目の品質を一切落とさずにこれを実現していることだ。
また、再生素材などを使った環境にやさしい製品は、少し価格が割高になることが多いが、アップルはほとんど価格を変えずにこれを実現している(日本では価格が少し上昇したが、これは円安の影響である)。
さらにすごいのが、アップルが開発した3種類のロボットだ。アップルの再生工場に置かれたこれらのロボットは、十数種類のiPhoneの機種を瞬時に見分けて、それを部品レベルにまで分解。回収した部品は、次のiPhoneづくりに役立てられる。
回収素材の1つに磁石などに含まれる「希土類」という素材がある。これまでは地球上のどこかの鉱山に巨大な穴を掘って採掘していた。しかし、これらのロボットのおかげで、今では鉱山2000トンから取れるのと同じ量の希土類を、1トン分のリサイクルiPhoneから取ることが可能だという。
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年間最大120万台のiPhoneを分解できるアップルのリサイクルロボット「Daisy」(写真/apple.com)
これはアップルにとってのコスト削減以上に、毎年、止まることなく数億台単位で作り続けられるスマートフォンの製造販売というビジネスによって、これ以上の環境破壊が進むことへの1つの大きな抑止力になりそうだ。
「本気度」が違う環境問題への取り組み
環境負荷の軽減といえば、電力などのエネルギーも無視できない課題だ。
アップルは早々に本社ビルなどに太陽光パネルを設置して、自社で使う電力を自社で発電した再生可能エネルギーだけで賄う体制に移行。米国や中国の至るところに大規模な太陽光発電施設を作り、2018年には世界中の支店や直営店で消費する電力を自社発電の電力で帳消しにしている。
だが、オフィス以上に電力を使うのが、中国の工場や日本の部品メーカーなど世界に数百社ある下請け会社(サプライヤー)で行われているiPhoneなどの製品の製造現場だ。そこで2020年にアップルは、2030年までに数百社のサプライヤーも含めた、アップルの生産全体(サプライチェーン)を通して完全に脱炭素体制に移行するという前代未聞の発表を行った。
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2030年までにサプライチェーンの100%カーボンニュートラル達成を目指すアップル(写真/apple.com)
一方、日本を含め、世界中のほとんどの製造業者は、まだ自社で使う電力も賄えていない状態。2022年になってようやく日本の環境庁などの政府機関がサプライチェーン全体を通した脱炭素を考えようと提案し始めたところだが、アップルは地球環境に負荷のないものづくりを実現するために、政府や環境団体に「言われてやる」のではなく、自ら新しい方法を切り開いてほかの企業に示している。
ちなみに、アップルでこうした取り組みを担当している重役のリサ・ジャクソンは、バラク・オバマ大統領時代、アメリカ政府の環境保護庁(USEPA)長官を務めていた人物。政府に対する働きかけなどにも精通しており、取り組みへの本気度が違う。
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アップルのバイスプレジデントであるリサ・ジャクソン。元アメリカ合衆国環境保護庁長官を務めた人物だ(写真/apple.com)
現在、日本にも数多くあるアップルのサプライヤーは、アップルによる資金面の支援などを受けながら、再生可能エネルギーを用いた生産体制に切り替えを進めている。中には、アップルのライバル製品を請け負うサプライヤーもあるが、アップルは「そのほうが地球のためにいいから」と、アップルの資金で導入した設備をライバル製品向けの生産にも使うことを奨励している。
このようにクック時代のアップルは、IT業界の責任あるリーダーとして世界トップクラスの財力を社会のために役立てる姿勢が目立つ。
「使う人のことを第一に考える」唯一無二のIT企業
「IT業界のリーダー」としての責任を感じさせる取り組みが、もう1つある。それは、プライバシーに関する取り組みだ。
グーグルやメタ(旧フェイスブック)に代表される主なIT企業は、広告収入を収益源としている。より効果的な広告で収益を増大させるために、それらのサービスを使う人々が、「何時頃、どこにいるか、どんなWebページを見たか」といった情報を収集してきた。
この流れに一石を投じたのがアップルで、WebブラウザのSafariに「覗き見」を防止するシステムを組み込んだり、覗き見しようとしているWebサイトなどがあると注意を促したり、アプリ流通を担うApp Storeで、それぞれのアプリがどういった情報を覗く可能性があるか表示することを義務付けたりと、ユーザーのプライバシーを守るために、さまざまな手を尽くしている。
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昨今アップルが力を入れているプライバシー問題への取り組み
IT企業にプライバシーを覗かれることをそれほど問題に思わない人は、カナダ人アーティストであるカイル・マクドナルドが山口情報芸術センター(通称・YCAM)とのプロジェクトで開発した「鎖国エクスプローラ」(https://sakoku-explorer.ycam.jp/)というソフトを試して欲しい。グーグルがあなたについて集めた情報をカレンダー上に整理して表示するソフトだが、自分の行動がここまで筒抜けだったのかと驚かされるはずだ。
アップルは、巨大IT企業ということで、よく「GAFA」といった形でほかのIT企業と一括りにされることがある。しかし、これは誤解を広げる実に雑なまとめ方だ(それに、そもそもフェイスブックがメタと改名したので、呼び方として古くなってしまっている)。
アップルは時価総額世界1位になってからの11年間、その座に安住することはなく、世界一の財力をこれまでになかった地球にやさしいものづくりや、我々がいつの間にか忘れていた「使う人のことを一番に考えたIT技術」の開発に費やしてきた。
環境問題とプライバシーへの取り組み。これら2つの点において、アップルは他の企業を大きく引き離すリーダーであり、他の企業はアップルに追従しようとしているが、数年単位での遅れを取ってしまっている状況だ。
今のアップルは、たしかにジョブズ時代のアップルとは雰囲気が変わったところがあるかもしれない。しかし、だからといってアップルの牙城がすぐさま崩れる、ということは当面ないだろう。
文/林信行
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