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応募総数1846本のノベル大賞で<大賞>に輝いた森ノ薫はいかにして、普通の会社員から作家になったのか

集英社オンライン / 2022年12月16日 15時1分

作家になると決め執筆に専念するため、応募作を書く前に会社を辞めてしまった森ノ薫さん。自信に溢れた投稿時代を過ごしたのかと思いきや、もがき苦しんだ末につかんだ作家デビューで・・・!?

作家を目指し会社も辞めたけど3年間応募できず

――12月20日発売、集英社オレンジ文庫『このビル、空きはありません!オフィス仲介戦線、異常あり』で作家デビューの森ノさんですが、どんなきっかけで小説を書き始めたのですか?

大学で文学を専攻して、授業の中で小説を書く機会がありました。卒業までに3作ぐらいは書いたと思います。大学卒業後は、アパレルや不動産など、文学や執筆とは無関係な仕事をしていたので書く行為からは遠ざかっていましたが、5年ぐらい前にふとしたことで二次創作にハマってしまって。大学の時に小説を書いた経験があったせいか、どんどん楽しくなって、一気に「書く」行為に没頭するようになりました。



そのうちに、ゲームやマンガ関連の仕事をしている人から「シナリオを書いてみない?」と声がかかって、シナリオやマンガ原作の仕事をするようになりました。やりがいを感じる一方で、テーマや表現においてより自由度の高い「小説家になりたい」という明確な目標を抱くようになりました。

同時にフライングで会社を辞めてしまったんですが、それからはシナリオやマンガの原作、細々したWebライターの仕事など、手当たり次第に「書く仕事」をして生活してきました。

――では、「小説家を目指す」と決心してからは、公募ひとすじの投稿生活を送ってきたのですか?


実はそうでもなかったんです。「小説家になりたい!」と思って会社を辞めてから、3年間はまったく応募できませんでした。その間に10作ぐらい長編作品を書いていたんですが、5万字ぐらい書いても終わりが見えなかったり、話を終わらせたのになんとも据わりがよくなかったり、途中で書くのをやめてしまったり……。

情けないお話ですが、一向に応募に至らない沼みたいな時期を過ごしました。

そこを抜けられたのは、WebマガジンCobaltの短編小説新人賞『ホテルアムステルダムの老婆』が入選したことがきっかけです。自分の書き上げた作品が評価されて「これでいいんだ」と初めて思えました。逆にそこで受賞を逃していたら、きっと今も沼から抜けられずにいたような気がします。やはり、自分ではない他者の客観的な評価を受けられるのは、すごく大きいですね。

――どうして短編小説新人賞に応募しようと思ったのですか?

短編小説新人賞のことは、長年その賞の選考委員を務められていた三浦しをん先生が書かれた小説指南本『マナーはいらない 小説の書きかた講座』で紹介されていたので知りました。Webで公開されている入選作を読んでみたら、すごく幅広い作品が受賞していて、しかも原稿用紙30枚で応募できる。「それなら自分にも書けるかもしれない」と思って挑戦することにしました。私は物語の序盤で世界観を説明するのが苦手だったのですが、30枚ですべてを書き切らなければいけない短編小説はすごくいいトレーニングになりました。

長編応募までの苦悩をどうやって乗り越えたか

――では、長編作品で公募に挑戦したのは今回ノベル大賞を受賞した『早乙女さん、特務です』が初めてということでしょうか?

はい、初めてです。ノベル大賞への応募以前には、未完作品OKだった他社の公募で佳作をいただいたことがあります。ただ、未完だったのであまり自信には繋がりませんでした。また、BLの電子レーベルでも1本書かせてもらったことがありますが、その時は「もう自分で締め切りを決めないと一生書けない」と思ったので、原稿を募集していたBLの電子レーベルにシナリオの仕事の実績を持って「私の作品を刊行してもらえませんか?」と売り込みをかけて、締め切りを決めてもらってようやく書き上げたという感じで…。

そんな経緯があったので、今回の受賞作を完成させるのも簡単ではなかったです。原稿自体を書き上げたのは結構早かったんですが、そこから応募するまでの間、原稿を見直して推敲して、自分が納得できる完成度に仕上がるまで試行錯誤する時間が長かったですね。一か月ぐらいは手元で揉み続けていたと思います。推敲中に筆が止まった時は、短編小説新人賞で受賞した『ホテルアムステルダムの老婆』を読み返して「これを評価してもらえたのだから、私は大丈夫だ」と自己暗示をかけていました。

――ノベル大賞に応募してから、結果が発表されるまではどのように過ごしていましたか?

なるべく結果を意識しないようにしました。正直「もう今回はダメだったと思っておこう」というぐらいの気持ちで、気をそらすために次回作の構想を練ったり、次に応募する公募先を探したり……。自分にとっては、長編を一本書き上げたこと自体がひとつの成功体験だったので、この勢いを失わないように次の目標を作っておこう、なんて考えたり……。そうかと思えば応募作を読み返して、自分で納得できない部分を見付けて落ち込んだり…………。

そんな時に、編集部から最終選考に残ったという連絡を受けたんです。それ以降は、最終結果が出るまで気もそぞろで、神頼みで神社へお参りに行ったりもしてました。受賞の知らせをいただいた日も、最後の最後まで意識したくない気持ちが大きすぎて、気を紛らわすためにお酒を飲んでいたんです。そのせいで情緒がおかしくなってしまって、編集部から「受賞しました」のお電話をもらった途端、嬉しいという気持ちがこみ上げる前にいきなり涙が溢れました。

それで、泣いていることを相手に気取られないよう、必死にこらえながら電話で応対しました(笑)。

大賞受賞! そして推敲、改稿、書籍化へ!

――受賞作『早乙女さん、特務です』(集英社オレンジ文庫より『このビル、空きはありません! ~オフィス仲介戦線、異常あり~』として12月20日刊行)を通して、度読者に伝えたかったことはなんですか?

何よりも、この作品でやりたかったのは、頑張っている人を描くことです。今の時代、頑張ってもどうにもならないことが多いせいか、「頑張ることが必ずしもよいことではない」とか、「頑張るなんてかっこ悪い」という捉え方もある。でも、自分の人生を振り返ると、自分が頑張っていた時や、誰かが頑張っているのを見ていた時の記憶がすごく残っているんですよね。

それで「頑張る」ことへの素直なリスペクトは、私だけでなく、多くの人が抱いている気持ちなのではないかと思ったんです。自分で作った世界でなら、頑張っている人たちのキラキラしたところや挫折を素直に描くことができる。それが誰かを勇気づけるものになればと思い、この作品を着想しました。

もうひとつ、自分が経験した「オフィス仲介」という仕事の面白さを書きたかったんです。「不動産」をテーマにした物語には先行作品がたくさんありますが、「オフィス仲介」はこれまであまり取り上げられることがなかった。私も不動産業界にいた時、誰かに「不動産の仕事をしている」と言うと、「街の不動産屋さん」をイメージされることが多かったので、この仕事のことをもっと人に知ってもらいたいなとずっと思っていました。

――受賞後、文庫化に向けてどんな作業がありましたか?


受賞の連絡をもらって、すぐに改稿作業に取りかかりました。ありがたいことに選考委員の先生方にいただいた選評に受賞作の不足点が網羅されていて、それをもとに改稿の方向性を決めました。応募作を書く段階で苦労したのは、早乙女さんのキャラ造形。というのも、これまでBLを書いてきたものの、本作ではなるべくBLっぽさが出ないようにしたい、と気を遣いすぎた結果、キャラクター性を削りすぎたみたいで、選評で「早乙女さんの印象が薄い」という指摘を受けたんです。

その他にも、自分では気づかなかった部分を指摘されて、目からウロコが落ちましたね。自分では「ここがもう一歩足りないと思うのだけれど、何をどうしたらよくなるのかわからない」とモヤモヤしていたところを、具体的に指摘してもらえてありがたかったです。そして、指摘を受けて原稿を直していると、芋づる式に他の部分も直すべきところが見えてくる。

自分で読み返してわかりづらいな、と感じたところを、もう一度つきつめて考え直すと、本当に言いたいことが書けていなかったり、言いたいことを書くための正確なプロセスをたどれていなかったり……直しの作業をしているうちに、そういった部分に気づいて、トータルで修正することができました。原稿を真っ赤にしてしまったんですが、じっくり改稿に取り組むことができて本当によかった。応募作を一人で書き上げるのは大変でしたし、改稿作業はそれ以上に大変だったんですが、それをこえる楽しさがあり、満足いく作品に仕上がりました。

文庫化作業を通して、もうひとつ驚いたのは、商業出版される作品のタイトルやパッケージが、いかに練り上げられているかという点です。文庫化の作業中、書店に並んでいる本を見ながら「作る側の視点」で解説してもらう機会がありました。なぜこういうタイトルなのか、このパッケージになっているのか、そういう部分まで考えに考えて作られているんだなと驚きましたし、今後は自分もタイトルやパッケージまでトータルに練り上げた作品を作りたいなと思っています。

作家デビューした今、これから書きたいもの

――デビューの実感が湧いたのはどんな時ですか?

ゲラ(校正紙)をいただいた時です! ゲラという単語を聞いたことはあったんですが、これまでは電子のお仕事だったせいか、ゲラをチェックする経験がなくて。他の作家さんが「ゲラをもらった」というのを聞いていいなぁと憧れていたので、今回文庫化の作業でゲラをいただいた時は「これがあの、憧れの!」と、すごく感慨深かったです。

それから、カバーイラストのラフをもらって、イラストが完成して、書影デザインができあがって、オレンジ文庫の公式サイトに書影が公開されて……と進むにつれて徐々に実感が深まりました。今は刊行が本当に楽しみですが、やっぱり緊張しますね。

――自分の投稿生活を振り返って、今年のノベル大賞を目指す投稿者のみなさんに伝えたいことはありますか?

今年のノベル大賞を目指している皆さんには、「他人と自分を比べないで」とお伝えしたいです。いくら人と比べても、結局自分の書きたい物語には自分にしか書けません。自分自身、メンタルがマイナスに傾いた時は、SNSと距離を置いて公募関係の情報をシャットアウトしたり、物理的に「他人と比べる環境」から距離を置いたりしてきました。

気になっても、エゴサはしないし、気持ちが落ち込みがちな時は、自分が目指している公募賞の過去の受賞作を読むのも控える……。執筆に集中するためにはメンタルの自己管理がすごく大事だと痛感しました。もしかすると、それは現代の創作する人すべてに通じるかもしれません。

――森ノさんご自身の、今後の抱負を教えてください。

私には今、書きたいものがたくさんあります。子供が主人公の児童文学的なもの、お仕事小説、本格ミステリー、そしてBLも諦めたくない。何年も頭の中で飼っているキャラもいますし、ジャンルを問わず、それら全てを書いてみたいです。集英社オレンジ文庫では、昨年ノベル大賞で大賞を受賞された泉サリさんの『みるならなるみ/シラナイカナコ』の疾走感が大好きです! 佳作を受賞された柳井はづきさんの『花は愛しき死者たちのために』も、1ページ目から引き込まれる世界観が本当に好き。これからは、自分もそういう作品を書いていきたいなと思っています。

取材・文/増田恵子

このビル、空きはありません! オフィス仲介戦線、異常あり

著者:森ノ薫 装画:ゆき哉

2022年12月20日発売

759円(税込)

集英社オレンジ文庫刊
文庫判 304ページ

ISBN:

978-4-08-680483-7

オフィス仲介は戦場だ!!
2022年ノベル大賞<大賞>受賞 契約ゼロ新卒の崖っぷち奮闘記!

入社以来、契約ゼロを続けていたオフィス仲介営業の咲野花。
ついに初契約かと思われた案件も押印直前で壊れ、とうとう営業から謎の男性早乙女さんの一人部署・特務室に異動になった。
特務室に仕事はなく、同期には蔑まれ、花は退職を申し出る。
だが早乙女さんから「査定に響く」という理由で慰留され最後に一つだけクライアントの希望に合致するオフィスビルを探すのだが……。
見つからない。どこにどれだけ電話をかけても見つからない。
これだけ探して、1件も見つからないなんてことある?
花の中で、何かが弾けた。
辞めたかった花の中で、エンジンがかかる音がした
それが崖っぷち社員の反撃の始まりだった――!

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