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ホストにハマり、漫画喫茶の個室で出産、そして…。0歳0か月0日の虐待死事件

集英社オンライン / 2022年12月20日 17時1分

全国の児童相談所における虐待相談対応件数は増加し続け、虐待死事件も後を絶たない。だが、実際の虐待死事件では、生まれたその日に殺害される嬰児の数が非常に多いという。

虐待死する子供の約半数が0歳児

その20代の女性は、漫画喫茶で父親のわからない子供を出産した。直後、彼女はとっさにわが子の口をふさいで殺害した。後に、彼女はその瞬間を次のように振り返った。

「なんだか、腰に力を入れていたら出てきちゃって、それで泣いたからあわてて口をふさいだら、なんか、なんか、死んじゃいました……。困ったなって。でもバレたら困るからスーツケースに入れておきました」

一般的に虐待死事件と聞けば、鬼畜のような親が幼児に対して暴力をふるうようなイメージがあるだろう。



だが、実際の虐待死事件では、生まれたその日に殺害される嬰児の数が非常に多い。これまで私自身も、漫画喫茶だけでなく、自宅の寝室で、彼氏の家の浴室で、公衆トイレで、新幹線のトイレで、ラブホの浴室で望まぬ出産をし、わが子を殺めた母親たちに会い、話を聞いてきた。その数だけでゆうに10人を上回る。取材対象者だけで、そんな数に上るのかと驚くかもしれない。残念ながらそれが事実なのである。

虐待死事件において、「0歳0か月0日」というのは、重要なキーワードになっている。

近年、虐待死する子供の数は60~90人前後に上る。そのうちの半数くらいが0歳児であり、さらに0歳0か月0日は10人以上に上るのだ。もう少し具体的に言えば、2003年から2018年までの16年間で833人の子供が虐待死させられている。この中で0歳児は約半数の47.4%。そして0歳0か月0日の子供は18.7%を占めている。

厚生労働省社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会(2007年~2019年の累計)

これまで私が取材してきた10件以上の嬰児殺し事件には、共通するパターンがある。実際に起きた事件を通して考えてみよう。

風俗、ホスト、中絶、個人売春…

今回紹介するのは、小杉綾乃(仮名、25歳)が起こした事件だ。

綾乃は5人きょうだいの次女として生まれた。父親はほとんど家に帰ってこず、兄や姉が親代わりだった。きょうだいの中では争いが絶えず、綾乃はしばしば叩かれたり、「死ね」と罵倒されたりする日々だった。「虐待」のような境遇にあったのだろう。

短大に進学した後、綾乃は友人の誘いで風俗の仕事をはじめ、家にほとんど帰らなくなった。親やきょうだいと顔を合わせているのが苦痛で、夜の街ですごしていた方がましだと思うようになったのだ。短大も除籍になった。

綾乃は月に50万円ほど稼いでいたが、そのほぼすべてをホストクラブに注ぎ込んだ。よくホスト通いをする夜の街の女性を「浅はかだ」と批判する声がある。ごもっともな意見だが、その背後には彼女たちの生い立ちが関係している。

家庭環境が劣悪で、愛着形成がうまくいかなかった場合、人は大きくなってからゆがんだ形で他者にそれを求めるようになる。カサカサに乾ききった心を、家族以外の誰かに潤してもらいたいと渇望するのだ。

人によっては不特定多数の異性との性行為でそれを求めたり、売春によって求めたりする。中にはホストクラブへ通いつめ、多額の金を払うことで、「かわいい」とおだててもらい、満たされようとする者もいる。言うまでもなく、それは刹那の幻想でしかないのだが……。

綾乃は風俗で稼いだ金をひたすら投入し、入れあげたホストと同棲をはじめた。だが、妊娠・中絶を機に別れることになり、彼女は無一文でアパートを追い出されたため、個人売春をしながら漫画喫茶で生活する。

なぜ、漫画喫茶なのか。

ホストクラブからラブホテル通いの毎日を経て…

まず彼女たちの職場に近いことがあるだろう。歓楽街に住んでいれば、デリヘルの待機所に近いだけでなく、個人売春もすぐにできる。また、一日、あるいは一週間ごとに代金を払えばいいので、その日暮らしの人にとっては都合がいい。そうしたことから、売春をしているホスト依存の女性の中には、どうしても漫画喫茶生活をする人が一定数出てくるのだ。

不幸だったのは、綾乃が孤独を埋めるために再び別のホストに入れあげたことだ。彼女は毎日のようにホストのもとへ通い、店が終わればラブホテルへ行った。むろん、代金はすべて綾乃持ちだ。

この時、綾乃には物事を客観的に考える心のゆとりはなくなっていた。まるで薬物中毒者のように、とにかく日に何人か客を取って現金を手に入れ、それをすべてホストに投入して一時的に心を満たし、翌日になるとまた売春をするという負のサイクルに入っていたのである。
そんな中で、彼女は体調の悪化を自覚する。検査をしたところ、妊娠が発覚した。客の子か、ホストの子かわからなかった。中絶をしたいと言うと、医師からは次のように告げられた。

「もう11週になっていて、あと5日で中期中絶になります。うちでは中期中絶はやっていませんので、別のクリニックへ行ってください」

中期中絶は身体へのリスクが高くなるだけでなく、手術費用も2~3倍に上がる。綾乃は頭が真っ白になった。どうしていいかわからなくなったのだ。

普通に考えれば、綾乃が進むべき道は、2週間くらい必死に売春して金をためて手術を受けるか、実家や友人に相談して金を借りて手術を受けるかだろう。しかし、彼女はどちらも選択しないまま、「思考停止」の状態に陥ってしまった。

これは嬰児殺しをした女性の多くに共通することだが、幼少期に虐待を受けた人は都合の悪いことに直面した時に思考停止をする傾向にある。

漫画喫茶の個室で出産、そして…

親やきょうだいから一方的な暴力を受けると、子供は「なんで自分が叩かれるのか」と考える。だが、虐待においてそれに対する納得のいく回答はない。そして意味もなく殴られつづける。

彼らはそんな不条理な現実を受け入れるため、「何も考えない」ことによってその場を乗り切ろうとする。つまり、思考停止することが虐待という不条理から生き抜く術になるのだ。
しかし、幼少期は生き抜く方法だった思考停止は、成人になれば単に「都合の悪いことから目をそらす習性」に意味が変わってしまう。その最たるものの一つが、自分が妊娠した現実から目をそらすということなのだ。

こういう女性がどのような形でお産を迎え、子供を殺害するのか。詳しくは拙著『「鬼畜」の家~わが子を殺す親たち』(新潮文庫)を読んでいただきたい。

何にせよ、綾乃もまた自分の妊娠から目を背け、ホストとの関係をつづけた。彼女にしてみれば、ホストを失うことの方が怖かったのだろう。そしてついに、〝その日〟が訪れる。1月下旬のある日、漫画喫茶の個室にいた彼女を陣痛が襲う。出産が近づいているのは確実だが、それでも彼女は病院へ行こうとしなかった。その時の心境を次のように語っている。

「痛みでわけがわからなくなってました。一度だけ『痛い!』と叫んだと思いますが、隣の部屋とは板一枚しかありませんから、聞こえてしまうかもしれないと思って、それ以降は声を出さないようにがんばっていました。

どうしたかったんだろ……。わかんないけど、最初は陣痛がはじまったら、病院へ行くのかなって漠然と思っていました……。でも、怖くて全部を現実として受け入れられなかったので、考えないようにしていました」

陣痛がきてもなお思考停止をつづけていたのである。そしてついに、赤ん坊が産まれた。綾乃は、赤ん坊の泣き声が周りに気づかれることを恐れ、とっさにタオルで口をふさいで殺害したのである。

0歳0か月0日の虐待死事件をなくすために

冒頭で、私はこれまで10件以上の嬰児殺しを取材したと述べたが、ほぼすべてが似たようなパターンだ。

①虐待されて「思考停止」の癖がつく。
②貧困や愛着障害の中で逸脱した性生活に突入する。
③妊娠して男に捨てられ、貧困も相まって思考停止する。
④出産後、パニックになって赤ん坊を殺害、あるいは遺棄。


むろん、女性の知的障がいなどがかかわっているケースもあるが、知的障がいだけでこういう事態が起こることは少なく、上記のような問題が絡み合っていることがほとんどだ。

嬰児殺しのニュースだけ聞けば、なぜ周りに相談しなかったのかと首をかしげることだろう。しかし、その背景には幼少期の過酷な体験が根を下ろしている。

そう考えた時、0歳0か月0日の虐待死事件の根っこには、彼女たちが妊娠するはるか前の段階から抱えている問題があることがわかるはずだ。

取材・文/石井光太

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