【本宮ひろ志×江口寿史】「ガキ大将描いてる途中で、このままだと漫画に殺されちゃうって思ったんだよ」ーレジェンドが語る漫画との真剣勝負
集英社オンライン / 2023年1月1日 9時0分
同じ千葉県出身、かつ「週刊少年ジャンプ」の大先輩としてリスペクトしてやまない漫画家・本宮ひろ志に江口寿史が自ら対談をオファー。公の場では初となる、舞台裏満載、抱腹絶倒トークの模様をお届けする。
デビューして最初にもらった原稿料は100円でした(本宮)
江口寿史(以下、江口) 本宮先生とお会いするのは10年ぶりくらいですかね。
50年くらい前のことを思い出すと、当時活躍されていた、ちばてつやさんとか横山光輝さんなんかの先生方はすでに巨匠という印象で、本宮ひろ志という人は僕にとってはその登場を目の当たりにした初めての漫画家さんだったんですよ。
僕、中一でしたけど、突然、本宮さんが「少年ジャンプ」誌上に登場した。「この人、何?」という感じで、すごい超新星が出てきたと思って。絵柄もこれまでに見たことないというか、すごく異質でしたしね。
絵を見ると、出自といいますか、この人は誰々に影響を受けたな、みたいなのは大体わかるんですけど、それも全然わからなかったんですね。
本宮ひろ志(以下、本宮) 下手だったんですよ。
江口 いやいや、下手とは違うんです。
本宮 もともと漫画家になる気は全然なくて、ジェット機のパイロットになりたくて自衛隊にいたんですけど、それがなぜかこうした違う世界に入っちゃって。
自衛隊を辞めるときに「おまえ辞めて何やるんだ?」と聞かれて、とっさに「漫画家になります」って言っちゃったんだよ。漫画描いたことないのに(笑)。そこから始まったから。
江口 漫画少年っていう感じではなかったんですか?
本宮 全然違いましたね。なんせ千葉で生まれて、育ったところが新小岩ですから、それはもう劣悪な少年時代で(笑)。中学生時代は朝起きてまず商店街に落ちてるお金を拾いにいくんです(笑)。その頃のことで覚えているのはろくでもないことしかないですね。
江口 「少年ジャンプ」が漫画家へのきっかけじゃなかったとか?
本宮 そうですね。当時、貸本屋の本を出してた「日の丸文庫」という出版社があって、そこに原稿を持ち込んだりしてたんですけど、そこでは水島新司さんとかがメインで描いていたんです。
それで彼が野球のチームをつくることになって、最初は外野でボール拾いをやらされてたんですけど、俺、野球部にいたから、コロコロってきたボールをそのままワンバウンドでバックホームしちゃった。そうしたらほかのみんなは漫画家ですから、口ポカーンと開けてるんですよ。
それで水島さんがすっ飛んできて「おまえ、うちのチーム入れ」って。
「でもこのチームは漫画家で編成してるんでしょう?」って聞いたら、「そらそうだ」と言うんで「じゃあ、俺をデビューさせてくれ」って頼んで(笑)。
江口 水島先生は恩人というか。
本宮 そうですね。デビューして最初にもらった原稿料は100円でした(笑)。
江口 誰にも教わらずに描いてるわけじゃないですか。それもすごいですね。
本宮 漫画家になるって旗を自分で立てた瞬間、何をやればいいのかとなると、短絡的にただ漫画描きゃいいんだと思って。
今の若い人たちの中で何をやっていいのか見つけられないっていう人も大勢いると思うんですが、何でもいいから旗を立てればいいんですよ。俺はたまたま“漫画家”っていう旗を立てたんで、とりあえず暇を見つけちゃ漫画を描いてた。
それで最初に出来上がったやつを講談社の「少年マガジン」に持っていったんだけど、読んでくれないんですよ。パラパラめくって「ダメだね」って一言で(笑)。
そこからのスタートですから。デビューした頃から今でも下手ですけどね。
江口 いや、そんなことないです。僕らの頃は漫画家になろうとしたらいっぱいお手本があったから、いろんな人の真似をして描いてたんですけど、それもほとんどない時代ですもんね。
本宮 そういうのは、あんまりやらなかったですね。
漫画家で唯一イラストが成立してるのは
江口さんだけなんだよ(本宮)
江口 子ども心に本宮漫画が痛快だったんです。それまでの大人の漫画家を全部蹴散らすみたいな感じに映って、すごいハマって。
僕はそれまでちばてつやさんが大好きで、そういう絵を描いてたんですけど、一瞬本宮さんに浸食されて3ページの番長ものを描いたんです。タイトルは『東海の甘えん坊』っていうんですけど(笑)。すごい甘えん坊が本宮さん風のキャラ、っていうのを描いてたんです。
本宮さんの絵柄ってそれほどすごい引力があるんですね。
そして本宮作品はクラスの不良全員が読んでましたからね。本宮漫画を読むと、ヤクザ映画を観たあとに役柄になりきってしまうような、そんな感じがあって。
本宮さんは『男一匹ガキ大将』(1968〜1973年)とか『男樹』(1979〜1980年)もそうですけど、初期の頃からすでに、例えば株とか経済とかそういう社会性も作品の中に忍ばせてましたよね。
本宮 あれは背伸びだね(笑)。
江口 今でもそういうテーマ性の作品を描いていらっしゃるじゃないですか。経済ものとか。そういう意味でも先見の明というか。
去年、Netflixで韓国ドラマの『梨泰院クラス』にハマったんです。料理人がのし上がっていく話なんですけど、その主人公が普通に株とか投資をちゃんとやってるんですよ。そういうの、あの時代の「少年ジャンプ」で、すでに本宮さんはやってたなと思って。
本宮 俺がやってきたのは、自分が5のレベルだとしたら、ひたすら7、8あたりに見せるというハッタリで。だから嘘ばっかついてきてるんだよ。そんな感じですよ。
漫画を描きながら、漫画にどっぷり浸かってないまま来てるから、結構漫画を客観的に眺められてるなっていうのはあるんです。でもね、そういう視点だと漫画家はイラスト描けないんですよ。で、イラストレーターもそうそう漫画を描けない。
漫画家で唯一イラストが成立してるのは江口さんだけなんだよ。
江口 漫画描いてないですけど(笑)。だから両立してないっていう(笑)。
本宮 漫画は音楽と同じような流れがあって、最初の一コマからそのまま流れるように描くのが一番いいの。その中でイラストを描きたがると、いったんそこで止まるんですよ。そうすると漫画の流れそのものも止まる。
若い子たちを見てると絵を描きたがってるから、漫画の流れを無視して、ドカッとイラストを描きたがる。
江口 耳が痛いです(笑)。漫画の巧さとイラストの巧さって全然違うんで、あまり漫画のコマの中にイラストのような絵が入ると、ストーリーへ視線誘導させたいのにそこで目が止まっちゃうんですよね。だから漫画としてはあんまり絵が巧すぎてもよくない。
でも、じゃあ下手でもいいのかってことじゃなくて、漫画演出の巧さっていうのはまた別なんですよね。仮に絵は稚拙だとしても演出の巧さですごく面白い漫画はいっぱいあるし、そこが特に日本の漫画の力かなとも思っているんです。
漫画に殺されるっていうのはすごくよくわかります(江口)
本宮 『やぶれかぶれ』(1982〜1983年)じゃないけど、ある時、夜寝ながら「(政治家の)田中角栄のとこ行ってみようかな」と思って、朝起きて車乗ったら、うちのかみさん(漫画家のもりたじゅん氏)が「あんたどこ行くの?」って言うから、「田中角栄に会いにいってくる」って言ったら「バカか」って(笑)。
それでそのまま目白の田中角栄の家へ行って、巨大な門をコンコンと叩いたら、中からおまわりさんが3人出てきたんだよ。「なんだ、あんた」って言うから「田中角栄さんに会いたい」って言ったら、「いいから、シッシッ」って追い返された。
江口 ヤバい人ですね(笑)。
僕は本宮さんが千葉県知事になるのがいいと思いますけど、本当に。東京都知事でもいいけど(笑)。
ところでそれで思い出したんですが、「少年マガジン」で『群竜伝』(1972〜1973年)ってやったじゃないですか。記憶違いかもしれませんが、『男一匹ガキ大将』が休載か何かしてるときに始めてるんですよね? 多分時期がかぶってるんですよ。あれってよく描けたなぁと思って。
だって、本宮さんのバリューがすごく上がってるときで、「少年ジャンプ」が他社に描かせるなんて、とんでもないじゃないですか。どうして「少年マガジン」で描けたんですか?
本宮 あれ、大もめにもめたんだよね。
江口 それは思いますよ。
本宮 漫画でも小説でも何でもそうなんですけど、真剣にそれと立ち向かうと漫画家は漫画に殺されるんですよ。
それは俺もガキ大将描いてる途中で経験して、これはこのままだと漫画に殺されちゃうって。そうすると、もう漫画家やーめた、になっちゃうでしょ。
それを実感として感じて、だからいったん漫画家として大事なことはみんな捨てちゃおうと思って。漫画に対して真剣に向き合うのは捨ててね。
それがバレてるからだろうけど、俺、漫画の「賞」って一つももらってないのよ。くれるって言われても断るけどね。ハハハ。
読者を面白がらせるんじゃなくて、俺が面白いのが一番。
江口 なかなか出来ることじゃないですよ。
本宮 江口さんも好きな仕事だけやってるでしょ?
江口 いや、そうってわけでもなくて……。
最近ね、もう広告屋さんの言いなりに描いてるっていうか。今日、ここに来る前も「修正してくれ」って言われて、「もう嫌だ、もうやらん」と。「この部分がどうのこうの」とか言われて、いろいろ鬱屈してますよ。本心は漫画を描きたいんで。
ただ、漫画に殺されるっていうのは、すごくよくわかります。実際に殺された人も周りで見てきたし。
本宮 真面目で真剣な人ほど殺されてる。
江口 僕はもうそこから逃げちゃったんで、なんとかこうやって生きてますけど、確かに怖い瞬間はありますよ。
本宮 漫画家の中には職人系と作家性を持った系と二通りいると思うんだけど、大体絵を見るとわかるんだよね。
今の漫画を全然読まないから一概には言えないけれど、一作品だけを長く描いてる漫画家は、みなさん、二作目とか三作目とか描かないんだろうね。一作が長いじゃん、今。その一作描き終わったら漫画家辞めるんじゃないかな。
でも寡作だろうが多作だろうが、描いた作品が自分自身にとって楽しいもので、かつ人気も金も自分の立場も気にしないっていうことになれば、それが本当にベストのものを見つけられたってことになるんですよ。
企画展 江口寿史イラストレーション展
「彼女 -世界の誰にも描けない君の絵を描いている-」
流山市を拠点とする「千葉パイレーツ」の活躍を描いた漫画『すすめ‼パイレーツ』や、『ストップ‼ひばりくん!』などで知られる漫画家・江口寿史(1956 ~)は、同時代の若者の音楽やファッションを取り込んだ作風などによって、その後の漫画のスタイルを変革し、多様なジャンルのアーティストに影響を及ぼした。
早い時期より作画への関心を深め、やがて音楽アルバムのジャケットや化粧品とのコラボなどによって、今や日本を代表するイラストレーターとして活躍中。
本展覧会では、江口の45年の軌跡を約500点の魅力溢れる作品で紹介する。
撮影/尾形正茂(sherpa➕) 取材・文/米澤和幸(lotusRecords)
©本宮ひろ志/サード・ライン
©本宮ひろ志/集英社
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