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「天才エース」田臥勇太と共にプレーする苦悩。センター・若月「勇太、欲しがってるけど、ガードからパスでねぇな…」

集英社オンライン / 2022年12月22日 11時31分

今からおよそ四半世紀前の1996〜98年。秋田・能代工業高等学校は高校バスケットボールの全国タイトルを総なめにし、史上初の「9冠」を成し遂げた。漫画『スラムダンク』山王工業のモデルともいわれる同校は、なぜ最強たり得たのか。田臥勇太ら当事者の証言をもとに、その軌跡に迫る短期連載。第7回は「6冠後の不安/98年」編をお届けする。

新チームを襲った「6冠後の不安」

96〜98年、能代工のエースに君臨した田臥勇太 ©Aflo

自分たちがそれまでの「最強・能代工」ではないのだという現実を理解できたのは、田臥勇太たちが最高学年となった1998年最初の練習試合で、大学生チームに敗れてからだった。



「6冠を達成できたのは、お前たちがすごかったからじゃない。先輩たちに活かされていたから勝てたんだからな」

試合後、チームをそう諭した監督の加藤三彦が、その時の状況を説明する。

「『これから全然違うチームになる』っていうことは、選手たちが一番わかっていたんじゃないかな? 田臥たちは1年生から同じメンバーでしかやってこなかったから、『自分たちの代でどうチームを作っていくのか』ということを初めて考え、不安にもなったと思います」

田臥、菊地勇樹、若月徹のトリオが健在とはいえ、1997年まで2年連続3冠を達成できたのは、上級生にポイントガード・畑山陽一とセンター・小嶋信哉がいたからだった。

そのふたりが抜けた穴があまりにも大きいことは、新キャプテンとなった田臥自身、痛いほど身にしみていた。

「後輩だった僕らが伸び伸びプレーさせてもらえていたのは、畑山さんと小嶋さんがいたからで。今後は残った自分たち3人が、後輩たちがチームにフィットできるように引っ張って、同時にレベルアップして、『去年の強さを超えなきゃいけない』とは思っていました」

田臥にどう合わせるか? 下級生の葛藤

小嶋からセンターを受け継いだ若月は、前年まで自分の主戦場だったフォワードに入る2年生の村山範行と1年生の長澤晃一に、小嶋のプレースタイルを教え込んだ。

個のスキルよりも、ゴール下の位置関係やゾーンディフェンスでの役割などの連携を、実戦で養っていく。「はじめのうちは結構しんどかったけど、だんだんよくなっていった」と、若月は手応えを感じ始めていたが、ほかにも問題はあった。

「シューティングガードの勇太がポイントガードとの関係性に苦労してるなって。畑山さんとのタイミングに慣れていたこともあって、『勇太、欲しがってるけど、ガードからパスでねぇな』って見てました」

新チーム始動時、ポイントガードのファーストチョイスは2年生の堀里也だった。

新潟・鳥屋野中で村山とともに全国大会優勝を経験。身長180センチとガードとしては大型で、得点能力が高くスピードもある次代のエース候補だった堀は、田臥とのコンビネーションが合わずやきもきしていた。

思えば堀は1年生からそうだった。97年8月のインターハイからメンバーに入り、少しずつ試合経験を積んでいったが、周りとの動きが噛み合わない。その年の秋、国体期間中でのミーティングで、「がむしゃらに頑張ります!」と目標を掲げた時も先輩たちの失笑を買った。

「一番ダメなのは、正しくないことを頑張ることなんだぞ」

後日、選手たちを前にそう説いた監督の言葉が強烈に突き刺さった。堀にとって「正しくない」こととは、ポイントガードでありながら得点に飢えすぎていたことだった。そうなると、エースの田臥と動きがかぶる場面が多くなり、必然的に連携が乱れるからだ。

現在の堀里也さん

「行けるときは自信を持って行っていいんだぞ」。そういった田臥からの檄が堀の攻撃意欲を一層掻き立て、さらにチームバランスが悪くなる。気づけば「ワンミス交代」が増え、ひたすら田臥にパスを供給し、ディフェンスに励む扇田正博にポジションを奪われていた。

堀が悔いるように唇を歪ませる。

「きっと、正しいことを頑張らずに、能力任せでやっていたというか。田臥さんは本当に穏やかで優しい先輩だったんで『もっと積極的にやっていいんだぞ』って言ってくれましたけど、僕が『能代のポイントガードは黒子だ』ってことをわかってなかったんでしょうね」

全国大会「無敗」ゆえの弱点

堀の文脈からもわかるように、田臥は後輩の力を信じた。菊地や若月もそうで、コートでは才能を爆発させるが、もともとは仲間との調和を重んじるような人間である。

チームの屋台骨である3人が穏やか過ぎるが故に、どうしても後輩たちに危機感が浸透しづらい。ましてや、勝ち続けているチームだけに、それが当たり前であるかのような空気がチームに芽生えかねなかった。

「そこが問題でもあったんですよね。スポーツって、負けて学べることが多いじゃないですか。能代はそれを許されないチームではあるんですけど、そういう経験をしていれば『人生、甘くない』って気づけるだろうし」

核心を突くように切り出したのは、当時マネージャーだった前田浩行である。振り返れば2年前の東北大会で敗れたことで、田臥と畑山のポジションに不具合があったと、監督と当人たちが気づけた。そのように、辛酸をなめさせられることが大事な時だってある。

前田自身、選手としてそのことを誰よりも痛感したからこそ、本質を見抜けたのだろう。

「実績は一番」マネージャー・前田浩行

画に描いたようなエリート。それが前田だ。

愛知県出身。小学時代に地元のミニバスケットボールチームで全国優勝し、中学でも洛西中のキャプテンとしてチームを日本一へと導き、自身も大会MVPに輝いた。

本当なら愛工大名電を全国的な強豪に押し上げた名コーチ、浅井保行のもとで研鑽を積みたいと望んでいたが、前田が高校生になる前年にその浅井が他界。「それなら強い学校に行きたい」と能代工への進学を決めた。

監督の加藤が「あの代では前田の実績が一番だった」と認めていたように、前評判は誰もが知っていた。ただ前田には、バスケットボールのスキルにおいて田臥の個人技や菊地の3ポイントシュート、若月のリバウンド力のような突出した武器がなかった。

「自分みたいな、なんでもこなせる選手じゃダメなんだなって。仮に足が遅くても、ディフェンスがダメでも、何かひとつ飛び抜けたものがある人間たちで形成されるチームが能代なんだなって、入って気づくわけです」

田臥と同じ代のマネージャー・前田浩行さん(現Bリーグ・三遠ネオフェニックスのアシスタントコーチ)

前田が主戦場としていたポイントガードには畑山と田臥がおり、付け入る隙は皆無だった。しかし、そのバスケットボールへの真摯な姿勢、人にも自分にも厳しくできる人間性はチームから買われた。

「お前は将来どうしたいの?」

2年生の頃だ。加藤にそう尋ねられた前田は、「指導者になりたいです」と答えた。すると、「だったら、今からマネージャーとして勉強してみない?」と打診を受けた。

迷いは、なかった。

「このままプレーヤーにこだわってもBチームのままだろうし、『その他大勢』で終わるのが耐えられなかったんです。自分の居場所ができたことで安心感もありましたしね」

王者はなぜチャレンジャーになれたのか

前田の決断に、異を唱える者は誰もいなかった。田臥が言う。

「実績があったプレーヤーがマネージャーになるって、すごい覚悟が必要だったと思うんです。そういうところにもみんな一目置いていたし、実際、自分らがプレーに専念できるように、練習からチームをまとめてくれたのが前田だったんで。『あいつと一緒に』って、優勝への想いを強くさせてくれましたよね」

田臥が評するように、前田はマネージャーになるとコートで強烈な威厳を作り出した。

「(加藤)三彦先生よりも、僕のことのほうが嫌だった奴、間違いなく多いと思います(笑)」

チームがなかなか安定しなかった時期も、前田は「タイトルを獲れなかったら後輩たちからどう思われるか?」と仲間を鼓舞する。加藤からも「まだ何も成し遂げていないよ」と、常にハッパをかけられていたこともあり、和を重んじる世代がより謙虚になる。

キャプテンの田臥が紡ぐ意志。それはすなわち、チームの総意でもあった。

「『王者』って感覚はそんなに持っていなかったというか。メンバーは一緒でも、その年の優勝は先輩たちがいたからできたことですし。そういうところで、自然とチーム全体でチャレンジャーになっていけました」

「今年も始まるな」3年連続3冠への道

少しずつ、チームが機能していく。

畑山がそうだったように、扇田も周囲の動きを察知し、的確なパスが供給できるようになった。攻撃の起点が安定すれば、若月と菊地の動きもスムーズとなり、お家芸である電光石火の速攻劇にも安定感が生まれてきた。

ようやく能代工らしさを形成できた頃、3度目の夏本番を迎えようとしていた。

田臥たちが自転車を走らせる。
能代港へ向かい、壁画が連なる堤防「はまなす画廊」に座ってぼんやりと海を眺める。
菊地がため息交じりに呟く。

「今年も始まるな……」

「そうだなぁ」

田臥が静かに相槌を打つ。

まもなく始まる“地獄”のOB戦。そしてインターハイ制覇へ向け、彼らはしばらく訪れることのない癒しに身を委ねていた。

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取材・文/田口元義

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