〈札幌五輪招致活動見直しへ〉「今は応援なんてできないとはっきり言いました」五輪メダリスト“中年の星”山本博が「商業五輪」に思うこと
集英社オンライン / 2022年12月25日 13時1分
「中年の星」こと、アーチェリーの2004年アテネオリンピック銀メダリスト、山本博が今年、還暦を迎えた。今なお第一線で競技生活を送るトップアスリートながら、日本体育大学教授で東京体育協会会長も務める。長い競技人生と東京オリンピック・パラリンピックにかかわる贈収賄事件や談合疑惑、さらには12月20日に招致活動の見直しが決まった札幌五輪について語った。
還暦を迎え、今なおバリバリの現役
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「去年のシーズンとは比較にならないほど良くなっている」
2024年パリオリンピック出場の可能性はほぼ消えたが、言葉のトーンは湿っていなかった。
還暦を迎え、赤色のユニホームを着て出場した11月上旬の日本代表選手選考会は19位。ナショナルチーム16人に入れず、パリオリンピック代表につながる来年の世界選手権、アジア大会に出られなくなった。
41歳で出場したアテネ大会で、銀メダルを獲得。銅メダルだった1984年ロサンゼルス大会以来、20年ぶりとなるメダルに「あと20年かけて金を目指す」と話していた。
「思い描いていた絵には全然ならなかった20年だったな、というのが率直な感想ですね。あの時の僕は体の衰えだとか、加齢というのを意識していなかった。
よし、次のオリンピックでもメダルを獲るぞ、と自分にプレッシャーを与えるとかえって獲れないのがアーチェリーだから、『20年くらいかけて』くらいの気持ちで臨めばいいかなっていう自己暗示だったわけですよ」
アテネのころは「老眼になり『風が見える』ようになった」と感じていた。衰える部分があっても、積み重ねた経験と練習によって熟成され、成長した部分もあるのではないか。
「そういうのを期待したかったんですけど、ないですね(笑)。不利なことばっかり。以前は的をしっかり見ても、手前にある照準器がきちっと見えた。今は手前がぼやけちゃってる。それで右眼に10年ほど前から老眼のコンタクトレンズを入れているんです。
両眼にコンタクトを入れたり、遠近両用のメガネも試したけど、全然ダメ。こういう使い方はよくないらしいんですけど、今は右眼だけ近いところが見えるようにしていて、これが一番安定しているんです。
見えることが最も大事な競技なので、よく見えないと見ようとして、ほかにもっと集中させなければいけない部位への意識が軽減しちゃうんですよね。レーシック手術も2回やりましたけど、もういいですね。今はもっと良いコンタクトが出ないかって期待をすごくしてます」
商業化に傾く五輪を間近で経験
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日本体育大学の教え子にもらった赤い還暦衣装を着て弓をひく山本博
視力とともに悩まされたのが弓を引く上半身の故障だった。2016年に右肩の筋断裂の手術を受け、2020年夏に右腕のしびれの原因だった胸郭出口症候群の治療で左右の第一肋骨を切除した。
術後の秋に出場した全日本選手権では、初めて上位32人による決勝ラウンドへ進めなかった。2021年の全日本も予選落ち。世界選手権で銅メダルを獲得した2009年を最後にナショナルチームには入っていない。
そんな「どん底」へ向かっていたアテネ後だったが、還暦となった今シーズンは、久しぶりに上向きの手応えを感じているのだという。
「少し時間がかかちゃったけど、体が少しずつ復活しているんです」
10月上旬の栃木国体に東京の一員で出場し、成年男子の団体と個人で3位に入った。昨年の東京オリンピックで団体と個人の銅メダルだった国内の第一人者、古川高晴(38=近畿大職員/大阪)との対戦に手応えを感じたという。
「同点で、彼と同じパフォーマンスができた。彼は『10点の数は僕の方が多い』と言っていましたけど、僕からすると彼と同点になれたのはうれしかったですね。本当にずっとどん底を耐えてきましたから。
今年はぽこっ、ぽこっといい点数が出る。安定性はないんだけど、僕に上の波が来た時に、今のトップの人たちの下の波が重なると、年寄りながらもちょっと期待ができるんですよね」
東京都体育協会会長で、東京選手団の団長も務める立場なので、これまで国体には選手としての出場はしていなかった。それが7年ぶりに出場したのは、開催地が栃木県だからだ。
42年前、1980年の栃木国体でアーチェリーが正式競技となり、高校3年で出場して少年の団体と個人で優勝した。
「会長のくせして選手としてしゃしゃり出て、関東ブロックも勝ち抜かなきゃいけないし、団体戦だからみんなの足を引っ張らないようにしなくちゃと思うと、やっぱりちょっと硬くなる。
国体に出たおかげでプレッシャーというのを久しぶりに感じた。そういった点でも自分の中ですごくいいきっかけになった」
前回の栃木国体が開かれた1980年は、政府の方針により日本がボイコットすることになったモスクワオリンピックの年でもあった。初めてナショナルチームに入り、選考会4位でオリンピック代表の補欠に選ばれていた。柔道の山下泰裕さんらと参加を訴えたという。
「国際大会にも出だして、いろんな経験をさせてもらえるようになったスタートの年でした。ほかの競技団体のメンバーと一緒に、参加させてほしいと訴える場にも加わりました。山下さんとかみんな泣いていて、辛いよなって。僕は補欠でしたけどね。
次のロサンゼルスから参加し始めたから、商業主義のオリンピックがスタートしたタイミングに巡り合った。完璧なアマチュアリズムだと国家の支援がないとオリンピックへの派遣や開催ができないわけですよ。それだとスポーツ界が頭を下げてという体質になる。スポーツ界が自立へ向かい、そこから脱却できたことは、評価できると思うんです」
札幌の五輪招致に「反対です!」と投稿
それから約40年が経ち、東京オリンピック・パラリンピックをめぐっては約2億円の賄賂が飛び交った汚職事件のほか、テスト大会をめぐる入札談合疑惑で、複数の広告代理店や企業の捜査が進んでいる。商業主義の負の面に厳しい目が向けられている。
そんな中、ベスト16に入った全日本選手権を終えた翌日の10月24日、インスタグラムで「反対です!」と、札幌市の2030年冬季オリンピック・パラリンピックの招致について投稿した。
「全日本選手権の会場に札幌招致のブースが出ていてびっくりしたんです。受付をしたら、ゼッケンやスコアカードが入っている袋の中に、札幌招致のシールが入っていた。もうこんなにお金を使っているのか、このシールだって、どこにだれが発注して作っているんだろうって。
ブースの人から招致を『応援してください』って言われたんだけど、今は応援なんかできないとはっきり言いました」
12月20日、札幌市と日本オリンピック委員会は招致活動を当面休止すると発表。山本の発信を追認する形で動いた。“汚れたオリンピック”を山本は今、どう見ているのか?
取材・文/松本行弘
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