俳優という職業は、演じる人が技術を積み重ねて、体で会得した技をもって初めて表現できる領域があるという、凄まじい努力で支えられたプロフェッショナルな仕事だといつも感じます。
『ケイコ 目を澄ませて』の岸井ゆきのさんの凄みは、プロボクサーとしてリングに立つボクシングシーンを成立させ、同時に聴覚障害を持つ女性の手話の表現も身に着け、加えて自身の感情を人に伝えることがとても不器用な主人公の一面を、声を発することなく、表情だけで見せていくこと。ゴングの音も、相手選手の息遣いも、さらにはトレーナーの指導の声も聞こえないというハンディを抱え、試合で向き合う恐怖、それでも湧き上がる高揚感など複雑な感情が岸井さんの一挙手一投足からひしひしと伝わってきます。
『愛がなんだ』で岸井ゆきのさんのポテンシャルに惚れ込んだプロデューサーたちが、「次はヒール役なんてどう?」という何気なく発した言葉から、岸井さんの次なるフェーズを広げる企画をと、始まったと聞く今作。物語の原案である聴覚障害を持つプロボクサー、小笠原恵子さんの著書「負けないで!」(創出版)を読むと、小中高と自身の感情が周囲に伝わらない苛立ちや反抗が赤裸々に描かれ、ボクシングをはじめ、空手やキックボクシングなどの格闘技に挑戦する過程で、鬱屈した感情を吐き出す術を身に着けていく経緯が描かれていました。
脚本も手掛けた三宅唱監督が単なる伝記映画の枠組みから大きく離れ、岸井さん演じるケイコの拳が織りなすリズムが、人と人の感情の行き来やコミュニケーションの在り方を表現する今作。岸井ゆきのさんと三宅監督にお話を伺いました。