監督は能代工・田臥勇太の一学年上だったマネージャー。強豪・桐生市立商でただひとりの男子バスケ部員が、女子に混じって練習を続ける理由
集英社オンライン / 2022年12月23日 11時31分
12月23日から開催されている高校バスケットボールの選手権大会、通称ウインターカップ。今年、女子が群馬県代表として出場する桐生市立商には、ひとりだけ男子バスケット部員がいる。亀山陸斗、16歳。彼が女子に混じって練習を続けるのには、熱い想いがあった。
「西條先生に教わりたかったからです」
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桐生市立商バスケ部の西條佑治監督と、唯一の男子バスケ部員・亀山陸斗
身長173センチ、体重61キロ。
数字が示すようにまだ体の線は細く、色白でもある。似たような背丈の人間が動き回る体育館ですぐに見つけるのは容易ではない。判別できるとすれば声だ。小気味よく低音の掛け声がする方向に、その選手がいた。
亀山陸斗、16歳の1年生。桐生市立商で唯一の男子バスケットボール部員である。そのため、普段の練習のほとんどは女子バスケットボール部員に混ざって行っている。
男子は今年から高校体育連盟に加盟し正式な部活動と認められているとはいえ、単独では試合を経験できない。もしかしたら、1年間を棒に振ってしまう可能性だってある。そこを理解しながらも、亀山は桐生市立商でバスケットボールをすることを選んだ。
亀山が示す理由はたったひとつだ。
「西條先生に教わりたかったからです」
桐生市立商の西條佑治監督は、知る人ぞ知る経歴の持ち主である。あの能代工(現・能代科学技術)の出身。インターハイ、国体、ウインターカップと主要大会を、1996年から98年まで3年連続で制する「9冠」を達成した田臥勇太の世代の1学年上で、チームを統率するマネージャーを務めた。
東京学芸大進学後は選手に復帰し、教師となってからも教員チームでプレーした。
指導者としての西條も、辣腕を発揮する。
教師となって初めて赴任したのは、西條いわく「最初は茶髪にピアスの部員がいたくらい」の群馬・太田東だった。本気で競技に取り組む雰囲気ではなかったこの弱小校を、在任6年の間に県の上位に食い込むほどにまで成長させたのである。
現在、指揮を執る桐生市立商も、女子バスケットボール部の監督に就任した2009年時点でインターハイ出場回数はわずか1回。実績はあったとはいえ、長らく全国の舞台から遠ざかっていた。
そこから西條がチームを立て直し、13年にインターハイとウインターカップに出場したのを端に、今年も含め計8度も全国大会へと導いた。桐生市立商は今や、群馬ではれっきとした強豪校である。
亀山が惹かれたのはそんな「看板」ではなく、西條が指導者として放つ熱意だった。
入学当初は「ひとり部員」ではなかった
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桐生市立商との最初の縁は、姉の遥加がきっかけだった。5学年上の遥加も同校バスケットボール部のOGで、彼女の現役時代、弟は頻繁に練習を見学しに行っていたのだという。
「見てるだけじゃつまらないだろ。お前も練習に参加しろよ」
西條に促されるようにコートに入れてもらった亀山は、〝お客さん〟ではなかった。技術的な側面から熱心に指導される。雑な動きをすれば怒られ、教えを体現できれば「ナイスプレー!」と褒められた。これが、亀山の原体験として深く刻まれたのである。
「姉が頑張っている姿を見たくてたまに見学に行っていただけなのに、先生は細かいところまでちゃんと教えてくれて。『ここは自分に合ってるな』って思うようになりました」
笠懸南中での亀山はフォワードポジションの控え選手だったが、高校でも競技を続ける気ではいた。しかし、中学3年だった昨年の時点で桐生市立商には男子バスケットボール部がなく、他の高校への進学を考えていた。
しかしそれは、本心からの選択ではなかった。やはり亀山は、初志を貫いたのである。
「西條先生とバスケットボールがしたいです」
意を決し、亀山はそう直訴した。
この決断を後押ししたのには、もうひとつ理由がある。数年前から「男子バスケットボール部が立ち上がるのではないか?」という話があったからだ。
桐生市立商に赴任してから「いずれは男子も作りたい」と機会を窺っていた西條にとっても、亀山からの嘆願が一歩を踏み出すきかっけとなった。
西條が英断の経緯を説明する。
「陸斗が来てくれるのなら、本格的に作ろうって感じにはなりました。男子が入ることで、女子たちにも『今までの環境が当たり前じゃないんだよ』と教えられますし、いろんな相乗効果があると思ったもので。だから、彼が私に言ってくれた時には、『なら来い』と」
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西條の監督就任後、2013年にインターハイとウインターカップに出場した桐生市立商の女子バスケ部は、今年も含め計8度も全国大会へ出場した強豪校だ
正確に言えば、入学当初の亀山は「ひとり部員」ではなかった。数名のバスケットボール経験者が、「男子バスケ部があるんだ」と入部してきたのである。
しかし、彼らは続かなかった。
全国レベルの女子との練習で得たもの
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桐生市立商の女子は強豪である。いくらフィジカルの強さなど男女間で根本的な差があるとはいえ、女子選手の洗練されたプレーに圧倒される。徹底的に走らされたりと、当然のように練習も厳しい。
加えて、「必要以上にSNSを使わないように」「ジャンクフードや菓子類を控えるように」といった規律も彼らの心身を窮屈にした。
「なんか、イメージと違う」
そう言ってひとりやめ、ふたりやめ……夏を迎える頃には、5人いた男子部員は亀山ひとりとなった。
亀山も同士たちを引きとめようとしたが、彼らはコートを去ってしまった。本気だったのは、自らの意志で桐生市立商に入学した亀山だけだったのだ。
女子バスケットボール部でキャプテンの北村凜花は、そんな後輩の姿勢を見習う。
「陸斗はすごいバスケが好きなんだろうなって思いますよね。女子のなかに男子がひとりだけ練習に参加するって、勇気がいるじゃないですか。好きじゃなかったら絶対に残ってないし、根性があるなって思います」
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女子バスケットボール部の北村凜花キャプテン
バスケットボールはコンタクトスポーツの側面もあるため、同じコートに立てば体をぶつけ合いながらボールを奪うことだってある。男子であり、後輩でもある亀山は「どこまで当たっていいのか?」と、遠慮がちなプレーが多かった。
だが、北村をはじめとする先輩たちからは、「もっとコンタクトしていいよ」「そんな当たりじゃ、ちゃんと守れないでしょ」と、逆に叱咤を受けた。
今年のウインターカップにも出場する彼女たちが求めているのは、全国レベルだ。強豪チームにとって、コートに立てば男女など関係ないのである。北村が言う。
「自分たちは全国ベスト8を目指して練習しているから、そこで遠慮とかされると高いレベルでできなくなるんで。だから、ちゃんとやってほしいし、陸斗もそこをだんだんわかってくれているんで、今はチームの一員って感じで他のみんなも思っています」
この環境が亀山を積極的にさせた。そうなると課題がどんどん浮き彫りとなってくる。まず、体力がない。ディフェンスからオフェンスに切り替わる際のスピードも鈍く、シュートの成功確率もまだまだ低い。
普段は女子とともに練習している亀山がそのことをはっきり認識できるようになったのは、夏休み期間中から近隣にある桐生清桜と合同で練習できるようになってからだった。
週に1、2回、男子と同じコートに立つことで今の力量を明確に測れるのだと、亀山は言う。
「女子のなかでも課題を感じているなか、清桜高校で男子と一緒に練習させてもらえるようになったことで、前よりもガツガツできるようになりました。積極的にいかないと当たり負けするとか、体力的にも技術的にももっと強さが必要だと思っています」
結婚したら奥さんの尻に敷かれるタイプ
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桐生清桜との連合チームながら秋の準公式戦に出場できるなど、少しずつではあるが実戦も経験できている。課題は山積するが、キャプテンの北村が「プレーのスピードが上がって、シュートも入るようになってきた」と認めるように、一歩ずつ前進できている。
監督の西條から見てもそうだ。「レイアップとかのシュートも『お!』って思わされる時がある」といったプレーが、少しずつ見られるようになってきたのだという。
それでも監督は、あえて突き放すように「まだまだ」と笑い、亀山に成長を促す。
「そんなに器用なタイプじゃないのと、まだ体ができ上っていないから、自分のイメージとのバランスに苦しんでいるところはあると思います。
ただ、今はまだ『男子のバスケ部もあるんだ』と周りに知ってもらう段階で、来年入学する新1年生のなかで入部希望者が来てくれてからが本格的なスタートっていう感じです。陸斗もまだ心細いとは思いますが、それを含めて今のあいつはまだ修行中(笑)」
北村たちが「ちょっと挙動不審」と言い、監督が「結婚したら絶対に奥さんの尻に敷かれるタイプ」と評するように、亀山は感情を表に出すのが苦手なようである。
だが彼には、たったひとりの男子部員であろうとバスケットボールに打ち込める内に秘めた情熱、芯の強さがある。
インタビューされることなどなかった無名の選手は雄弁ではない。むしろ無口だ。しかし、核心を突く質問には、短くもしっかりと答えてくれる。
最後に尋ねた問いへの答えに、覚悟がにじむ。
――今でもバスケットボールは楽しい?
「はい。楽しいです」
――桐生市立商に入って、後悔はない?
「後悔はないです」
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亀山陸斗(かめやま・りくと)2006年11月27日、群馬県出身。笠懸南中時代から桐生市立商に入学。ポジションはスモールフォワード。173センチ、61キロ
取材・文・撮影/田口元義
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