【箱根駅伝】「本当に立教でいいの?」上野裕一郎監督の選手スカウト秘話。約束は「どれだけ大変でも4年間やめないでくれ」
集英社オンライン / 2023年1月1日 10時1分
第99回箱根駅伝(2023年1月2、3日)で大きな注目を集める立教大学の上野裕一郎監督にインタビュー。立教大は箱根駅伝が始まった年と同じ1920年創部の伝統校ながら、出場は実に55年ぶり。前編では、監督就任の経緯から箱根路へと動き出した初期を振り返る。
2018年12月に立教大学の男子駅伝監督に就任し、立教を再び箱根路に導いた上野裕一郎監督。
自身、高校時代から全国トップの実力を持ち、中央大学在籍時には4年連続で箱根駅伝に出場。実業団時代には、2009年の日本選手権で1500mと5000mの2種目優勝し、同年の世界選手権ベルリン大会には5000mで出場している。
かつてのトップランナーは、いかにして立教大の選手たちを育てていたのだろうか。
◆ ◆ ◆
「僕じゃダメですか?」から始まった箱根への道
――立教大学の職員である林英明コーチが同じマンションに住んでいたことが、監督に就任するきっかけだったそうですね。
上野裕一郎(以下、同) そうです、そうです。家族ぐるみで仲がよく、「ちょっと相談があるのですが……」と林さんから食事に誘われたんです。
何の相談だろうと思ったら、大学創立150周年を迎える2024年に、箱根駅伝第100回大会の出場を目指す事業を立ち上げて、そのための指導者がどうしても必要なのに、探すのに難航しているという話でした。
条件を聞いていたら僕も当てはまっていました。ちょうど競技を退いた後のことを考えていた時期だったので、「僕じゃダメですか?」と話をしたんです。
――上野監督がセカンドキャリアを考えていた時期と、「立教箱根駅伝2024」事業が始まるタイミングが合ったわけですね。2018年12月に監督に就任されました。
林さんが声を上げて、動いてくれて実現しました。あとは大学が本気になったということでしょうね。
――以前にも、実業団で活躍した方が立教大のコーチをしていたことはありましたが、それでもなかなか箱根は遠かった。
もちろん、今いる子たちを強くすることもすごく大切なんですけど、それでは(2024年までの)5年間では厳しい。それで、高校生の有力選手に入学してもらえるように声をかけていきました。立教にはいわゆるスポーツ推薦がなく、簡単に入学できるわけではありません。「アスリート選抜入試」という制度で受験してもらえるよう、地道な勧誘活動を続けています。
「絶対やめない」が入部条件
――大学側にはどんな要望を出したのでしょうか?
選手寮の整備です。あとはやっていかないと、何が必要かも全然わからなかったので。2020年にできた「紫聖寮」は、40人が生活できるように造ってもらいました。
箱根駅伝出場へ向けてもちろんある程度計画を立てていましたが、まずは現場を形にしていかないと動けないと思ったので、最初の2年間はとにかく必死でしたよ。行き当たりばったりの部分もありましたね。
――監督に就任された当時、立教大陸上競技部の印象はどのようなものだったのでしょうか?
賢い子が多い印象がありました。走力とか実績は関係なしに、話がちゃんと通じるし、受け答えがきっちりしているんですよね。僕はあまり話を聞かないタイプだったのですが(笑)、そういう学生はいっさいいませんでした。
もともと勉強で入ってきている子が多いから、意図を説明すれば、理解して行動に移せるんです。そういう能力が高かった。僕が監督に就いた初年度から、一生懸命やってくれていたので、そういうところが今に生きているんだと思っています。
――前回の箱根駅伝に関東学生連合の一員として出場した斎藤俊輔さん(2022年卒業)の学年より上は、上野監督が就任する前に入学した世代です。入部したときに、目標に「箱根駅伝出場」は、当然なかったということですよね。
おそらく、箱根駅伝に出ることではなく、大学4年間、陸上競技をまっとうすることが目的だったと思います。僕が監督になって、当然「え〜っ!」となりますよね。でも、体調の問題でやむなくやめた学生もいましたが、その他は誰も離脱しなかったんですよ。
斎藤は努力して力をつけました。寮ができるまでは神奈川県の秦野から片道2時間半かけて通っていたんです。黙々と練習を積んで、箱根に出たし、トラックでは立教大の記録をつくりました。強かったですね。
――突然箱根を目指すことになっても、誰も離脱しなかったというのはすごいですね。
今も、一般受験や指定校推薦で入ってくる子たちに話すのは、「どれだけ大変でもやめないでくれ」ということです。マネージャーも一緒。それが入部条件になっています。
「立教で箱根に行く」誘いに乗った有力選手たち
――当時高校生だった今の3年生世代の進路情報を見たとき、何人もの有力選手の進路先が立教大となっていて驚きました。
この学年が4年生になるときが、箱根駅伝100回大会なので大事だなと思って、強い選手に声をかけていました。
ただ、勧誘の仕方の右も左もわからなかったので、とりあえずは強豪校に行きました。普通は、実績もないのに、いきなりそこには行かないらしいんですけど……(笑)。チームの中でも強い選手に声をかけましたね。
だって、目の前ですごくいい動きをしているんですよ。なおかつ、強いし。そりゃあ、声をかけなきゃダメですよ!
――それで来てくれたんだから、すごいですね。
中山凜斗(3年)は九州学院高で、エースを争っていましたし、服部凱杏(3年)は中学チャンピオンで、いいものを持っている。2022年の日本選手権の3000m障害で8位入賞した内田賢利(3年)も、高校時代から3000m障害で活躍していました。
中山には思わず「本当にうちでいいの?」って何回か聞いた気がします。彼は「立教で箱根に行きます。立教を箱根に連れていきます」って言ってくれました。
――スカウティングの際には、どんなところを見るのでしょうか?
性格もありますし、どの距離に対応できるのかな、とか、そういったところでしょうか。
あとは、自分が立教で強くなりたいと素直に思ってくれて、すぐに決断してくれるのは一番うれしいですね。迷いに迷って最終的にうちに来てくれるよりも、「監督の指導を受けたいんで行きます」って言ってくれる子がけっこう多いんですよ。
うちは1500mの選手がすごく多いんです。スピードがある程度必要だと思うので、1500mに特化している選手に声をかけています。
あと、3000m障害の選手も多いですね。これは、別に3000m障害をやっているから声をかけているわけではなくて、走りを見て、この子は強くなるだろうなって思う選手に、たまたま3000m障害の選手が多いっていうだけだったのですが。
うちには1500mや5000mを突き詰めたい選手も何人かいるんですよ。確かに、箱根駅伝出場を名目に強化はスタートしていますが、箱根駅伝のためだけに学生をスカウトしているわけではありませんから。
まずは、いち陸上競技選手として魅力があるっていうことを伝えています。
◆ ◆ ◆
後編では、箱根駅伝出場を決めるまでの指導方法や選手の成長、そして本番での意気込みを聞いていく。
取材・文/和田悟志
撮影/岡庭璃子
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