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浪費の王妃というフランス国内の評価さえも変えてしまった漫画『ベルサイユのばら』。50周年の節目に、池田が描いたマリー・アントワネットを考察する

集英社オンライン / 2023年1月4日 14時1分

少女漫画の金字塔『ベルサイユのばら』は、2022年に生誕50周年を迎えた。今もなお世代を超えて愛され続けている本作の魅力、影響力について、作品の縦糸をなすヒロインのマリー・アントワネットを切り口に迫っていく。(サムネイル・トップ画像:©池田理代子プロダクション/集英社)

フランス人の歴史観にも影響を及ぼした『ベルサイユのばら』

日本における、フランス最後の王妃マリー・アントワネットへの関心は非常に高い。もはや語るまでもなく、漫画家・池田理代子(以下、池田)が手掛けた少女漫画『ベルサイユのばら』(通称『ベルばら』)の影響がある。

フランス国内では、浪費家であったマリー・アントワネットは、国民を苦しめた浅はかな王妃というレッテルが貼られている。



だが、ユダヤ系オーストリア人のシュテファン・ツヴァイクは伝記小説『マリー・アントワネット』(1932年刊行)の中で、かつての敵国オーストリアから嫁いできた王妃の満たされない結婚生活や、無知で享楽的な面に触れつつも、打倒王政を目指す当時のフランスでは、彼女を必要以上に悪女として仕立てあげたと指摘している。

池田は高校生の時にツヴァイクの小説を読み、一国の女王としての自覚が希薄だったアントワネットが、不幸の中に投げ込まれたことによって自分が何者であるかを悟り、成長していく姿に感銘を受け、いつか彼女の生涯を作品化したいと思ったという。

意外かもしれないが、オスカルではなく、マリー・アントワネットの生涯を軸に、史実とフィクションが交錯する壮大な歴史ロマン『ベルサイユのばら』(以下ベルばら)は誕生したのである。

『ベルばら』の影響もあり、アントワネットに好意的な日本に対し、本国フランスではやはり「国を揺るがした悪女」という見方が一般的だ。国旗が「自由・平等・友愛」を示すトリコロールであり、革命歌<ラ・マルセイエーズ>が国歌であることからも明白な通り、フランス国民は自分たち市民(シトワイヤン)の手で自由を勝ち取り、現在の共和国を築いたという自負がある。

共和国樹立の名のもとに、国庫を浪費した罪で処刑されたマリー・アントワネットに嫌悪感を抱くことは致し方ないことなのかもしれない。

だが近年、フランス国内で、『ベルばら』を読んだことで認識を改めさせられたという声も上がっているのだ。
実際、池田が2013年にフランスのオランド元大統領が訪日した際のレセプションに招待された時、フランス側の随行者から「あなたの描いた『ベルばら』でフランス革命史を勉強した。読んでいなければ、アントワネットをただ贅沢三昧の嫌な女性だと思っていた」と告げられたという。

フランス人の歴史観にも一石を投じている『ベルばら』は、国境をも超える不朽の名作なのである。

出典:「共同参画 令和4年1月号」(内閣府 男女共同参画局)

令和においてもレジェンド! 男装の麗人・オスカル

『ベルサイユのばら』には、実に多くの魅力的なキャラクターが登場する。なかでも圧倒的な人気を誇るのは、物語のもう一人のヒロインである男装の麗人、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ(以下オスカル)だ。
アントワネットを語る上でオスカルへの言及は避けては通れない。

オスカルは女性に生まれながらも軍人として育てられ、数奇な運命を辿る。身分社会、男性社会といった不平等な世の中に屈することなく、己の信念を貫く凛々しき姿は、読者から熱狂的な支持を得た。
同時に、女性の社会進出がままならなかった『ベルばら』連載当時の日本において、女性の自立を後押しする希望の象徴でもあった。池田は自身が創造したオスカルに、働く女性の想いを投影したのである。

連載開始から半世紀が過ぎた現在においても、オスカルの人気、影響力は留まるところを知らない。内閣府男女共同参画局の広報誌の表紙にも起用されるなど、令和においてもオピニオンリーダーの役割を担っており、もはや少女漫画の枠を超えたレジェンド的存在だ。

一見すると、オスカルとアントワネットは対照的な人物像であるが、実は同じ属性を帯びている。オスカルは軍人として生きる定めを受け入れ、最後には自ら爵位を捨て、一市民としてバスティーユ襲撃の指揮を取り、戦死する。
一方、アントワネットは最後の最後にフランス王妃として目覚め、処刑される身でありながらも立派に死ぬ覚悟を持ち、断頭台の露と消える。二人のヒロインは、自らの意志を持って己の運命を受け入れ、能動的に生きた点が一致するのだ。

池田は『ベルばら』で一番描きたかったこととは、アントワネットとオスカルの内なる目覚めを通して、女性の人間としての自我の確立と、それによってもたらされる能動的な人生であり、フランス革命は日本女性にとっての内なる革命であって欲しかったと語っている。(池田理代子「ベルサイユのばら三十周年に寄せて」『連載開始30周年記念 ベルサイユのばら大辞典』集英社、2002年)

こうした池田の想いが込められた『ベルばら』は、現在においても色褪せることなく、深く心に突き刺さる。白薔薇と紅薔薇に例えられるオスカルとアントワネットは、世代を超えて私たちを鼓舞するヒロインなのである。

宝塚版ベルばら…漫画とは違う結末

『ベルサイユのばら』は1974年に宝塚歌劇にて舞台化された。豪華絢爛でドラマティックな演出を得意とする宝塚と見事にマッチし、社会現象になるほどの空前の大ブームを巻き起こした。その後も、節目の年には再演が重ねられ、宝塚の代表作のひとつとなっている。

そんな宝塚版では、アントワネットの最期が漫画とは異なることをご存知だろうか?

一国を担う王妃としての自覚を持ち、運命に立ち向かっていく姿をより強調するような独自の演出がなされているのだ。特筆すべきシーンの一つに、ベルサイユ宮殿に討ち入ってきた民衆に対し、アントワネットが次のような台詞を放つ場面がある。

「どんな時でも どんなことが起ころうとも すべての責任はわたくしが取ります マリー・アントワネットはフランスの女王なのですから」

見得を切って高らかにこう宣言する姿は、フランス王妃としての威厳に満ち、観客も思わずひれ伏してしまいそうになる宝塚オリジナルの名場面だ。

そして宝塚版の最大の見せ場は、アントワネットが断頭台へと上がっていくラストシーンである。その場面は、史実はもとより池田の原作とも異なっている。

アントワネットが処刑される日に、恋人であるスウェーデン貴族フェルゼンが牢獄へとやって来て、彼女を救済しようとするのだ。だが、アントワネットはフェルゼンの救済の申し出を拒み、フランスの王妃として立派に死なせて欲しいと懇願するのである。そして、アントワネットは断頭台に見立てられた、光差す大階段を上っていく。

この場面でのアントワネットには、処刑される身でありながらも、驚くほど血腥さや残酷さは感じられない。フランス王妃としてけじめをつけるために、自らの意思で死を受け入れたその姿は、どこまでも神々しく、まるで天からブルボン王朝を終焉へと導く宿命を授かっていたかのようにも思えてしまうのだ。

宝塚の舞台は基本的に男役中心で構成されており、人気の高いオスカルも男役によって演じられる。そのため、「オスカル編」や「フェルゼン編」といった男役をメインに据えたバーションが存在する。
だが、国の過渡期を背負っているような、アントワネットの歴史的重要性が際立つ断頭台のシーンを見ると、オスカルはあくまで架空の人物であり、フェルゼンはアントワネットあっての存在であると痛感させられてしまう。

娘役によって演じられるマリー・アントワネットはヒロインであると同時に、ときに男役によるメインキャラクターをも凌駕するほどの絶対的な存在なのである。

フランス革命という動乱期を必死で生きた登場人物たちの愛と信念を描いた『ベルサイユのばら』。同時に、無知で王妃としての自覚が希薄だったマリー・アントワネットが、国家の危機に直面したことによって目覚め、運命に立ち向かっていく成長物語とも読める本作は、フランス人の歴史観に一石を投じ、宝塚歌劇において唯一無二のヒロインを誕生させた。

そうしたアントワネットの姿は、オスカルほどわかりやすい形ではないが、日本女性に自らの意思で人生を切り拓いて欲しいという池田の想いが託された存在なのである。

過去読んだことのある方は、マリー・アントワネットの女性像に改めて注目しながら、これから先も語り継がれていくであろう、名作『ベルサイユのばら』に触れていただきたい。

文・写真/石坂安希 ©池田理代子プロダクション/集英社
内閣府画像出典/「共同参画 令和4年1月号」(内閣府 男女共同参画局)
https://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2021/202201/pdf/202201.pdf

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