2022年3月、テレビ東京系で放送の「開運!なんでも鑑定団」で〝本物〞と鑑定され、大反響を呼んだ井上ひさしさんの未発表戯曲『うま――馬に乗ってこの世の外へ――』が刊行されます。第一稿は昭和34(1959)年6月21日脱稿。井上さん24歳の時に書かれたこの戯曲は、主人公・太郎の悪漢ぶりが痛快なピカレスク物語でした。単行本の刊行にあたり、貴重な生原稿と、本書収録の今村忠純さんと山口宏子さんの解説より一部をご紹介します。また、井上ユリさんにエッセイをお寄せいただきました。あわせてお楽しみください。
没後12年にして最新作刊行!『うま――馬に乗ってこの世の外へ――』著:井上ひさし 刊行エッセイ 井上ユリ
集英社オンライン / 2023年1月25日 10時1分
没後12年にして最新作刊行!2022年3月、テレビ東京系で放送の「開運!なんでも鑑定団」で〝本物〞と鑑定され、大反響を呼んだ井上ひさしさんの未発表戯曲『うま――馬に乗ってこの世の外へ――』が刊行されます。
没後12年にして最新作刊行!
今村忠純氏の解説
「山形県は置賜盆地の西の端」より(抜粋)
四月、遅筆堂文庫での吉里吉里忌に展示するのに際して裏表紙の裏側に「昭和三十四年六月二十一日 第一稿」と書かれていたことがあらためて報告された。『うま――馬に乗ってこの世の外へ――』を四百字詰原稿用紙に算え直すと約二百二十枚。井上さんは、昭和三十一年四月の上智大学フランス語科復学(再入学)だから、この年「昭和三十四年六月」は最終学年、二十四歳になっている。同年に『さらば夏の光よ』も発表されており、その前年の昭和三十三年に文部省芸術祭脚本奨励賞を受けた『うかうか三十、ちょろちょろ四十』には、『うま』に共通する登場人物の名前、権ずとちかの名前も見出せる。そればかりではない。のどかな木下(順二)民話劇を擬装したこの戯曲には地主と小作人の力関係と宗教が隠れている。(中略)
私にはこの『うかうか三十、ちょろちょろ四十』の拡大深化版が、未発表戯曲『うま――馬に乗ってこの世の外へ――』のように思われる。
(大妻女子大学名誉教授。井上ひさし研究会会長)
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タイトルと筆名が書かれた原稿。本名の「井上廈」となっている。
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全五景から成る戯曲の、左は第三景。『うま』はA4判、43字×18行の原稿用紙を使い、上下に余白をとって1行30字にして書かれている。全162枚の作品。
山口宏子氏の解説
「『うま』は多くを語る」より(抜粋)
本名「井上廈」で書いた『うま』は、劇作家「井上ひさし」誕生前夜の作品だ。しかし、分量も内容も「習作」といった感じはまるでしない。民話をベースに大胆な創意を盛り込んだダークなピカレスク(悪漢)物語で、完成度は高い。
舞台は羽前の国、小松郷。現在の山形県川西町、井上の出身地である。
主人公の太郎は、病気の老母を連れ、馬一頭とともにこの村にやってきた。太郎は横暴な村の有力者・松左エ門に馬を奪われ、ひどいめにあわされるが、巧みなうそを重ねて運命を切り開き、大金を手にし、ついに松左エ門に復讐する。
これは東北の民話『馬喰八十八』を下敷きにしていると考えられる。(中略)
こうした昔話を土台に、井上は、複雑でスピード感のある物語を創作した。機知に富んではいるが、どこかのんびりしている民話の主人公たちは、知性が鋭く光る『うま』の太郎に転生したのだ。
(朝日新聞記者)
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丁寧な推敲のあとが見られる。赤字で〈マレビト、マロウドとして太郎は村へやって来た。なぜなら彼は金のくそをする馬を持っている。はるかな中央への権威のアラハレ〉と書き込みがある。
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2022年4月、井上ひさしさんを偲ぶ文学忌「吉里吉里忌」で原稿が初公開された。提供:遅筆堂文庫
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上智大学フランス語学科に復学した頃の井上ひさしさん(1954年)。提供:小川荘六氏
井上ひさし
いのうえ・ひさし
1934年山形県東置賜郡小松町(現・川西町)生まれ。上智大学外国語学部フランス語学科卒業。浅草のストリップ劇場フランス座文芸部員兼進行係を経て、放送作家として「ひょっこりひょうたん島」などを手掛ける。その後、戯曲、小説、随筆の執筆へと活動範囲を拡げる。72年『道元の冒険』で岸田戯曲賞、『手鎖心中』で直木賞受賞、ほか著作、受賞歴多数。84年こまつ座を旗揚げ。「九条の会」呼びかけ人、日本ペンクラブ会長、仙台文学館館長、また多くの文学賞の選考委員を務めた。2010年4月9日、75歳で死去。
『うま――馬に乗ってこの世の外へ――』刊行にあたって
井上ユリ
「井上ひさし未発表の戯曲が出てきた」とテレビ東京の番組『開運!なんでも鑑定団』から電話をいただいたのが二〇二二年一月の末、三月の放送を経て、月刊誌「すばる」七月号にこの作品を載せていただき、そして十二月、『うま――馬に乗ってこの世の外へ――』は単行本になって発売された。上演を前提に劇団「東京小劇場」に渡した戯曲が執筆から六三年を経た今、こうして世に出ることになり、ただただ嬉しい。
二四歳の時に書かれたこのピカレスクは、おそらく当時の自分を取り巻く世間と社会に対する激しい怒りを執筆の原動力にしていたのだろう。
その後、ひさしさんは一九八〇年から週刊朝日で『馬喰八十八伝』の連載を始めたが、今にして思えば、この『うま』の話を二〇年間あたためた末のことだった。『うま』の主人公・太郎が誰も信じないで、冷酷に復讐を遂げていくのに対し、馬喰八十八は、やはり噓で悪代官たちをやっつけるが、民衆に、そして読者に愛されるヒーローになっている。
悪漢の復讐譚が抱腹絶倒の長編小説に変容した。
社会の理不尽への怒りをひさしさんは生涯変わらず持ち続けていたが、表現する技術、社会への働きかけ方を身につけたし、その社会を変える人々の共同の在り方に、次第に興味を移していったような気がする。これは公式見解。
結婚して十年ぐらい経ったころ、ひさしさんは、「おれピカレスク書けなくなっちゃった。幸せだからね」と言った。これは惚気。
うま——馬に乗ってこの世の外へ——
井上 ひさし
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2023/01/05044431130218/400/2430_006.jpg)
2022年12月5日発売
1,870円(税込)
新書判/224ページ
978-4-08-771825-6
2022年3月、テレビ番組「開運!なんでも鑑定団」で本物と鑑定され大反響を呼んだ、井上ひさしの未発表戯曲。没後12年にして最新作!
佐々木喜善が収集した伝承・昔話をまとめた『聴耳草紙』の一編「馬喰八十八」をベースに大胆な創意を盛り込んだ作品だ。舞台は「羽前の国、小松郷」。現在の山形県川西町、井上ひさしの出身地。時は「156…年」。病気の老婆を連れて、馬一頭と村にやってきた太郎。村の有力者・横暴な松左エ門は、この馬が黄金のくそをすると聞き、太郎から無理矢理買い上げる。しかし黄金を出さないため馬は殺されてしまう。その後、太郎は巧みなうそを重ねて、松左エ門をはじめとする村人からまきあげ大金を手にしながら、ついに復讐を果たす。太郎の悪漢ぶりが痛快なピカレスク物語。
第一稿、昭和34年6月21日。没後12年にして、井上戯曲ファン垂涎の最新作!
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