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宇多田ヒカルがアニソンの概念と業界のしがらみを消滅させた!? J-POP最先端アーティストはなぜこぞってアニソンを手がけるのか

集英社オンライン / 2023年1月14日 11時1分

近年、J-POPのヒットソングの多くがアニメのタイアップ曲だ。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの主題歌を宇多田ヒカルが手がけ、細田守と常田大希率いるmillennium paradeや新海誠とRADWIMPSがタッグを組んだように、アニメは人気アーティストが集まる大舞台となりつつある。“アニソン”はどのような道のりを経て、現在に至るのか。その流れを分析する。

洗練を求めて。「アーティスト」がアニソンを歌う時代へ

2022年末の『NHK 紅白歌合戦』には、映画『ONE PIECE FILM RED』のキャラクターである「ウタ」、そして『劇場版 呪術廻戦 0』の主題歌とEDテーマを手がけた「King Gnu」、『SPY×FAMILY』のOPテーマを担当した「Official髭男dism」が出演者に名を連ねた。



また、2022年のBillboard JAPAN HOT 100の年間ランキング第1位は『鬼滅の刃』主題歌であるAimerの「残響散歌」であり、トップ10内の4曲がアニメ主題歌という結果となったのである。

かつてアニソンといえば、アニメや特撮ヒーローを専門に歌う歌手による、音楽業界からすれば“亜流”のジャンルだったものだが、今やアニソンこそが日本の音楽の主流ではないだろうかと思えるほどの勢いだ。

しかし、一朝一夕でこの状況が生まれたわけではない。そこには約60年に及ぶ道のりがある。

1963年に日本のTVアニメ最初期作品の一つ『鉄腕アトム』の放送が始まり、詩人・谷川俊太郎がその主題歌「鉄腕アトム」に歌詞をつけて以降、アニソンといえば子どもたちが覚えやすいメロディーと主人公や必殺技の名前を歌詞に乗せた楽曲がほとんどだった。惜しまれながら昨年末に逝去した水木一郎氏が歌った『マジンガーZ』の主題歌「マジンガーZ」もその好例だろう。

しかし、時代を経るごとに「アニメ=子ども向け」という認識が薄れ始め、アニメソングも「脱・子ども向け」「より一般的な内容へ」という方向性へと進んでいったのである。

その象徴的な例が、シティ・ポップを代表するミュージシャン・杏里による1983年放送開始『キャッツ♡アイ』の主題歌「CAT'S EYE」、そして小室哲哉が在籍したグループTM NETWORK による1987年放送開始『シティーハンター』の主題歌「Get Wild」だ。

そして、そんな流れにさらに続くように、1990年代には93年放送開始『SLAM DUNK』、96年放送開始『名探偵コナン』の主題歌をほぼ一手にビーイング所属アーティストが手がけて大ヒットを連発。

同96年放送開始『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』もまた、ソニー・ミュージックエンタテインメント所属のアーティストが中心となって主題歌を手がける、ブレイクの登竜門枠となった。

こうして古きよきアニソンの時代を経て、現在につながるJ-POPとアニメの関係性の道筋が構築されていったのである。だが、その先に待っていたのは「CDバブル崩壊」だった。

CDバブル終焉が「アニソンの力」を浮き彫りにした

ここまで紹介したように、60年代から90年代にかけてアニソンとJ-POPアーティストの距離感は徐々に狭まっていったのだが、1990年代にはミリオンヒットを生み出す大物アーティストがアニメ主題歌を手がけることはまだまだ珍しく、彼らがタイアップするのはTVドラマやCMがほとんどだった。

では、いつ決定的なシフトチェンジが起こったのか。そこには2000年代の「CDバブル崩壊」が大きな影響を与えていると言って間違いないだろう。

CDの売り上げは1998年にピークが訪れて以降右肩下がりを続け、2000年代には「CD不況」が叫ばれるようになった。その流れの中、音楽業界は「CDではなくライブ」を合言葉に、収益モデルを変化せざるを得なくなったのだ。

そんな時代に注目されたのが、アニメ業界とそのファンカルチャーだ。アニメには「円盤(CDやDVD等のフィジカルメディア)」をファンアイテムとしてコレクションする文化が根強く残っており、また海外在住のアニメ作品ファンに強いエンゲージメントができることが徐々に明らかになっていった。

これによって、それまでTVドラマやCMタイアップの下位互換的存在であったアニメソングが、ミュージシャンにとって強力なチャンネルとして機能するようになったのである。

その先鞭となった事例が、2000年〜2001年にかけて発売されたOVA(TV放映や映画上映ではなく、ビデオソフト販売で発表されるアニメ作品)『フリクリ』だ。同作の音楽を手がけたのは、当時アニメとは程遠いイメージのあった硬派なオルタナティブ・ロックバンドthe pillows。

『エヴァンゲリオン』シリーズのメインスタッフとしても知られる、鶴巻和哉監督がバンドのファンであったことから実現したこのコラボレーションは、『フリクリ』の海外でのカルト的人気獲得によって、バンド側にも海外ファンベース獲得という大きなメリットをもたらすことになった。

実際、the pillowsは『フリクリ』以降、たびたび海外公演や数回のアメリカツアーを行うまでとなり、新たな活躍の場を得たのである。

海外言語で埋め尽くされている
アニソンMVのコメ欄

the pillowsの海外公演と同様の現象は、翌2002年放送開始の『NARUTO -ナルト-』でも見ることができる。OPテーマとして「遙か彼方」を提供したロックバンドASIAN KUNG-FU GENERATION もやはり海外人気を獲得。海外でのライブにおいては、同曲をセットリストのハイライトに設定するほどの定番曲となっているという。

「日本のミュージシャンの海外ファンベースの多くがアニメを入り口としている」ことは音楽の世界でよく指摘されることだが、the pillowsとASIAN KUNG-FU GENERATIONの事例はその根拠となる代表例と言えるだろう。

そして、こうした「アニソン好調」のさらなる追い風となったのがインターネットの普及である。

ネットが可処分時間を奪う中、自然とTVドラマやCMが影響力を落とす一方、アニメはネット上の共通言語としてその地位を高め、また、その国際的人気が可視化されていったのだ。

YouTubeのコメント欄が日本語以上に海外言語で埋め尽くされているアニソンMVは、さほど珍しいものではないし、そのことをご存知の方も多いだろう。

さらには2015年にApple Musicが、翌2016年にはSpotifyが日本でサービスを開始したことにより、日本のミュージシャンやレコード会社が楽曲の再生数、そして世界各地のリスナー分布をはっきりと数値で確認できるようになった。

これらの数値は現在ツアー日程を組む際の指標としても活用されており、アニソンを手がけることの重要性をさらに示していることが容易に想像できる。

90年代、いや00年代なかばまでは、いくらアニソンがその地位を向上させたとはいえ、硬派なアーティスト、特にロックバンドほど「アニソン=セルアウト」という見方を強く持っていたように思う。

実際、アニソンを手掛けたとはいえ、バンド側がインタビューやライブMC等で積極的にそれについて言及することは決して多くはなかった。だが、それは裏返せば、アニソンを手掛けなくてもまだある程度のCDを売ることができたからこその態度だったとも考えられる。

しかし、一方で売上とは無縁の、アーティスト側からのアニメへの“憧れ”も生まれつつあった。

ミュージシャンにとって「アニメ」は
魅力的な“コラボ相手”に

CDバブルの崩壊がJ-POPとアニソンの距離感を急速に縮めたとはいえ、現在J-POPサイドのミュージシャンが仕方なくアニソンを手掛けているのかといえば、決してそうではない。そこには次の3つの変化が働いていると考えられる。

1.世代交代によってアニメに親しんでいるミュージシャンや業界人が増えた

2.価値観の変化により、アニメ好きをイメージ的に公言できなかったミュージシャンが解放された

3.アニメクリエイターの認知により、「アニソン=タイアップ」ではなく「コラボレーション」になった


これら全てをひっくるめた象徴的な事例こそが、2007年〜2021年にかけて続いた、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズと宇多田ヒカルのコラボレーションである。

宇多田ヒカルは日本におけるアルバムセールス1位の記録を持ち、名実ともにトップに君臨するミュージシャンであるのはご存知の通り。そんな彼女が「CD不況」を理由に仕方なくアニメに接近するとは考えにくいだろう。

実際、このタッグが実現した背景には、宇多田ヒカルが『エヴァ』ファンであると公言していたことがある。『エヴァ』の庵野秀明総監督はそのことを知っており、新劇場版シリーズ制作当初から主題歌の依頼を念頭に置いていた。ここに“相思相愛”の関係があったわけだ。

宇多田ヒカル『One Last Kiss』

とはいえ、シングル1曲で莫大な金額が動くビジネスである以上、その裏側にはハードワークを伴う交渉や調整があったのは想像に難くない。

実際に当時の裏側が窺える書籍『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 全記録全集』を読む限り、宇多田ヒカル側の事務所やレーベルスタッフに「アニメ」への理解や認知向上がなければ、実現に至らなかった可能性も十分にあったと想像できる。

しかし、結果としては宇多田ヒカルの長期活動休止中にすら特例として新曲「桜流し」が提供され、全シリーズを通しての長大かつ濃密なコラボレーションとなった。

そしてこの『エヴァ』×宇多田ヒカルというトップクラスのタッグによって、アニメカルチャーはさらに市民権を得たと見ることができるだろう。なにしろ新劇場版シリーズ第1作目『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 』は興収20億円、最終作『シン・ヱヴァンゲリヲン劇場版』は興収102.2億円である。

もちろんミュージシャンや事務所側に与えた影響も少なくないはずだ。宇多田ヒカルという人気・評価ともに最高クラスに位置付けられるアーティストが普段と何ら遜色のない楽曲を提供し、既存ファンもアニメファンもそれを受け入れたとあれば、もはやアニソンとJ-POPの差はどこにあるというのか。

これは妄想に過ぎないが、山下達郎による細田守監督作品『サマーウォーズ』(2009年)への楽曲提供も、『エヴァ』と宇多田ヒカルなしには実現しなかったのではないだろうか?

いずれにせよ、作家同士の交流という点からも、ファン獲得という点からも、アニメ作品とミュージシャンの両者がともに「外部」を得られるのならば、「アニソン」は非常に優れたコラボレーションコンテンツに他ならない。

その実現を目の当たりにできる現代を、本稿では祝福したいと思う。

文/照沼健太

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