【漫画あり】母からの虐待、生活のためにキャバ嬢、突然倒れた最愛の父…Xジェンダーでアセクシュアルな漫画家が精子バンクで出産した理由
集英社オンライン / 2023年1月20日 17時1分
幼い頃からの性別への違和感、恋愛・性的感情への無関心と戸惑い、母からの虐待……。さまざまな経験をした末に「家族がほしい」と望んだ著者が決断した、「精子バンクでの出産」という選択。迷い、悩んだ末に出産して、選択的シングルマザーとして生きる漫画家・華京院レイさんの現在。(前後編の前編)
精子提供を受け、女児を出産した漫画家
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漫画家の華京院レイさん(37)は精子提供を受け、6年前に女児のいっちゃんを出産した。
みずからを男性・女性いずれの性別に合致しないと感じているXジェンダーである。
「小さい頃から自分を男性だと思っていました。でも、それも流動的かもしれません。現に自分を男性だと思っていましたけど、いざ、男性ホルモンを打ち、男性社会へ入ってみたら、なかなかなじめなくて。自分としては『Xジェンダー』というのがしっくりくるというか、居心地のよさを感じたので、Xジェンダーと名乗るようにしています」
そしてもうひとつ。華京院さんは、他者に対して性的欲求・恋愛感情を持つことがないアセクシュアル(Asexual)だ。
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「アセクシュアル」と言われても、まだこの言葉自体あまり浸透しておらず、「どういう人を指すの?」となるかもしれない。アセクシュアルの調査・研究は広く知られていないためか言葉の認知度もLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)より、高くない。
もちろん、LGBT+やLGBTsの、+やsにアセクシュアルは含まれている(ほか、+やsにはQuestioningなどのセクシュアリティも含まれる)。
「ワイドショーで有名人の熱愛や不倫報道が流れても興味が持てない感じです。そうですか、としか思えなくて(笑)。たとえば野球に興味がないのに、『今日は巨人が勝った!』とか言われても、だから何?となってしまう感じというか。
アセクシュアルの人全員がそうかはわからないですけど、恋愛をテーマにした歌やドラマにも興味がなくて。恋愛ものはあまり見ません。少年漫画は好きでよく読みます。これまでに誰かとつき合ったこともありません」
現在、次作品のプレゼンを編集者にしているが、アセクシュアルゆえの悩みがあるとい話す。
「編集の方に、『この女性はこの彼氏のどこが好きなの?』って聞かれるんですが、アセクシュアルなのでわからないんです(笑)。作品を描くにあたってもそこが大変で。恋愛の部分になるとわからない状態に陥ってます」
そんなXジェンダーでアセクシュアルである華京院さんが、なぜ、精子提供を受け、子供を持とうと思ったのか。セクシュアリティの面だけを見れば、子供を持ちたいと思うことへの距離はかなりあるように思える。
母親から殴られ、アセクシャルのような父親に育てられた
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華京院さんは近代的な高層ビル群の足元に下町情緒が残る地区、東京中央区・佃で生まれ育った。当時にしては遅いほうの結婚であった30代の両親は、結婚相談所で知り合い、結婚した。
傍から見れば、伝統的な日本の普通の家族だ。けれども、華京院さんは、幼少の頃をこうふり返る。
「いい場所でいい家庭をつくろうとしたばっかりに、ハリボテの家族ができちゃった感じです。母は上品なお嬢様に育てたかったみたいで、その理想像から外れる言動をすると殴られました」
幼少期から、本来の自分は虫取りが好きな活発な男の子だと思っていた。ただ、そうしたありのままの自分をさらけ出すと母親から殴られてしまう。いつしか、幼心に暴力を回避する術を無意識のうちに身につけていた。
「なぜ殴るの?とはずっと思っていて、考えた結果、私が悪いから殴られるんだという結論に至りました。だから、社会的には明るくて楽しいお嬢様を演じていたんです。無意識だったので、生きる術だったんでしょうね。それをしないと生きていけなかった」
母親は華京院さんが0歳の頃に実家へ帰ってしまい、一時的に育児からも離れていた。現在でいうネグレクト(育児放棄)だ。その間の育児や家のことすべては父親が行った。寡黙な人だったが、華京院さんは父親に感謝し、今も一番に愛情を感じている。と同時に、父親を冷静に見てもいる。
「父は本当は独身でいたかったのかもしれません。私、父も完全にアセクシュアルだと思っているんです。恋愛の話をしたら、恋愛をしたことがないといった反応だったので。父が若い頃にアセクシュアルの人がいなかったのではなく、気づかなかったか、表にださなかっただけだと思います。もちろん、ゲイの人もレズビアンの人も昔からいたと思います。そういったなかで“結婚しないといけない”というまわりの圧力があったのかと。そして結婚したら、次は子供をつくってと…」
父親は数年前に亡くなっている。結局、父親のセクシュアリティを知ることはなかったが、華京院さんの親世代(団塊世代)の性的少数者は、現在よりももっと窮屈な思いをして生きていたのかもしれない。
両親へのカミングアウト、父親の半身不随…
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明るく楽しいお嬢様を演じる日常を過ごす一方で、中学生の頃に声を出すことができなくなり、やがて引きこもる。浮き沈みの激しい当時の様子は、配信中の新刊『精子バンクで出産しました! アセクシュアルな私、選択的シングルマザーになる』(KADOKAWA)にも描かれている。
やがて生活の糧を得るためにキャバ嬢へ。そして本来の自分になりたいと男性ホルモンを打ち始めたのが2011年だ。この当時の話も漫画として描かれている(本稿ラストに漫画の一部を掲載)。
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その間に大きな出来事が2つあった。ひとつ目は25歳のときに両親にカミングアウトをしたこと。
「母親からは『あなたが性同一性障害のわけないじゃない』と否定されました。認めたくなかったんでしょうね。普通の女の子であってほしいと。父もやはり認めたくなかったようで『お父さんはそんなことないと思う』といった感じで否定されました。
テレビなどで放送されるカミングアウトが美談なだけであって、絶対、カミングアウトに失敗している人ってたくさんいると思います。私もそのうちのひとりなんですけど」
そして、2つ目は父親が脳出血で倒れ、半身不随になったことだ。脳に障害が残り、会話もままならなくなった。唯一、愛情を感じることができた父親と、会話が成立しない。それを知ったときは衝撃だったと振り返る。
「父は生きているけれど、死んでしまった感覚に近いかもしれないです。それまで知っている父とは全然違っていました。『あー』とか『こんにちは』、『おなかすいた』とか簡単なことしか言えない。脳の障害で会話のキャッチボールができなくなっていました。ショックでしたね」
ひとりぼっちになってしまったと強烈な孤独感に襲われた。そのときに、初めて湧きあがってきたのが「家族がほしい」という思いだった。
「私の知っている父がいなくなってしまった。家族がいなくなってしまったのほうがふさわしい表現かと思います。その瞬間でした、家族がほしいと思ったのは。子供がほしいよりも、家族がほしいでした。逆に言えば、それまで『家族がほしい』と思ったことはなかったです」
華京院さんが精子提供を受けて妊娠・出産をしたのは、家族がほしいという切実な願いからだった。そして、まず「養子を迎える」ことを考えた。しかし、現在、特別養子縁組の要件は配偶者がいる夫婦でなければいけない。シングルの人や婚姻関係にない男女は要件を満たしていないことになる。友情結婚の選択肢はなかった。最後に残っていたのが、精子提供だった。
自力で海外の精子バンクを探し、ドナーを探し、妊娠・出産をした。
事象だけを書くと、あっさりとまとめてしまっているが、精子バンク探しも、ドナー探しも、妊娠届け出書など役所関連の手続きも、妊娠・出産ともに、すべて大変な作業だったという。精子提供でシングル(選択的シングルマザー)であることが、一層そうした手続きを(特に役所の手続き関連)困難にした。
ノンフィクション漫画エッセイ『精子バンクで出産しました!』を読む(すべての画像を見るをクリック)
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取材・文/中塩智恵子 インタビュー撮影/高木陽春
『精子バンクで出産しました! アセクシュアルな私、選択的シングルマザーになる』(KADOKAWA)
華京院レイ
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2023/01/13081057007451/0/2552_006.jpg)
2023年1月10日
1210円
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幼い頃からの性別への違和感、恋愛・性的感情への無関心と戸惑い、母からの虐待……。さまざまな経験をした末に「家族がほしい」と望んだ著者が選んだ、「精子バンクでの出産」という選択。迷い、悩んだけれど、それでも私は「父」でも「母」でもなく、ただ「親」としてこの子を愛したい。笑いあり、涙ありの、精子バンクでの出産を描いたノンフィクションコミックエッセイ。
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