中尾ミエ、76歳。付け焼き刃は通用しないときが来るんです。その大失敗があったから、今がある。自分のために、自分に投資するようになりました
集英社オンライン / 2023年1月23日 11時1分
芸能生活60年超の歌手で女優の中尾ミエさん。デビュー秘話、仕事での大失敗から気づいたことなど『76歳。今日も良日 年をとるほど楽しくなる70代の心得帖』(アスコム)より一部抜粋・再構成してお届けする。
実家の倒産が人生の転機に
<ミエのこころえ>
流れに逆らわずに生きてきた。
だから、つらいとか嫌だとか
思ったことがないんです。
子どもが働けるところなんて、
芸能界以外ないじゃない。
自分ばっかり働いて苦労したとも、
思いませんでした。
私は6人きょうだいの4番目。子どものころ、父は九州の小倉(福岡県北九州市)で書店を営んでいて、母も店に出て働いていました。
きょうだいみんな、あれこれ習いごとをしていました。私もバレエやタップダンス、ピアノの稽古に通わせてもらったりして、割合、豊かに暮らしていたんです。
けれど父の店が倒産し、すべてをなくしました。
小倉を離れ、家族で千葉、そして東京に出てきました。最終的に落ち着いたのは四畳半と六畳の家。広い家から一転、親子8人が折り重ならないと寝ることさえできないような狭い家に住むことになったんです。
親はなんとか立て直そうと思っていたんでしょうが、暮らしは一向に上向かず、ついに私の学校の月謝を払うのも大変になってしまったんです。
そのとき私、「よし、働こう」と思ったの。
13歳のときに私は、ラジオの『のど自慢大会』で優勝したんです。
それで、進駐軍のキャンプなどで歌い始めました。
洋楽が好きだった母の影響で、私もジャズが好きだったの。ジャズを小さな女の子が歌っているからか、キャンプではすごく受けて、評判は悪くなかったみたい。
そうしているうちに、渡辺プロダクションへの紹介状をくれた人がいたんです。
それで私、「これだ!」と思って、紹介状を持ち「雇ってください」と出かけていったんですよ。
親なんかついてきてくれないわよ。ひとりで、電車に乗っていったんです。
紹介状があったところで、すぐに雇ってくれるはずもありません。
でも、14歳の子どもが働けるところなんて、芸能界以外ないじゃない。
自分が働く場所は、縁をもらったこのプロダクションしかないと思っていたから、こっちだってあきらめるわけにはいかない。
毎日毎日、私、通いました。
行ってもすることがないので、事務所でうろうろしているわけ。そのうちにいるのが当たり前みたいになって……完全に、押しかけですね。
実を言えば、歌手になりたいとは思ってなかったし、芸能界への憧れもまったくなかったんです。
歌も嫌いではなかった程度で、それほど好きでもなかった。
「何がやりたい?」と聞かれたときに「歌ってみようかな」と答えたのは、それ以外思いつかなかったから。
とにかくお金を稼ぎたいというだけだったの。
でも渡辺プロに巡り合えたことは、本当にラッキーでした。
渡辺プロは、当時まだ差別や偏見が残っていた芸能人の待遇改善と地位向上を目指して生まれた新しい芸能事務所だったから、タレントを大切にしてくれました。
どのみちなるようにしかならない
なぜ自分が働こうと突然思ったのか。
深い考えはないんです。ほかのきょうだいから頼まれたわけでもないし、親から言われたわけでもありません。
自分はそういう運命だと思ったんですよ。
誰にも相談せず、自分ひとりで決めたのも、私の中では自然の流れだったような気がします。
悲壮な覚悟なんてなかったし、それでつらいとか嫌だとか、自分ばっかり働いて苦労したとも思いませんでした。
当時は、中学を出て働く人も大勢いたんですよ。「金の卵」といわれ、農村から東京や大阪などの大都市に列車に乗って、集団就職してくる若者も多かったしね。
人生はこういうものなんだなって、感じ。
そのときにはもうすでに、私は自分の世界を持っていたんだとも思います。
うちは、商売をやってたでしょ。子どもが6人もいたでしょ。
生まれたときから、親は仕事で忙しくて、面倒なんてろくにみてもらえなかったんです。
習いごとをしたのも、とりあえず外に出しておけば、子どもの世話をしなくてすみ、仕事ができたからだったと思うの。
そんな環境の中で育った私にとって、自分の頭で考えて行動することは当たり前のことだったのね。
どのみちなるようにしかならないのだから、という思いもありました。
大人からしたら、自分の意見を持っている、生意気で扱いにくい子ではあったと思うけど、私自身は、大きな運命の流れに逆らわずにきたような気がします。
歌もダンスも下地がなかった
<ミエのこころえ>
付け焼き刃は
通用しないときが来るんです。
その大失敗があったから、今がある。
自分のために、
自分に投資するようになりました。
膝を痛めたのはたまたまじゃない
ちょっとがんばればこなせる
という時代は終わったんだ、と思いました。
デビューしてすぐにヒット曲に恵まれたので、歌もダンスもまるで下地がなかったんです。
歌いながら踊ることもあったけど、子どものころにバレエをかじったおかげなのか、何回か習えばそこそこ踊れたので、改めて習う必要も感じていませんでした。
30歳のときに、リサイタルをやることになったんですよ。
ショーの目玉がダンスナンバーでした。5分を超えるくらいの長いもので、ふりつけも、そこそこ難しかったんです。
でも例によって、1週間ほどのリハーサルでなんとか踊れるようになって、明日、初日というとき、階段を下りていたら、膝がバキッと音をたて、それから動かなくなっちゃったの。
力がまったく入らない。歩けない。目の前が真っ暗になりました。
でも足が動かないなんて、言っていられない。
どうしたって、明日はステージに立って踊らなくてはならない。
もうチケットを売ってしまっているんだから、お金を払って、楽しみに待って、明日、会場に見に来てくれるお客様がいるんだから。
そのダンスナンバーがいちばんの見せ場なんだから。
もう泣けてきましたよ。
大失敗が自分を見直す機会に
すぐに鍼治療に行き、本番当日も置き鍼をしてもらい、必死に務めましたけど、案の定、満足いくパフォーマンスにはほど遠かった。
ちょっとがんばればこなせるという時代は終わったんだ、と思いました。
膝を痛めたのは、たまたまなんかじゃない。
今回は鍼治療でなんとか舞台に立てるまでに持っていけたけど、同じことをしていればこの先、またこんなことが起きる。いや、もっとひどいことがきっと待っている。
付け焼き刃はもう通用しない。ちゃんとトレーニングしないとダメだ。と。
膝が癒えるのを待って、ジャズダンスを、腰を据えて本格的に始めました。
ボイストレーニングも定期的に通うようにしました。
以来、自分自身を磨くために投資をするようになったんです。
生活も見直しました。
夜遅くまで収録や打ち合わせがずれ込むなど、芸能界は時間帯が不規則で、ちょっとでも気を緩めると、睡眠も食生活も乱れてしまいます。
できる限り早寝早起きを守り、忙しくても一日三食しっかりとるよう徹底したのもこのときからです。仕事が夕方からの日でも、毎朝8時には起きると決めました。
食事の内容も、とにかくバランス重視で、まんべんなく栄養を摂取するよう心がけました。
二度としたくないつらい経験でしたが、自分を見直す機会となりました。
この年まで元気で走ってこられたのも、そのおかげです。
76歳。今日も良日 年をとるほど楽しくなる70代の心得帖(アスコム)
中尾ミエ
![](https://assets.shueisha.online/image/-/2023/01/16015426785015/400/2563_001.jpg)
2022年10月26日
1,540円
212ページ
978-4-7762-1230
16歳で鮮烈なデビューを飾って以来、60年。
御年76歳となった中尾ミエさんが綴る書下ろしエッセイです。
ミエさんの生き方には、つねに “やりたいこと”“楽しいこと”に向かって真っすぐに進んでいく力強さがあります。
「いつか」ではなく、「いま」動き出すこと。
挑戦を恐れないこと。
人に会いにいくこと。
でも、ひとりを楽しむ時間も大切に。
それによって、いくつになってもワクワクし、人生を楽しむことができる。
そんなミエさんのメッセージを同年代の方、まだ若い方、あるいは80代、90代の人生の先輩となる方々にお届けいたします。
外部リンク
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