戦国時代でも「味噌が切れれば、米なきよりくたびれるものなり」と言われ、過酷な戦場の栄養源として米よりも重視される風があった。その味噌をもっとも上手に利用した武将は誰かと言えば、徳川家康だと思う。
「16人の子だくさん」で「健康オタク」だった徳川家康。66歳で子供を作るほどの精力の源は「麦飯」と「焼き味噌」
集英社オンライン / 2023年1月22日 13時1分
1月8日からNHK大河ドラマ「どうする家康」がはじまった。現代ほど食文化が発展していなかった戦国時代、家康はどのようなものを食べていたのか。歴史資料をひも解き、いまある食材で再現を試みた黒澤はゆま著『戦国、まずい飯! 』(集英社インターナショナル)から一部抜粋・再構成してお届けする。
豆味噌が大好きな家康
岡崎城から西へ8丁(約870m)行ったところに位置する八丁村(現八帖町)で、八丁味噌という名物味噌が生まれた。八丁味噌という名称は江戸時代になってからだが、今もなお〝カクキュー〞と〝まるや〞という2つの老舗が頑張っている。
ちなみに、カクキューを経営する早川家の始祖・新六郎勝久は、もともと今川家に仕える武将だったが、桶狭間で義元が敗死したことをきっかけに、武士をやめ岡崎に落ち延び、味噌造りを始めたという。
家康の出身地、三河は豆味噌文化圏である。豆味噌は大豆しか使わないため、たんぱく質含有量が味噌のなかで最も多い。朝鮮半島から高麗人がもたらしたと伝えられる豆味噌の製造法はユニークで、『聞き書 愛知の食事』(農山漁村文化協会刊行)によると、松平家がかつて拠点にしていた安城(あんじょう)の家庭では、次のような製法で造られていた。
家康が愛した「麦飯のおにぎりと焼き味噌」
まず大豆を、指ではさんでつぶれるくらいの柔らかさになるまで煮る。その後、ざるに取り上げ水を切ったら、臼(うす)にあけ、杵(きね)で豆を八分までつぶす。そして、桶に移して団子状にまとめるが、この団子を味噌玉と呼ぶ。味噌玉には棒で穴を開け、2、3乾かした後、この穴に縄を通して、風通しのよい場所に吊るす。
2か月くらいすると、白い花と呼ばれる、かびが咲くので、仕込みにかかる。味噌玉を洗って汚れを取った後、槌(つち)か杵で砕き、桶に塩を間に入れながら4回くらいに分けて移す。
水を加えてかき混ぜ、一昼夜置いてから、味噌の表面にふたをするように塩をした後、三河木綿(もめん)をかぶせ、その上に中ぶたを重ねて、重石を置く。味噌蔵に2年ほど寝かせて出来上がりである。
工場に見学に行った際、巨大な樽1つで6tの味噌が仕込まれると説明された。味噌汁にすれば30万人分、1人の人間が毎日食べて800年もつ量だという。この木桶1つあれば、1万人の軍隊が10日食いつなげるということになる。
木桶の上の石積みは今でもすべて人力で行われていて、重量は3トン。熟成が進むにつれ、味噌の表面は下がっていくが、その際、石積みは形を崩さず、重みも均等にかかるように保つ必要がある。それを見越して、石が積めるようになるには熟練の技術が必要で、10年以上修業してやっと身に付けられるのだという。
また、豆味噌は他の味噌と比較して醸造期間が長く、2年以上寝かせてから出荷するということだった。
家康存命の頃の、味噌の醸造はもっと小規模だったはずだが、製造法は大体同じであっただろう。石積みといい、醸造期間といい、豆味噌は随分手間暇がかかる。家康はこの豆味噌が大好きで、鷹狩りの時などは、麦飯のおにぎりと焼き味噌、もうそれだけであとは何もいらないという人だった。
家康の天下統一を支えた味噌
粗食をする人にも、食べ物にまったくこだわりがない人と、こだわりがあるあまりにそうなる人の二通りがあるが、家康は後者だったように思える。そもそも、前者は自身の身体を顧みないタイプの人間がなるものだが、家康は生涯健康に恵まれたうえ、運動大好きな人物である。
今でいえば、ジム通いや登山が趣味の人が、マクロビオティックに至るように、家康も兵法、乗馬、水練と、己の身体との対話を繰り返した結果、麦飯と焼き味噌にたどりついたのだ。
家康には、白米にのせた麦飯を減らした近習(主君の側近くに仕える者)を𠮟責したエピソードが残っているが、家康にしてみれば「好きでやっているのにいらん気を遣いやがって」と腹立たしかったのだろう。
家康の味噌好きは将軍家に受け継がれ、文政8年(1825)3月、幕府が朝廷の使者をもてなした際の料理も「味噌汁」「敷味噌」「味噌漬人参」「味噌漬なたまめ」「味噌漬あいなめ」「刺身酢味噌」と味噌尽くしである。
カクキューの八丁味噌を買って帰り、シャモジに薄く塗ったものをあぶってみた。
ぷんと香ばしい味噌の香りがただよい、いやが上にも食欲をそそる。焦げ目が少しついたものを、麦飯のおにぎりと一緒に食した。
味噌はそれ自体の栄養もさることながら、共に食べるものの消化を促進する効能もある。食文化史研究家の永山久夫氏によれば、味噌1gのなかには生きた酵母菌や乳酸菌、麴菌などが、100万から1000万も含まれているという。これらの菌が、米のデンプンと結びつき、消化を助けてくれるのだ。
そんな理屈はさておいても、米と味噌はよくあう。
味噌のなかでも八丁味噌はうまみが強烈で、独特の渋味もあるのだが、それが却って米の甘味を引き立ててくれる。米と味噌が絡み合いながら、胃の腑に落ちると、両者一体となってぼっと燃え立つようだった。
ちなみに、これも永山久夫氏が書いていることだが、男性の精子の固形成分の80パーセントを占めるアルギニンというアミノ酸は、米と大豆に豊富に含まれている。家康は66歳で子供を作っているが、その精力の源は「麦飯おにぎりと焼き味噌」だったのだ。
生涯を通じて、せっせと励み、16人もの子供を作ったおかげで、御三家をはじめとする、強力な藩屛(はんぺい)を築きあげることができた。味噌は家康に健康と長命をもたらしたのみならず、未来の世代を築く基ともなったのだ。
家康に天下を取らせ、その平和を300年近く保たせた源は、まさに味噌の力だったのである。
文/黒澤はゆま
「戦国、まずい飯!」(集英社インターナショナル)
黒澤はゆま
2020年2月7日発売
924円(税込)
新書判/224ページ
978-4-7976-8048-5
あの時、あの武将はいったい何を食べていた?
薄味を供した料理人を殺せと命じた信長、糠(ぬか)味噌汁を残して叱られた井伊直政、逃避行中に雑草を食べた真田信之、生米は水に浸してから食べよと心づかいする家康……。
歴史小説家である著者が、さまざまな文献から戦国の食にまつわる面白いエピソードを紹介。さらに文献に登場する料理を再現し、実食する。果たしてその味は……。どれだけまずいのか!?
食を通して、当時の暮らしぶりを知り、戦国の世と先人たちに思いを馳せる。
外部リンク
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