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「つながりの悪さなんて気にしないぜヒャッハー!」多感な時期の樋口真嗣の感性を形作った、富野喜幸(現・由悠季)監督の凄まじい仕事量とスピード【『機動戦士ガンダム』劇場版3部作編】

集英社オンライン / 2023年2月11日 11時1分

『シン・ウルトラマン』が絶賛配信中の樋口真嗣監督。1982年、17歳の頃に見て“爪痕”ともいうべき強烈な印象を得た、原点ともいうべきその映画たちについて、熱情を燃やしながら語るシリーズ連載。第4回は前回の続きで『ガンダム』の劇場版を語る。作る側に回って初めてわかった、富野監督の凄さとは。

俺はトクベツという願望の充足

世の中は思い通りにならないけど、願いは叶う可能性がある。そんな幻想にリアリティを感じるようになったのはいつの頃からでしょうか? なぜならば俺もしくは俺たちはトクベツだから! 市井に紛れている自分が実はトクベツな人間なんだ! お前たち凡俗とは違うけど今日のところは大目に見てやってんだ、そこんとこ忘れて勘違いすんじゃねえぞ! と心の中で吠える狐狼インマイマインド!



それもこれもやはり、私が思春期に出会った富野喜幸※さんのせいです。

※『ガンダム』シリーズの総監督。現・富野由悠季氏

2009年、イタリアのロカルノ映画祭で名誉賞を受賞した際の富野氏
写真:AP/アフロ

あまりソリの合わない従兄弟含めて、一族郎党が実は地球に逃げ延びた絶滅寸前の異星人だった『無敵超人ザンボット3』(1977~放送)とか、空襲のどさくさ紛れに親父の仕事道具に乗ったら誰よりも上手く操縦できた理由が、まさかの環境に適応して進化した人類の変異種だった『機動戦士ガンダム』(1979~放送)とか、俺は黙っているけど実はみんなと違うんだ、というトクベツな存在になりたい願望を充足させてお釣りがくるぐらいの幻想を、田舎の中学校の教室に居場所がない東京からの転校生にとってはまさしく福音とも言える物語を、もたらしてくださったのが富野喜幸 だったのです。

時を同じくして次々に創刊されたアニメ雑誌の数々。そこで語られる富野監督の御言葉を噛みしめ、来るべき新作発表を心待ちにしておりました。神よ! いざ作る側に回って初めてわかる凄さのひとつは、速さです。我々が視聴して消費するスピードを凌駕する加速で生産し続けているのです。
前回触れた『ガンダム』の本放送時に富野監督の執筆が始まった、“ノベライズではない、まったくのオリジナルの”小説版といい、凄まじい仕事量をこなしていくのです。

何よりもすごいのが『ガンダム』本放送終了から半年も経たない1980年5月には、もう新作のテレビシリーズ『伝説巨神イデオン』の放送が始まったことです。
それと並行してテレビ版を再編集した劇場版『ガンダム』が、1981年3月には公開されます。『イデオン』は1981年1月まで放送していたのに、ですよ?

1本の映画のなかで唐突に絵が変わる

さすがに劇場版『ガンダム』1作目ではそれほど多くないのですが、さまざまな理由や事情が絡み合った結果、新規作画されたカットが挿入されることとなります。 当時、総監督の富野氏はフィルムで編集することを許されず(デジタル動画ファイルでもなくビデオではなくフィルムベースで編集をするため、作業用のプリントをネガから焼くだけでもとんでもない金額がかかるから)、なんと絵コンテを切り貼りして、コンテ上で編集をしたといいます。当時のサントラのライナーノーツに、監督が“切り貼りアニメ”と卑下したくだりを含む寄稿文がありましたが、当時は何のことだかわからず、同じような仕事をして初めてその苦渋に気づいた次第であります。

そうやって紙の上のコンテだけで1本の映画を再構成していく上で、足りない場面、整合性を取るための場面が新たに作られるのですが、この新作カットがいい言い方をすればクオリティが異様に高く、悪い言い方をすればテレビ版をそのまま使っている前後のカットとのつながりに違和感がありました。 病に伏し、テレビシリーズ後半に離脱したキャラクターデザイナーの安彦良和さんが復帰して、本来の設定とかけ離れた顔の作画(過酷なスケジュールのテレビシリーズでは、すべて修正しきれないことがままあったのです)を片っ端から直したからだけでなく、彩色、撮影という画のルック、トーンもめちゃくちゃ精細になっていたのです。

特に、ヘルメットの防眩シールドを通したモビルスーツのパイロットたちの顔色が、テレビシリーズでは青っぽいモノトーンで平坦に塗られていたのに対し、劇場版ではワントーン落ちた色合いのなかに微妙な濃淡をつけてありました。おそらくテレビシリーズでは使えない、特色の使用によって実現したイメージだったのです。

左がテレビ版、右が劇場版(『Ⅲ』)のアムロ。シールド越し部分などカラー表現の違いが見える

…長期にわたる制作期間とそれに見合わない予算で作らされていた当時のテレビアニメでは、セル画を彩色するための絵の具にも制約があったと聞きます。なんせ1枚1枚パートタイマーに塗ってもらうためには、各家庭にそのためのセル絵の具一式を置いてもらわねばならないのです。あの時代の限られた色を使ってあの崇高なイメージを定着させるのはまさに戦いであったのです。

1本の映画のなかで、唐突に画面全体のトーンが変わり、わずか1年間を経ただけのテレビ版と劇場版の画質、というよりも、絵作りのフィロソフィーが格段に進化している。たかだかロボットアニメでも、ここまでリアルな絵で勝負できる! 俺たちだって本気を出せばこのくらいやれるぜ!というテレビアニメ専門スタジオの意地が、数少ない新作カットからあふれていました。均一な品質が低コストで実現できるデジタルの着彩&撮影が当たり前の世の中で育ったなら、その矜持も理解できないかもしれませんが、当時の観客としては「つながらない!」とダメ出しの気持ちより、「うおー新作やべえー!」という高揚感が勝っていました。

これで『ガンダム』が終わるーーやっと終わったのだ

映画を作っている人間は、大きく分けて2種類の人種にだいたい分類できます。「一度決めたルールは絶対に守る。ルールをはみ出した表現はたとえそれがどんな魅力的であっても修正すべきである」 というルールブック遵守型。一方に、「表現は自由に飛躍すべきであり、そのために損なわれた整合性は飛躍にともなう快感の前には意味をなさない」という快楽至上主義者。

どちらも正解であり、どちらかだけでもダメだと思うのですが、この対立する両極をいかにうまく取り入れるかがむずかしいのです。私はあの多感な時期に、『ガンダム』劇場版の“新作カットたちの多少のつながりの悪さなんか気にしないぜヒャッハー!”という衝撃をモロに浴びたせいで、整合性に対する厳格さに欠ける傾向があるような気がします。もう直らないのであきらめてますが。

受験の前日に『ガンダム』小説版3作目が発売されるという試練を乗り越え、無事に受験が終わり、高校に進学する春休みに第1作が公開された劇場版3部作においては、1作ごとに新作カットの数が増えていくし、渡辺岳夫、松山祐士両氏による音楽も大編成になった新規録音となり、新作を見るような新鮮さに痺れまくりました。

『機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙(そら)編』のララァ・スン

しかも音楽に新たに参加したのが武市昌久さんと久石譲さんでした。武市さんは当時隆盛を誇っていたシーケンサーで、ミニマルなループをベースにしたシンセサウンドを主体に、久石さんは『風の谷のナウシカ』(1984)で宮崎駿作品に参加し、その才能がブレイクする前夜の胎動のような趣のスコアを、1981年夏に公開された2作目『機動戦士ガンダムⅡ 哀・戦士編』で提供しています。この音楽が、テレビシリーズから格段に進化した映画としての新しさを象徴し牽引していく、シンボルのような存在でした。

そして2作目の公開から8か月という、それまでのハイペースと比較すると長い製作期間を経て、1982年3月に完結編である『機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙(そら)編』が公開されます。8か月のブランクはダテではなかったのです。冒頭の、低軌道上で迎撃するドズル艦隊を瞬殺するガンダムに始まり、その新作カットのつるべうち…単なるカット単位の修正だけではありません。カット割りに始まる演出面のアップデートがとんでもないのです。

テレビの時間的予算的制約でかけられていた枷が一気に解放されて、誰も見たことない宇宙を舞台にしたモビルスーツ戦——そしてヒロインのひとときの休息という日常描写を、繊細で美しいアニメーションで表現する。脳内補完を必要としない最高の作画密度で、単なるテレビの再編集ではない、誰も見たことのない新作の『ガンダム』が現れ、当時みんなが望む形で願いが叶い、アニメ映画が進化したことを実感した最後の幸福なひとときだったのです。 これで『ガンダム』が終わる——やっと終わったのだ。

数年後には続編が現れて、消費のサイクルに組み込まれていくのですが。

『機動戦士ガンダム』劇場版3部作
テレビ版全43話を3部に分け、新作カットを追加したうえで、『機動戦士ガンダム』(1981)『同Ⅱ 哀・戦士編』(1981)『同Ⅲ めぐりあい宇宙(そら)編』(1982)として劇場公開、大ヒットを記録した。特に『Ⅲ』は新たに作画された部分が多かった。「アムロは俺だ」と叫んだ樋口少年14歳はその後、映像制作の道を志してGAINAXの創設にかかわり、その名は『新世紀エヴァンゲリオン』でアムロと同じく父親がらみでロボットを操縦することになる繊細で異能の主人公・碇シンジ14歳へと投影されていく。

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