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「杜氏に逃げられた」ことがきっかけに。世界が絶賛する奇跡の酒「獺祭」を生み出した旭酒造のデータ活用

集英社オンライン / 2023年1月30日 10時1分

従来の酒造りは、その大部分が杜氏と呼ばれる職人の経験と勘を頼りに行われていた。しかし「獺祭」で知られる旭酒造は、データを活用した酒造りを積極的に進めている。データ活用が、同社の酒造りにどのような恩恵をもたらしているのか、同社の取締役社長・桜井一宏さんに詳しい話を聞いた。

「断絶」から生まれたデータ活用

「獺祭」という日本酒は、日本国内はもとより、海外でも高い評価を受けている。2022年9月には、ニューヨークのオークションハウス「サザビーズ」に出品し、1本約115万円で落札され話題となった。さぞや長年の伝統により磨き上げられた逸品なのだろう……と思いきや、実は獺祭というブランドが生まれたのは30年前。いわば「新参のブランド」と言ってもいいかもしれない。


獺祭を製造・販売する旭酒造は、酒造りにデータ活用を積極的に取り入れ、20年ほどで急激に頭角を表してきた。

山口県岩国市にある旭酒造の本社

ものづくりにおけるデータ活用というと、同じものを作る再現性、製造工程の効率化や省力化、さらにはコストの削減などといったキーワードを思い浮かべる人が多いだろう。しかし、旭酒造株式会社の代表取締役社長・桜井一宏さんに話を聞くと、意外にも「そうした効率化のアプローチとは真逆の方向性だ」との答えが返ってきた。

同社のデータ活用について具体的な紹介を行う前に、まずは同社がデータ活用に舵を切った経緯を説明しよう。

一般的な酒造りにおいて、酒蔵は「杜氏(とうじ)」と呼ばれる酒造りの専門家を外部から招き入れ、杜氏が引き連れてきた蔵人と共に酒造りを行う。かつては旭酒造もそのルールに倣った酒造りをしていたが、20年ほど前、それまで一緒に酒造りをしていた杜氏に去られてしまったそうだ。

「今の会長、つまり先代の社長の頃の話です。会社としては、うまい酒、純米大吟醸を作らないと未来がないと感じていました。一方で杜氏は、従来どおり普通酒を中心とした酒造りを続けたかった。ちょうどその頃、会社が地ビールで失敗して大きな負債を抱えてしまい、杜氏も会社が潰れて給料がもらえないかもしれない、といった不安を抱いたのだと思います」

杜氏がいなくなった旭酒造は、自分たちで一から酒造りを行うことを決意。データ分析による酒造りはそれ以前から少しずつ行っていたそうだが、自分たちが品質にコミットし、酒造りに取り組んでいく中で、データをとり、結果を検証していくことの重要性が増していった。その後は着実に人々の支持を掴み、2003年には海外進出と果たすなど、獺祭のブランドを揺るぎないものにしていった。

旭酒造の代表取締役社長で、4代目蔵本の桜井一宏さん。酒蔵とは無縁の大手メーカーを経て、2006年に家業の旭酒造に入社。同社の海外展開などを手掛け、2016年より代表取締役社長に就任

AI を試したからこそわかる「わからないこと」

2018年には、富士通および富士通研究所と共同でAI活用に対する実証実験に取り組み始めた。製造過程で計測したさまざまなデータをAI予測モデルにかけることで、酒造りのプロセスを最適化しようという狙いだった。

「挑戦してみたものの、実際にやってみるとなかなかうまくいきませんでした。AIを使っても、酒造りを始めて1〜2年目のスタッフが導き出せるくらいの予想しかできなかったのです。それは決してAIが悪いというわけではなくて、美味しい酒を作るための条件が非常に複雑だということなのです」

同社が計測しているデータは多岐に渡る。最初は酵母の温度経過と室温の2種類だけだったが、そのうち、アルコール度数、お米の溶け具合、アミノ酸、ピルビン酸など、次々と増えていった。しかし、「どんなに計測するデータの種類を増やしても、数値を追っているだけでは美味しい酒はできない」と桜井社長は語る。

「たとえば、同じ米、同じ酵母を使って同じ日に仕込んだものでも、味が違うことがあります。また、甘い・辛いなどの数値が同じになっていても、出来がいいものと悪いものがある。AIを取り入れて、酒造りにはまだまだわからないことがいっぱいある、そしてAIには出来ない部分が確実にあると改めて気付かされました」

現在AIを使う実証実験は依然として続いているが、試行錯誤の繰り返しの状況だ。それほどまでに、美味しい酒造りというものは一筋縄ではいかない作業なのだ。

近代的な酒蔵を持つ旭酒造。同社は酒蔵内の温度管理を行い、年間を通して酒造りを行う「四季醸造」の先駆けでもある

美味しい酒に欠かせない「人の感覚」

同社では、毎朝「利き酒」を行っているという。前日絞った酒がデスクに並べられ、味をチェックする。このとき、各種データが記録されたシートを一緒に眺め、味がよくないと感じたときはデータも見ながら原因を探る。味がいいかどうかの判断はあくまで人間の感覚であり、味覚センサやAIが決めているわけではない。

「私たちの酒造りは、辛さの度合いやアルコール度数などの数値を決めて、そこに合わせていくというアプローチではありません。美味しいことが重要であり、数値の違いなどは関係ない。『美味しい酒』という曖昧なゴールに対して、データと人間の味覚を照らし合わせながら微調整していく。非常にアナログな感覚でやっているのです」

集計したデータはプリントアウトして貼り出され、時折メモなどが書き添えられる。こういったところは非常にアナログだ

たとえば、味がよくないと感じたとき、データを見ながら「もう少し早めに温度を上げておいたほうがよかったのでは?」などといった仮説を立てる。この仮説を立てるのも人間が行う。仮説をもとに少しずつ調整を加えていき、うまくいったり、失敗したりを繰り返しながら、味をとことん追求していくのだという。

「あやふやなものを解釈して、大まかに網を張って答えを導き出すというのは、まだAIよりも人間のほうが強い部分だと思います」

杜氏の勘に頼った酒造りをやめたとはいえ、それは決して人の感覚を否定するものではない。美味しい酒を作るには、やはり「人」が欠かせないのだ。

「データ分析」と「感覚」の両輪で進む

桜井社長の話を聞いていると、データ分析と人間の感覚のどちらが正しいか、ではなく、その両方を組み合わせることが大切だとわかってくる。

「日本酒の原料になる米にしても、たとえば9月から10月くらいの時期の気温が高いと米が硬くなりやすいなど、ある程度データで特性を掴むことができます。データだけですべてが理解できるわけではありませんが、100年前にはなかった技術があるわけですから、あるものは使ったほうがいいと思います」

また、データ分析によって仮説の答え合わせができることが重要だと、桜井社長は重ねて指摘する。

「美味しい酒ができなかった場合でも、データを取っていれば『失敗した』ということがよりシビアにわかります。杜氏だったらおそらく嫌がると思いますけど。自分の失敗が、明確にわかってしまいますからね。でも、失敗も成功もブラックボックス化して『酒は経験と勘とロマンで作っていくものだ』なんて言ってしまうと、何年経っても味は進化していきません」

また「技術者の育成」という面でも、データ分析の功績は大きいという。

たとえばタンクの温度を0.1度上げるとしても、ゆっくり上げるのか急激に上げるのかで変わってくる。結局そこには人の経験が介するのだが、データを記録することで、成功したかどうかの答え合わせができる。その答え合わせができることで「経験値の積みやすさが確実に変わってくる」と桜井社長は断言する。

旭酒造の事例からは、データと人間の経験の両輪が重要だということがはっきりと伝わってくる。データ活用、ことにAI活用に関しては道半ばかもしれないが、そもそも「美味しい酒」という目標にゴールはなく、テクノロジーの活用に関しても永遠に「道半ば」なのかもしれない。

「データの蓄積やテクノロジーの進化によって、今まで見えなかった部分が浮き彫りになってくれたら、と期待しています。それは絶対、いいお酒をつくるためには必要だと思っているんです。同じことを繰り返していても、昨日よりいい酒を作るのは難しいでしょうから」

旭酒造は、常に昨日よりも良いものを目指して挑戦し続けている。奇跡の酒・獺祭のさらなる進化が楽しみだ。

獺祭の中でも最上位に当たる商品「獺祭 磨き その先へ」。「磨き二割三分」という製法を超えるものとして開発された(https://www.dassaistore.com/other_dassai/other_beyond/

取材・文/小平淳一
写真提供/旭酒造株式会社

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