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伝統と現代、パリと鎌倉が溶け合うサロン・ド・テで、絶品スフレを味わう贅沢な時間

集英社オンライン / 2023年1月27日 11時0分

鎌倉で育ち、今も鎌倉に住み、当地を愛し続ける作家の甘糟りり子氏。食に関するエッセイも多い氏が、鎌倉だから味わえる美味のあれこれをお届けする。今回は絶品スフレに出会えるサロン・ド・テ「レガレヴ」で過ごす贅沢な時間と味わいを。

膨らむスフレを眺め、待つ時間って贅沢なものだと思う

鎌倉は御成通りの「レガレヴ」に行ったら、可能な限りカウンターの一番左、オーブンの前の席に座る。私にとってここは特等席。オーブンではしょっちゅうスフレが焼かれるのだ。最初は器しか見えなかったのに、あれよあれよと種が膨らんで香ばしい色になっていくのを眺めるのが好きだ。スフレの種と一緒にこちらのわくわくする気持ちも膨らんでいく。

9分の間(時々この様子を動画で撮ったりはするけれど)スマホなんかはあまり手に取らず、ただスフレがスフレになっていくのを見つめている。待つ時間って贅沢なものだとここに座る度に思う。なんでもスピーディが良しをされる世の中だからこそ、そんなふうに感じる。

レガレヴはアシェットデセールとフランス菓子の店。「アシェット」とは皿で、アシェットデセールとは作り置きではなく注文してから作られ、皿で楽しむデザートのことである。

スフレはシェフ・パティシエの佐藤亮太郎さんの代名詞といっていいかもしれない。
パリに1766年創業の「ラペルーズ」というレストランがある。その店のスフレは歴史的なメニューとしてラルース料理百科事典に掲載されるほどだったが、すっかり途絶えていた。このレストランのシェフ・パティシエとなった佐藤さんが復活させ、見事に人気メニューに返り咲いたのだった。

ちなみにウッディ・アレンの『ミッド・ナイト・イン・パリ』の最後の方の場面に出てくるのがここのレストラン。私の好きな映画を5本といわれたら、必ず入れる作品だ。小説家志望の青年が旅先のパリでふとしたことから1920年代のパリにタイムスリップする物語。たどり着いた先でスコット・フィッツジラルドとその妻ゼルダ、ジャン・コクトーにヘミングウェイ、サルバドール・ダリ、ガードルード・スタインなどなどそれはもうきらびやかな人たちと知り合う。
この映画を見て、人は誰でも過去に憧れる、過去はいつだってロマンティックに見えるもの、そんなことを思ったのだけれど、過去を過去だけにしてしまわずに現代に甦らせたのが佐藤さんのスフレなのだろう。

味の変化とゆるやかな時間を楽しめる絶品のスフレ

佐藤さんはフランスから帰国して、2021年9月に自分の店「レガレヴ」を開業した。最初は東京で考えていたそうだが、縁とタイミングで鎌倉に決まったそうだ。あっという間にスフレが話題になり、店の前に行列ができるほどだった。

スフレはアーモンドとヘーゼルナッツのプラリネ味。運ばれてくると真ん中にナイフが入れられ、オレンジとバニラとシナモンで香り付けされたキャラメルソースが注がれる。ナッツ、果物、キャラメルとさまざまな味わいが香ばしさを伴って融合し、一つの味覚になっている。添えられるのはブラッドオレンジのソルベ。味の変化とゆるやかな時間を楽しめる一皿だ。

定番はスフレの他、「プロフィットロール」に「クレープ・シュゼット」。
「プロフィットロール」は、シュー生地の中にバニラアイスとバニラクリームを入れ、熱々のチョコレートソースと塩味をきかせたクロッカンをかけて味わう。

「クレープ・シュゼット」はビールで仕込まれたやわらかい生地にオレンジ、発酵バター、キャラメルバニラソースをからめ、グランマニエでフランベするというもの。

甘さではなく、素材の味でもなく、それらがすべて格別なバランスで合わさって生まれるハーモニーがすばらしい。定番以外は季節によってメニューが変わる。
例えば、今ならチョコレート・パフェ。こちらは甘さをほとんど感じない、チョコレートやカカオの味の重なり合いだった。カカオマスというカカオ100%のチョコレートを使っているとのこと。パフェといっても軽やかで、アイスクリームではなくソルベなので乳製品や卵は使われていないと聞いて納得がいった。

今はメニューにないが、開業当初にこちらで食べた「リ・オ・レ」が忘れられない。「リ」はフランス語で米、オ・レは「ミルクと共に」との意で、ライスプディングのこと。というか、牛乳、生クリーム、バニラ、砂糖で米を煮たものである。濃厚さとさわやかさが絡みあった一品だった。

さまざまな要素が引き合って「レガレヴ」の個性になる

コーヒー好きの私はこうした店でついコーヒーを頼みがちなのだけれど、こちらはお茶が充実している。ダマンフレールの紅茶から始まり、ハーブティーに緑茶ベースのフレーバーティー、ルイボスティー(ノンカフェイン)や烏龍茶といった具合である。チョコレート・パフェを味わった時はシャルダンブルーの紅茶を合わせてみた。新しい美味に出会うと、それにつられて今までの味覚が更新されるのが楽しい。

濃厚さと軽さと、伝統的なものと現代的なものと、フランスと日本と、さらにいえばパリと鎌倉と、さまざまな要素が引き合っているのが「レガレヴ」の個性だと思う。

そうそう、佐藤さんはパリにいた頃、テニスの全仏オープンで優勝したナダル選手のお祝いのケーキを作ったことがあるそうだ。テニス・ファンとしては、いつかナダル選手と同じ味を噛み締めてみたいなあ。

写真・文/甘糟りり子

鎌倉だから、おいしい。

著者:甘糟 りり子
伝統と現代、パリと鎌倉が溶け合うサロン・ド・テで、絶品スフレを味わう贅沢な時間_16
2020年4月3日発売
1,650円(税込)
四六判/192ページ
ISBN:978-4-08-788037-3
この本を手にとってくださって、ありがとう。
でも、もし、あなたが鎌倉の飲食店のガイドブックを探しているのなら、
ごめんなさい。これは、そういう本ではありません。(著者まえがきより抜粋)

幼少期から鎌倉で育ち、今なお住み続ける著者が、愛し、慈しみ、ともに過ごしてきたともいえる、鎌倉の珠玉の美味を語るエッセイ集。
お屋敷街に佇む未来の老舗(イチリンハナレ)、自営の畑を持つ野菜のビーン・トゥー・バー(オステリア・ジョイア)、カレーもいいけれど私はビーフサラダ(珊瑚礁 本店)、今はなき丸山亭の流れをくむ一軒(ブラッスリー・シェ・アキ)、かつての鎌倉文士に想いを馳せながら(天ぷら ひろみ)……ガイドブックやグルメサイトでは絶対にわからない、鎌倉育ちだから知っているおいしさと魅力に出会える1冊。
素材が豪華ならいいというものでもない、店の内装もまた味わいの一端を担うもの、いいバーとバーテンダーに出会う喜び……著者自身の思い出や実体験とともに語られる鎌倉のおいしいものたちは、自然と「いい店」「いい味」ってこういうことなんだな、という読後感をくれる。
版画のように精緻なタッチで描かれた阿部伸二によるイラストも美しく、まさに読んでおいしい、これまでなかった大人のための鎌倉グルメエッセイ。

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