人の一生における「よき時」とは、どんな時間なのだろうか。
二〇二一年一月号より、文芸誌「すばる」に連載(全十八回)された宮本輝氏の『よき時を思う』が刊行される。物語の始めに、三沢兵馬という少し偏屈な老人が東京・東小金井に所有する、中国の伝統的家屋建築の「四合院造り」という印象的な家が登場する。十文字の通路を有する方形の中庭を囲んで東西南北四棟があり、そのうちの一棟に間借りする二九歳の金井綾乃が牽引役となって物語は進んでいく。
綾乃の実家は滋賀県近江八幡市、かつての中山道の宿場町武佐宿の武佐。ある日実家の母から、祖母・徳子の九〇歳を祝う「晩餐会」の知らせが届く。祖母が計画した一世一代の晩餐会を背景に、金井家の家族やその周辺の人々に丁寧に光が当てられ、一人一人の生命の煌めきが物語に映し出されてゆく。中でも徳子おばあちゃんが一六歳の日に下したある決意が語られる場面は、固唾をのむ緊迫感が走る。
久しぶりに家族たちが顔を合わせる前夜祭。そして大団円の晩餐会には、どんな物語が用意されているのか。幸福な予感に満ちた小説である。著者の宮本輝氏に小説に込めた思いをお聞きした。
聞き手・構成=宮内千和子/撮影=祐實とも明