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【海獣学者に訊いた】大阪湾の淀ちゃんだけじゃない。国内では年間300件も発生。浜や河川にクジラやイルカが迷い込む「ストランディング」の実態とは?

集英社オンライン / 2023年1月31日 11時1分

クジラやイルカといった海の生物が浜に打ち上げられたり、河川に迷い込んでしまったりする「ストランディング」現象。大阪湾の淀川河口付近にマッコウクジラが迷い込んだのも記憶に新しいが、そもそもストランディングはなぜ起こるのか。多くのクジラを解剖してきた国立科学博物館の海獣学者・田島木綿子さんに、ストランディングの謎やハードな解剖作業などについて伺った。

ストランディングは、ほぼ毎日起こっている

––そもそも「ストランディング」とは、どのような現象なのでしょうか。

クジラやイルカなどの海洋生物が浅瀬で座礁したり、海岸に打ち上げられ身動きが取れない状態を「ストランディング」と言います。本来の生息域から離れて河川などに迷い込んでしまうのも、ストランディングの一部ですね。日本では年間、報告例だけで約300件のストランディングが起こっているんですよ。



––年間300件も! 日本はストランディングが多い国なんですか?

特別多いわけではありません。同じ島国であるイギリスのストランディングの報告例は、年間約600件。イギリスはストランディング関連のシステムが国レベルで整えられているので、報告例も多いんです。誰にも発見・報告されずに海に戻って漂流する死体もたくさんあるはずなので、日本でも実際はもっとたくさんのストランディングが起こっているのだと思います。

国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹の田島木綿子さん。持っているのは、アカボウクジラの胃の乾燥標本

––クジラやイルカは、どうして生息域から離れたところに来てしまうんですか?

正直に言うと、なぜかはわからないことが多いです。現状わかっている原因としては、「病気や感染症にかかってしまった」「餌を深追いして浅瀬まで来てしまった」「海流に乗って移動するはずだったのが時期や場所を間違ってしまった」「船に衝突して怪我をした」などいろいろ報告されています。

––生きたまま打ち上げられる場合もあるし、死んだ状態で漂着することもある、と。

はい。ただ生きている個体でも、救助体制が整っていないと、助からない場合が多いです。水族館に早めに通報がいき、スムーズに保護や治療をすれば海に戻れることもありますが、もともと怪我や病気が原因でストランディングしていることが多いので、助かりづらいんですよね。できれば元気な状態で海に戻してあげたいんですけど…。

ただ生きていても死んでいても対応は早いほうがいいので、ストランディングの情報が入ったときは基本的にすぐ準備をして、現場に駆けつけます。

クジラやイルカなどの海洋生物が浅瀬で座礁したり、海岸に打ち上げられる「ストランディング」現象。日本では年間約300件の事例が報告されている(写真:国立科学博物館)

銭湯で異臭騒ぎ。解剖で染み付く臭いとの闘い

––年間300件のうち、田島さんが対応されているのはどのくらいですか。

50件くらいですね。平均して1週間に1回くらい現場に行ったり、保存されていたストランディング個体を調査したりする、という感じでしょうか。まったくストランディングの報告がない月もあれば、保存されていた個体を一気に受け入れるときもあって、対応数には波があります。

また通報をもらっても、行けない場合があります。先日、佐賀県の小さな島に体長13メートルのマッコウクジラが上がったという情報があったのですが、現場への陸路がなく、海からしかアプローチできない場所で。

どうなるのかやきもきしていたら、自治体の方がなんとか処理したようです。ヘリコプターがあればすぐにでも行けたんですけど、さすがにストランディングのためにヘリコプターを出してくれることはないですね。

ストランディングしたセミクジラの調査を行う田島木綿子さん(写真:国立科学博物館)

ストランディングしたマッコウクジラの調査を行う田島木綿子さん(写真:国立科学博物館)

––たとえば気温が氷点下になる地域だと、死体の腐敗が遅くなり、対応しやすかったりするのでしょうか。

実はそんなこともないんです。寒い地方でのストランディングは、死体がすぐに腐ることはありませんが、逆にカチカチに凍って解剖できない場合があります。そのため、死体を室内に移動する必要があるんです。

北国の最終処分場は、土地柄必ず室内。我々も、ぬいぐるみや布団などが捨てられているゴミの大型処分場や、ある程度の広さがある堆肥場で解剖作業をしたことがあります。

––逆に夏場は腐敗とのスピード勝負になりそうです。

夏場の作業は、本当に過酷です。ストランディングした死体は3日経つだけで、見るも無残な姿になってしまいます。クジラは脂肪の層が厚くて、内側に熱がこもるんですよね。3日もすれば内臓はドロドロに溶けてしまいますし、体内でガスが発生して体が膨張してきます。最悪、破裂してしまうこともあるんです。

そうなると臭いもしてくるので、地元住民の方が「早く処理して」と言うのも仕方ないことかもしれません。海の哺乳類の死体は、自治体の判断で粗大ごみとして処理していいことになっています。だから処理されてしまう前に、できるだけ早く現地に行って、自治体と交渉して、並行して重機などを手配して、解剖の準備をしないといけないんです。

特に過酷な夏場の調査作業。写真は2018年8月に神奈川県・由比ヶ浜に漂着したシロナガスクジラの赤ちゃん(写真:国立科学博物館)

––腐敗臭はすごそうですね…。

私はもともと獣医なので、哺乳類の死体の臭いはそこまで気にならないんですが、解剖作業のあとは臭いがカッパや衣類、皮膚や髪にも染み付いてしまって、その後の移動が大変です。遠方でストランディングがあった場合は、ホテルに泊まったり、飛行機で移動したりする必要もある。各場所で異臭騒ぎが起きないように、とても気を遣います。

飛行機で移動する場合は、必ず公衆浴場などで体を洗ってから乗るのですが、入浴前の脱衣所で異臭騒ぎになることもよくあります。銭湯の従業員も、まさかクジラを解剖した人たちが来ているとは思わないから「誰かが吐いたんじゃないか」「使用済みのオムツが放置されているんじゃないか」とか思うみたいで、ロッカーの点検が始まったりするんです。そうなったら、とにかく急いで浴場に向かいますね(笑)。

「鍋」で巨大な骨を煮て標本を作る

––死体を解剖したあとは、それを標本にするんですか?

はい。標本にも種類があって、たとえば博物館などで見る剥製標本や骨格標本は「乾燥標本」と呼ばれるものです。骨格標本を作る方法は、解剖した上で骨格からできるだけ肉や内臓などを取り除いて、その骨を煮たり、浜に埋めて再発掘したりする方法があります。

––骨を煮る…?

骨格を煮るための「晒骨機(せいこつき)」という機械があるんですよ。私たちは「鍋」と呼んでいるのですが、その中で2週間から1ヶ月くらい煮続けて、高圧洗浄機やブラシで洗い、細かい筋肉や油脂を取り除けば完成です。

––1ヶ月も煮続けるんですか!

死体を埋めて再発掘する方法もあるのですが、その場合は二夏はかかるんです。2年が1ヶ月に短縮できるなら、そっちのほうがいいですよね。コストはかかりますが、標本の完成度としても、煮たほうがレベルが高いです。

茨城県つくば市・国立科学博物館内にある動物研究部の解剖室

骨を煮るための「晒骨機」

––もし私たちがストランディングを見つけたら、どうしたらいいのでしょうか?

基本的にストランディングを見つけたら、自治体か警察、消防署などに連絡してください。近隣の水族館や博物館も選択肢の1つです。そうした機関が適切な対応をしてくれるはずです。

––田島さんはこの研究を通じてどういったことを発信していきたいですか?

研究を進める中で、近年、海洋汚染がストランディングに関係しているのではないかという説が浮かび上がってきました。
以前、シロナガスクジラの幼体を解剖した際、胃からプラスチック片が見つかったこともあったんです。

ストランディング個体の調査は、海洋環境や海洋生物に起こっている「今」を知る方法の一つ。海洋生物が自らの死をもって教えてくれる情報を拾い上げ、発信することで、社会全体で海洋環境やそこに棲む生物と共存していくにはどうすればいいのかを考えるきっかけが作れるよう、これからも現場に向かいたいと思います。

解剖のために研究室に運び込まれた新潟県の海岸で発見されたハンドウイルカ

取材・文/崎谷実穂

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