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コロナ禍で年間38億円の売上減を乗り越えて…ルノアール一筋50年のベテラン社長が今も忘れない創業者の衝撃的な教え、「店は出すけど、商品は出さない」とは

集英社オンライン / 2023年2月3日 8時1分

かつてはひと休みしたいサラリーマンの憩いの場だったが、近年では幅広い客層でにぎわう、「喫茶室ルノアール」。純喫茶を貫く正統派の喫茶チェーンとして支持されてきたが、今、大きな変革の時を迎えている。2022年9月に就任した株式会社銀座ルノアール・代表取締役会長兼社長の猪狩安往(いがり・やすゆき)氏にコロナ禍の苦難をかいくぐり、事業再編に取り組む真意を聞いた。

快適空間を打ち出したきっかけは「資金不足」

喫茶室ルノアールはそもそも「花見煎餅(はなみせんべい)」という煎餅屋から始まった。複数の経営者で運営していたそうだが、喫茶店に将来性を見出し、新たに飲食事業へ着手する。

1964年には日本橋に喫茶室ルノアールの第一号店を出店。


創業当時の「喫茶室ルノアール」@千駄ヶ谷第2店

今でも健在の“名画に恥じぬ喫茶室”というコンセプトは、「名画に勝る喫茶店をやりたい」という絵画好きだった当時の経営者の考えが由来になっている。

ルノアールの名画「花束を待つ女性」が飾られていた店舗

しかし、その頃は飲食店を経営すること自体が難しく、銀行の融資も下りづらかったことから、資金繰りに苦労したと猪狩氏はいう。

「ルノアールの出店場所を確保するのは比較的容易でしたが、椅子やテーブルを用意するのに十分な予算を確保することができませんでした。なのでやむを得ずに、椅子とテーブルをまばらに置き、席間の間隔を開けていたんですが、これが予想に反してお客様に受けまして。このエピソードこそ、喫茶室ルノアールが快適空間を提供する原体験になっています」

「絨毯に費用をかけすぎて資金不足となり、やむを得ず椅子をまばらに配置した」という創業当時

そう語る猪狩氏は高校卒業後、1972年に銀座ルノアール入社。同社一筋50年、ルノアールとともに歩み続けた生き字引と言える大ベテランだ。

猪狩安往社長。1951年生まれ(福島県出身)

バブル期の初期にはさまざまなホテルのエントランスを見て学び、ホテルのロビーのような雰囲気を意識した店舗づくりを目指すようになった。

「ルノアールの店内で目を引く赤の絨毯ですが、実は一時期、入口で靴を脱いでお店に入る演出をしたこともあったんです。土足で絨毯に上がると磨耗してしまい、すぐにだめになってしまうため、スリッパに履き替えてもらっていたんですが、長くは続きませんでした。
こうした試行錯誤は他にもありましたが、長らく喫茶店を継続してこれたのは、お客様のニーズに応えることを常に意識してきたからだと思います」

今も忘れない創業社長の考え「店は出すけど、商品は出さない」

バブル期には店内の噴水で鯉が泳いでいた

日本の高度成長とともに、ルノアールはビジネスマンの溜まり場として栄華を極めていった。

ゆったりと落ち着く空間で長居し、タバコを嗜みながら至福の時間を過ごす。ときには営業の合間にくつろいだりと、都会の喧騒から離れたオアシスとして認知され、足繁く通うサラリーマンで繁盛するようになったのだ。

その一方、コーヒー1杯のみの注文で客に長居されてしまえば、回転率が悪くなり、利益を出しづらくなる。「原価率をいかに抑えるかにこだわっていた」と猪狩氏は話す。

「つい最近まで、食事のメニューも最低限のサンドイッチやトーストのみに絞り、原価率は1桁台を維持していました。私が影響を受けたのは創業者(小宮山 正九郎氏)の商売に対する向き合い方でした。
なかでも『店は出すけど、商品は出さない』という考えは衝撃的で、ルノアールという快適な空間をサービスとして提供し、いわばテーブルチャージとしてお金をいただくものだと。

創業者で初代社長の小宮山 正九郎氏

つまり原価0円というわけですね。そうは言っても、さすがに最低限の商品は提供しないといけない(笑)。でも、創業者の思いに今のルノアールの全てが集約されていると思うんですよ。おしぼりや温かいお茶の提供の根底には、ルノアールという空間で快適に過ごしてほしいという思いがあるんです」

ルノアール一筋50年の中で最も苦労したコロナ禍

現在の東京駅八重洲一丁目店

そんななか、2020年に突如として起きたコロナ禍は、飲食業界に大きなダメージを与えることになった。

さらに昨年は、喫茶店の倒産件数が過去最多を記録するなど、市場環境はより厳しさを増している。それはルノアールの売上にも当然著しく影響を及ぼしている。

コロナ前の2020年3月期には80億円あった売上が、コロナ禍に突入したことで半減し、直近の2021年3月期では42億円にとどまった。

「店を出してなんぼの世界ゆえ、コロナ禍では語りつくせないほど苦労した」と述べる猪狩氏は、苦境に立たされていた時期をこう振り返る。

「コロナによる外出自粛が出されて売上が立たないにもかかわらず、家賃や人件費は払わなければならいない。もう水道の蛇口から水を垂れ流しているような状態で、会社経営どころではありませんでした。私自身ルノアールで働いて半世紀になりますが、その中でも一番厳しさを感じた時期でしたね」

幸いにも、手堅く堅実な経営を心がけてきたことが功を奏し、財務状況は健全だったという。

「ある程度の流動資産を持っていたので、コロナ禍でも銀行から借り入れすることができ、苦難を耐え忍ぶことができたんです」(猪狩氏)

当時、猪狩氏は会長職だったため、現場に対してはあまり介入することはなかった。だが、今まで通りの喫茶店経営では何も変わらず、この先やっていけない。

そうコロナで感じたことから、「従業員の士気を高め、一体感が生まれるように、新しい取り組みを始めた」と猪狩氏は言う。

「毎日、粉をこねるところから始める完全手作りのパン屋『BAKERY HINATA』を、新規事業として2021年9月から始めました。0→1で事業を立ち上げたことで、従業員のやる気やモチベーションが向上したんです。現在は4店舗を展開していて、収益性を担保できるように努めています」

現在、関東に4店舗展開している『BAKERY HINATA』

「創業の地を守るか、洋菓子店を出すか」の葛藤

そのほか、既存のルノアール以外で収益性を高めるため、2022年3月には洋菓子ブランドの「シャトレーゼ」とフランチャイズ(FC)契約を締結し、食物販ビジネスにも手を広げた。

2022年7月にシャトレーゼと提携して中野ブロードウェイにオープンした

「この事業展開に関しては、収益的な観点では売上を担保するところまで成長していないので、何かマネタイズできるものはないか探していました。そんな折、シャトレーゼの洋菓子を購入するために、お客様が並んでいる光景を見かけたんです。試しに自分もさまざまな商品を買って食べてみると、素材本来の味を活かした美味しさに心を打たれ、『これを売ろう』と思うきっかけになりました」(猪狩氏)

一方ルノアールは、地下や物件の上位階に店舗を構えている場合が多く、そこを業態変換してシャトレーゼを出店するのは難しい状況だったという。

出店場所を探していたところ、当社の喫茶店「Café Miyama」が入っている中野ブロードウェイ1階の店舗に目をつけた。この店舗をシャトレーゼに変えれば、売上の見立てがつく。

そう考えていたそうだが、当初は「ルノアールの創業の地、花見煎餅の店舗のあった由緒ある場所に、他社のブランドを掲げるのは果たしていいのか、相当な葛藤があった」と猪狩氏は語る。

「いわば、ルノアールの原点ですからね。思い入れの看板を下ろすわけですから、覚悟を決めるまでは結構悩みました。それでも、新規事業で始めたベーカリーやFCビジネスのシャトレーゼは、あくまで『銀座ルノアールを支えていく上で必要不可欠』というのを前提に考えることで踏ん切りがつきました」

2022年7月にオープンするや、予想をはるかに上回る好調ぶりを見せ、シャトレーゼの全店舗のうち、ベスト10に入るほどの売上を叩き出しているそうだ。

タバコ分煙、Wi-Fi…時代とともに変化する喫茶店

コロナ禍で個人で利用できるビジネスブースを併設した店舗も増えた

また、ルノアールは2020年4月から紙巻きたばこの喫煙を禁止し、喫煙スペースを設置することで分煙を進めている。

かつてはサラリーマンが集い、新聞片手に一服する姿がお馴染みだったものの、時代の流れとともに煙草を吸う人も吸わない人も、どちらも快適に過ごせるような店舗づくりにシフトしてきたという。

「2016年以降、店舗の雰囲気を昭和モダン調に変え、メニューのバリエーションも拡充したことで、女性のお客様も増えてきました。さらに分煙に力を入れたことで、現在のお客様における男女の割合は7:3くらいになっています。とはいえ、ルノアールを支えてくれた愛煙家の要望にも応えるべく、喫煙ブースの中に紙巻タバコが吸えるボックスを設置している店舗もあります」

そして直近では、ビジネスユースを中心としたテレワーク需要で充電やWi-Fiの利用も多い。猪狩氏は、ルノアールがネット接続のサービスを導入した意外な実話を話してくれた。

「実を言うと、1990年代にソフトバンクの孫正義さんが、当時のルノアールの本社があった高円寺で、無料のルーターを配っていた時期があったんです。今でも覚えていますが、孫さんが直々に本社へお越しになり、ほんの10分~20分くらいでネット環境を無料で整えてくださいました。もし、費用が発生したら、今頃ルノアールでは充電やWi-Fiのサービスはやっていなかったかもしれない。本当に孫さんには心から感謝したいと思っています」

創業家なきルノアールのブランド価値を守り続ける

来年には創業60年を迎えるルノアール。

今後の展望について、猪狩氏は「短期的にはコロナ脱却を念頭に置きながらも、これまでとは違う視点から業態のブラッシュアップに取り組んでいきたい」と抱負を述べる。

「喫茶室ルノアールのブランドを守り、事業を拡大させていくためには、収益性の追求が鍵を握ると考えています。首都圏の地価は年々高くなっており、現状の客単価800~850円ほどでは厳しくなってきていることもあり、客単価を上げるような取り組みも必然的に求められることになるでしょう。

喫茶室ルノアールよりもアッパーな業態開発なのか、あるいは既存のブランドポートフォリオを見直して統合させるものなのかなど、あらゆる可能性を模索し、最善の選択を図って見極めていきたいと思います」

2022年9月からは、前社長の体調不良によって急遽、陣頭指揮を握ることになった猪狩氏。

「創業者の作った会社を劣化させたくない」

こうした強い思いを胸に秘めながら、社長としての手腕を振るっているそうだ。

「創業一家による経営ではなくなった今、自分が責任を背負い、ルノアールの未来を切り拓いていく。そのような覚悟を持って取り組んでいます。『商品を出さない経営』という創業の考えやリーダーシップが、すごく励みになっているので、これからも会社の歴史に恥じぬよう、精一杯研鑽を積んでいきたいですね」

取材・文/古田島大介 写真提供/銀座ルノアール

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