「THE SOLAR BUDOKAN」プロジェクトの舞台裏

週プレNEWS / 2013年1月24日 18時0分

ラストは出演者全員で『ありったけの愛』を歌い、ライブの成功を祝う。文中に挙げた以外にも土屋公平、浜崎貴司、藤井フミヤ、増子直純(怒髪天)、屋敷豪太など多数のゲストが参加

昨年末、音楽界に大きな転機をもたらす歴史的なライブが開催された。Theatre Brookの佐藤タイジが企画し、賛同するゲストを集い、ソーラーパワーのみで武道館ライブを成し遂げる!という試みを成功させたのだ。このライブを通じて彼らが伝えたかったものは何か? 企画立ち上げからの約1年半に及ぶ軌跡に迫った。

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2012年12月20日、日本武道館は熱狂の夜を迎えていた。ロックバンド、Theatre Brook(シアターブルック)を率いる佐藤タイジが企画したライブに数多くのゲストが賛同し、オールスター形式のコンサートが開かれたのだ。

参加ゲストは奥田民生、加藤登紀子、吉川晃司、斉藤和義、Salyu、Char、仲井戸“CHABO”麗市、LOVE PSYCHEDELICOなど、超豪華な顔ぶれ計16組。ラストでは出演者一同がステージに集い、シアターブルックの代表曲『ありったけの愛』で幕を閉じた。

会場を包むライブサウンドと大歓声。それだけ見てとれば、どこにでもあるライブ風景だろう。しかしこの日のライブには決定的に違う点があった。それは、楽器、音響、照明に至る、会場で使われる全電源がソーラーパワー(太陽光発電)で賄われていたのだ。

武道館クラスではおそらく史上初となるこの試みの名称は「THE SOLAR BUDOKAN」。出演者のひとり、和田唱(TRICERATOPS)は今回のイベントに対し、こんな賛辞を贈った。

「武道館で初めてロックコンサートをしたのはビートルズ。初めてソーラーで演奏したのは僕ら、このソーラー武道館ですよね!」

このひと言が象徴するように、音楽界に歴史的な足跡を残したコンサート。その舞台裏に迫る。

■ソーラー武道館は反対ではなく賛成運動

もともと佐藤にとって武道館は憧れの舞台。シアターブルックのメンバーは売れっ子のセッションプレイヤーでもあり、ほかのアーティストのバックで武道館の舞台を踏んでいる。しかし佐藤だけは未経験。そこに3・11東日本大震災が起こる。日本中が自粛ムードに包まれ、夢はいったん停止。佐藤はそのときの心境をこう語る。

「でもね、3・11があったからといって自分の夢である武道館を取り下げることはないのかなと。でも、フツーにやるのも違うだろうなと考えてました」

で、本人いわく2秒で、

「それならソーラーでやりゃいいんだ!」

と思いついたのだという。

「全部ソーラーでやっちゃえば、それは意義があるんじゃないかと思ったんです。原発反対の気持ちはあるけど、反対運動というのはネガティブな気持ちだから続けるのはとてもしんどいこと。でもソーラー電力で音楽をやるというのは反対運動ではなく“賛成運動”。ポジティブだし続けられる形だと思う。そこが大事なんです」

佐藤は震災の月からほぼ毎月、復興支援ライブ「LIVE FOR NIPPON」を都内のライブハウスで開催。ソーラー武道館構想を発表したのはその4回目、6月9日のステージ上でのことだ。

その“宣言”を客席で見守っていた男がいる。コンサートやラジオ番組の制作を手がけるワイズコネクション代表取締役社長の松葉泰明だ。

「少しは聞いていたんです。でもまさかあの場で断言するとは思わなかった。あれだけ風呂敷広げて言えちゃうんだから、太陽光発電業界に明るい人と知り合いになれたとか、背中を押すような出来事がきっとあると思っていました」

ところが……、

「終演後、タイジさんに聞くと『なんもない。知り合いもおらへんし』。エーどうするんですか?とさらに聞くと『まあなんとかなるんちゃう? あ、松葉君やってよ!』みたいな感じでしたね(苦笑)」

佐藤とは十年来の親交のある松葉。突然の提案だったがすんなりと受け入れる。プロジェクトに彼を突き動かしたウラにはこんな印象的なエピソードがある。

2001年のアメリカ同時多発テロ、いわゆる9・11の後、松葉は当時担当していたラジオ番組に佐藤を招き、“イラク戦争はあかんぞ”みたいな替え歌を披露してもらっていた。時を経て一昨年の原発事故後にも、担当する番組に「ちょっと歌いにきません? こんな世知辛い世の中だし」と電話をしたその翌日、高松空港で佐藤とバッタリ遭遇する。

「原発疎開させていた妻子に会いに実家に向かっていたときでした。『これは何かあるんじゃ?』と思いましたね(笑)。そんなこともあって、ソーラー武道館の話をされたときは『喜んでやります!』という感覚はすごくありました。僕の中では“非常時には佐藤タイジ”みたいなものがある。世界が不安になったら、佐藤タイジというアイコンは必要だなと。すごくわかりやすいメッセンジャーで熱いものを持っている」

そんななか、WOWOWがエンターテインメントの送り手として、未来のエネルギーについて考える契機にしたいという思いから、ソーラー武道館の開催を決定。松葉は制作プロデューサーとして佐藤の夢を実現する立場に回ることにした。ここから約1年半、悪戦苦闘の日々がスタートする。なかでも最も苦心したのがソーラー武道館の要ともいえる蓄電池の調達だ。

ソーラー武道館は、何もソーラーパネルから直接電気を流すわけではない。日中の発電量は、当然天候に左右されるし、ライブ本番は夜間だ。そのため、ソーラーパネルから蓄電池に電気をため、その蓄電池を電源にしようという計画なのだ。

当初は規模の大きい蓄電池を目当てに、大手メーカーにかけあっていった。だが、そこは大手ならではの縦社会。現場ではプロジェクトに賛同の声が上がっても、最終的にライブの企画意図と、企業側の意図が食い違うなど、合意には至らない。順調に進むかに思えた話もあったが、ライブまであと約半年と押し迫った昨年の5月頃に、頼みの綱だった企業にも断られてしまう。この時点でまた白紙に逆戻りしてしまったのだ。

このときの様子を共にプロジェクトを進めてきた佐藤のマネジャー、山本ようじが振り返る。

「やることも決まっていて、会場も押さえているのに、頼りにしていたはずのところがダメ……、本当にツラかったですね。あのときの松葉さんのテンションの低さもスゴかったです(苦笑)」

残された時間は約半年。ここからは賛同してくれそうな企業に片っ端から当たっていった。光明が見えたのはある中小のベンチャー企業を訪れたときだ。松葉が語る。

『面白いですね』って言ってくれて、すごくいい感触だったんです。大手では感じられなかった『現場がやりたいと思ったことはどんどんやりなよ』っていう空気があった。このあたりから大手ではなくても、小規模でもいいから蓄電池をかき集めていく方向にシフトしていきましたね」

同時に金沢工業大学の鈴木康允(やすみつ)教授からも太陽光発電の指南を受けるなど、心強いアドバイザーを味方につけ、松葉と山本は趣旨に賛同してくれそうな会社の協力を次々に取りつけていった。

■アーティストも驚く蓄電池の良質な音

武道館規模のライブとなると、数千kW級の電力量が必要になる。松葉と山本はそう想定して蓄電池とは別にもうひとつの選択肢、「グリーン電力証書」を使ってソーラー発電所から電力を購入することも視野に入れた。

グリーン電力証書とは、再生可能エネルギーを発電する特定の事業者から電気を買い入れる仕組みのこと。今回のプロジェクトで購入先として選んだのが長野県飯田市にある「南信州おひさま発電所」だ。市民ファンド型の共同ソーラー発電所で05年にスタート、市内の一般家庭や保育園などの施設の屋根、263ヵ所にソーラーパネルを敷き、総発電量は毎時1600kWに上る。プロジェクトでは2000kWをここから購入し、買い取り証書である「グリーン電力証書」を受けた。

ただし、この電力証書、購入先は特定されていても発電した電気は送電網に入るため、電気自体は一般の電気と変わりはない。そこに迷いはなかっただろうか?

「仮に100パーセント蓄電池で賄えたとしても、僕はグリーン電力証書も活用したと思います。太陽光発電でここまでできる!という啓蒙をしたいのがこのライブの趣旨であって、蓄電池の数が目的ではないんです」(松葉)

当初は電力証書に否定的だった佐藤も最終的には納得。ライブ開催も押し迫った12月初旬には、発電所を運営する「おひさま進歩エネルギー」の原亮弘代表取締役のもとを訪れる。売り手と買い手、双方がきちんと顔を合わせ武道館ライブのために電気を使わせてもらうことをじかに伝えたのだ。たとえ使用するのが送電網からの電気だとしても、そこに意識の違いを見いだした。

一方、鉛の蓄電池で最も大きな容量を提供したのは東京・新木場にある「RA(ラー)」だ。昨年夏、仙台で行なわれたメロコアバンド、ハイスタンダード主催の復興支援ライブ「AIR JAM2012」のサブステージでもその実力を発揮。今回の武道館では毎時7560Wの蓄電池を計5台分提供し、ステージ上のギターアンプ、ベースアンプなど、ライブの心臓部ともいえる楽器電源に使われた。

また、思わぬ副産物もあった。蓄電池を使って鳴らす楽器の音は、とても良質なのだという。ギタリストの佐藤が電池から直接送られる“純生”の電気でマーシャルアンプを鳴らすと「音がクリーンで倍音がキレイ!」と絶賛する。その理由はおそらく電力会社の送電網を伝わらないことでノイズが限りなく少ないからだ。

そして当日のグッズ売り場の横には、出力130Wのソーラーパネル(ソーラーフロンティア社)が50台設置された。日中、このパネルで発電した電気はステージ脇にあるRAの蓄電池に送られ、本番前にリハーサルで使われた分の電気を補ったという。

最終的に武道館ライブの電力量の配分は次のように決まった。まずフロントスピーカーと会場電源(空調やロビー&観客席の照明ほか)および万が一のバックアップ電力として、前述の「南信州おひさま発電所」の発電によるソーラー電力を2000kW。ふたつ目は楽器、ステージ機材、映像送出、チューニングルームなどの電力を、RAを含む合計5社の蓄電池で賄い、これらの総量は400kW。これでコンサート演出の8割方の電力は蓄電池から得られることになった。

ほかにも照明やテレビ収録のための電力として、武道館の駐車場横でバイオディーゼルの電源車も稼働させた。「バイオディーゼルも太陽の力で花を咲かせた植物の廃油を燃やすのだからソーラーエネルギーの一種」という前出の鈴木教授の助言に従ったもの。これら3つの電気が「ソーラー武道館」を支えることになった。

■音楽界に生まれたエネルギーの選択肢

ライブ当日。出演者全員で最後に演奏した『ありったけの愛』の歌詞の一節には“その上の太陽はありったけの愛だけで出来てると思いませんか?”とある。95年に発表されたこの曲は、ソーラー武道館のために書いたのでは?と思うほど今回の趣旨に合致する。

曲の終盤、佐藤はこう吠えた。

「100パーセント、ソーラーでできました~! 日本のロックの歴史にずぼっとハマったから家族の誰かに、会社の誰かに伝えてください! 私たちはできましたって言ってください!」

会場から盛大な拍手と歓声が響く。観衆の視線の先には大仕事をやり遂げ、満足げな表情を浮かべる佐藤の姿があった。本番中は電力の供給が途切れるなどのトラブルは起こらず、スタートから終盤まで滞りなく進んだ。映像用に使われたenenova社提供の出力6.5kW×5台の蓄電池は3台分の余力を残していたほどだ。

終演後、出演者のひとり吉川晃司は次のように話す。

「アーティストうんぬん以前の問題で、ひとりの日本男児として協力できることはしたいなと思った。ソーラーに限らず毒を残さないエネルギーというものをわれわれはちゃんと試していかないとダメだよね」

LOVE PSYCHEDELICOのNAOKIは、

「みんなで楽しみながらソーラーパワーでロックコンサートを開くのが、技術的に可能という事実が明らかになったのが重要だね!」

と笑顔で答えてくれた。出演者の誰もがライブの成功に興奮を隠せない様子だ。それはプロジェクトの立役者でもある松葉もそう。

「お客さんも出演者も今日のライブがなんのためにあるのか、同じ目標に向かって進んでいくような一体感があった気がします。心からやってよかったと思ってます!」

佐藤も松葉も、今回の試みが一夜限りのものとは考えてはいない。「ソーラー武道館」というブランドを掲げて、武道館以外の場所でも開催していけたらと話す。あるアーティストからは早速「オレもやりたい」という申し出が松葉のもとにあったという。

電力会社の電気を使わずとも、そしてたとえ武道館クラスでも、蓄電池とグリーン電力証書を組み合わせることで、ソーラーのコンサートは可能だということを証明してみせた今回のプロジェクト。電池からの良質な音はライブばかりでなくレコーディングの現場でも活躍が期待できるはず。音楽界にエネルギー革命を起こし、新たな選択肢をもたらした2012年12月20日「ソーラー武道館」。この賛成運動は、今まさに始まったばかりだ。

(取材・文/長谷川博一&「ソーラー武道館」取材班 撮影/福岡諒祠)



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