絵本作家としても活躍中! キングコング・西野亮廣「『はねるのトびら』があればスターになれると思ってました」

週プレNEWS / 2013年3月17日 6時0分

資金集めだけでなく、宣伝面でも自ら奮闘。「ツイッターで、ニューヨークについてつぶやいてる人7、800人に直接連絡しました」と語るキングコング・西野

絵本作家としても活躍する西野亮廣が、過去に発表した3冊の絵本の原画展を米・ニューヨークで開催。「クラウドファンドの資金で」「ウォルト・ディズニーになるべく」「渡米した」という事前情報を聞いて、な~んかモヤッ!とした本誌は現地で本人を直撃!

■自費でできなくもないけど……

―はい。絵が素晴らしいのは認めます。でも今回の原画展は、モヤッとした要素が多すぎる!……というわけで、ニューヨークにやって参りました。

西野 フットワーク軽いっすね! 雑誌の取材で日本から来られたのは、週プレさんだけですよ。

―では、飛行機代のもとを取るべく、率直に聞かせてもらいます。芸能界で活躍している西野さんなら、自費で原画展を開催できたはずですが、どうしてクラウドファンドで一般の人たちから資金を集めたんでしょう?

西野 いきなりお金の話ですか(笑)。まぁ、確かに自費でできなくもない……っていうと、いやらしいですけど(笑)。昨年、クラウドファンドのことを知ったとき、この制度がいいなと思ったのは、人を巻き込むことができるエンターテインメントの要素を含んでいることなんです。僕は芸人として13年、チケットを買ってくれたお客さんにネタを見てもらい、その反応がダイレクトに返ってくる舞台に立ってますから。自分のお金でニューヨークで個展やった!っていうオナニーでは意味がない、と。585人から集まった531万1000円分の責任を僕自身が負って、結果を出していくほうが自然だし、結果が出なかったらボロクソに言ってもらったほうが、やりがいがあると思ったんですよ。

―なるほど。では、その気になる結果はどうだったんですか?

西野 現地の出版や映像関係者に、次の仕事の話を持ちかけていただきましたし、来場者は3日間で約1700人、絵本は400冊以上販売しました。今回だけでいうといい結果を残せましたけど、僕自身の成功とは程遠いですね。

―クラウドファンドで資金集め→ニューヨークで原画展開催成功、ではないと?

西野 全然ですよ。今はまだ1合目あたりちゃいますかね。最終的な夢は、ウォルト・ディズニーになることですから。

―まさか、ニシノーランドを作りたいとか?

西野 いや、遊園地作りには興味ないですけど(笑)、アニメーションは視野に入れてますね。いや、なんかね、正面突破で世界中を巻き込むことができたら気持ちええやろなって。例えば、ウォルト・ディズニーが描くファンタジーの結末には必ずハッピーエンドが用意されてて。見ようによっては「いやいや、そんなにうまくいくかい!」って感じじゃないですか。それでも、ど真ん中のエンターテインメントで勝負してる人のことを僕はすごいと思うし、自分もそうでありたいと。

―それは、なぜですか?

西野 これは僕が今まで漫才だったり、絵本のストーリーを作ってきたなかで実感したことなんですけど、「私は、こんなに不幸です」って筋道を立てたほうが、多くの人に共感されるし、同情を得られるに決まってますよ。景気が傾いてる今のご時世では、特にそうだと思います。でも、僕は「共感を得る」というラクな道を選ぶことはしたくない。物語の結末は、いつもハッピーエンドにしたいんです。そういう意味で、ウォルト・ディズニー以外にもうひとり、すげえ!と思うのは、ベッキーですね。

―歌手・ベッキー♪♯としても活躍中の、あのベッキーですか?

西野 はい。ベッキーもど真ん中で勝負してるじゃないですか。要は、ハッピーを売ってるってことなんですけど、そういう人ってバッシングもされやすいんです。例えば、暑苦しい!とか、張り切りすぎ!とか(笑)。僕も今回のことで、えらいバッシングされましたけど、やっぱり物を作る立場として、ど真ん中で勝負するのがカッコいいっていう信念だけは譲れないです。

■英語を覚える前にギャル語を習得!

―でも個人的には、西野さんに同情してるんです。昨年『はねトび』が終わって収入が減ったのでは……。

西野 さっきから、お金の話をズバッと聞きますねぇ(苦笑)。いや、まぁそうですけど、独身ですから、極端な話、4畳半の部屋でもネタは作れるし、絵は描けますよ。正直いうと、『はねトび』が終わってできるようになったことは増えたと思ってますもん。







―それ、本音ですか?

西野 はい。視聴率がとれるからって「ほぼ100円ショップ」のコーナー頼みになるのは、どうやろうと思ったし、僕は唯一の仕切りとして、「絶対にボケてはいけない」という立場でもあって。その僕が少しでもボケてしまうと、次から何を言っても説得力がなくなりますから……。でも芸人は、いくらツッコミでもボケたい欲があるものなんです。そういう意味で今は解放されたし、今回の原画展ができたのも、あの番組が終わったからこそ。だって、僕がニューヨークで原画展って、思いっきりボケじゃないですか?

―確かに。関西出身ではないですけど「なんでやねん!?」とツッこみたくなります(笑)。

西野 ですよね。かといって、あの番組がなかったら、僕は絵本を描き始めることもなかった。実は、絵を描き始めたのは、深夜枠でスタートした『はねトび』が、ゴールデンに上がったときに味わった挫折のおかげなんです。

―当時は高視聴率だったのに、挫折ですか?

西野 はい。僕は子供の頃にダウンタウンさんやナインティナインさんを見て育ったこともあって、ゴールデン番組を持つイコール、スターになれると信じてたんですね。ところが、番組がゴールデンに進出しても、いくら20%を超える視聴率をとり続けても、僕はスターになることができなかった。芸能活動における最大瞬間風速だったはずなのに、僕自身の実力が全然足りてないってことに気づかされたんです。その挫折があったからこそ、僕は絵を描き始めて……。

―修行のための山ごもり、みたいな感じですかね?

西野 いや。絵で世界に認められて、スターになってやろう。そして、外から日本の芸能界の年功序列をぶっ壊してやろう、と……。

―おっと、急な方向転換! 年功序列をぶっ壊す、とは?

西野 そもそも芸人になったのは、高校時代、社会の流れに組み込まれるのがいやで、就職したり進学する友達を横目に「吉本に行く!」っていう反抗心があったからなんです。でも、この世界に入ってみると「あの大御所にツッこんじゃいけない」とか、「これは言っちゃいけない」とか暗黙のルールが多すぎて、芸能界って必ずしも実力社会じゃないってことに気づかされた。そのとき、「じゃあ、ゴールデン番組を持ってスターになったら年功序列をひっくり返してやろう。大御所でもなんでも、知らねえよ!って頭はたいてやろう」って思ったんです。

―が、スターになれなかったと。

西野 はい。その時点で、芸能界という社会に組み込まれることもひとつの方法やったと思うんですけど、僕はその逆転を諦めることができなくて。「じゃあ、海外から攻めてやろう」と。

―発想がとっぴ(笑)。でも、とにかく今回の原画展で、“世界のニシノ”への一歩を踏み出したことは確かです。

西野 まだまだですけど、いつかそういう存在になって、「何言ってんだ!」って大御所の頭をはたきたいですね(笑)。でも、まずは英語をしゃべれるようにならないと。今回もそうでしたけど、今後も会社に頼り切りにならず海外の活動をしていきたい。そのためには、やっぱり英語が必要だって実感しました。

―ネイティブスピーカーの恋人をつくったら早いっていいますよ。

西野 あぁ……。僕の今の彼女はギャルで、元キャバ嬢ですから。どうでもいいギャル語ばっかり覚えてしまいますね(笑)。

(取材・文/井上 慶 撮影/CHITO YOSHIDA)

●西野亮廣(にしの・あきひろ)



1980年生まれ、兵庫県出身。ボケの梶原雄太と99年、コンビ結成。現在、「西野亮廣独演会」、トークライブ「ろくでもない夜」など精力的に舞台に出演。09年『Dr.インクの星空キネマ』で絵本作家デビュー。昨年発売された最新作『オルゴールワールド』の原案は、親交のあるタモリ氏



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