『ももいろクローバーZ』マネジャー・川上アキラの芸能界トップを獲るための“戦略”とは?

週プレNEWS / 2013年3月26日 6時0分

「“点”で一瞬だけ目立つんじゃなくて、その後につながらないとダメだと思っている」と語る川上アキラ氏

今、日本で一番話題のアイドルグループ、ももいろクローバーZの結成当初からマネジャーを務める、川上アキラ氏。ライブでは自ら解説席に座るなど“名物マネジャー”として知られているが、そんな川上氏がこの職業を選んだきっかけや、彼独自のマネジメント術などを赤裸々に聞いた。

***

―まずは、川上さんのバックボーンとなっているものを教えていただけますか?

「やっぱり、子供の頃に触れた『キン肉マン』や『北斗の拳』でしょうね。特に、主人公たちが“友情”を胸に闘っていく姿を見て、僕の人格は形成されたと思いますよ。あとは、小学生の頃からずっとラジオが好きでした。三宅裕司さんの『ヤングパラダイス』や、吉田照美さんの『やる気MANMAN!』とか。“テレビよりラジオが好き”っていう子供でしたね」

―主流からそれた“尖ったもの”が好きだった?

「というより、単純に“面白いこと”に惹かれたんだと思いますけどね。テレビでも『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』とか、『1or8』みたいな“サプライズ性”のあるものが好きでした。ただ、いろんなハチャメチャなことをやっていても、最後は感動にたどり着くというストーリーがあるからこそ、面白かったと思うんですよね」

―この業界に入ったきっかけは?

「大学のときに、ADのバイトをしたのが一番最初。その頃はテレビの現場がめちゃくちゃ厳しくて、1ヵ月家に帰れないっていうこともありました。だけど、僕にとってはその業界のシゴトが面白かったんですよ。その後、普通にホームセンターに就職しようとしていたんですけど、求人誌を見たら今の事務所(スターダストプロモーション)の募集が出てて、一度くらいは遠回りしてもツブシがきくんじゃないかと思って応募してみたんです。それが大学4年生のとき。だから、マネジャーになって役者を育てたいとか、特別に思ってたわけじゃないんですよね」

―芸能事務所に入った当初はどんなシゴトをされていたんですか?

「しばらくは見習いの見習い。運転手みたいな感じです。上司が『現場に学べ』っていう人だったんで、タレントの送り迎えをしながらいろんな現場を見させてもらって。最初は安藤政信さんに付いてたんです。現場のことはすべて彼から教わりました。それから、梅宮アンナさんにも『車はこうやって運転するんだよ』って教えてもらったりしたなぁ(笑)」

―そして、マネジャーとして最初に担当されたのは、沢尻エリカさんですよね?

「そうなんですが、実は入社当初、小学6年生の彼女が面接に来たときに、僕もその場にいたりしたんです。何か“縁”があったんでしょうね。しばらくして、『週刊ヤングジャンプ』の編集の方から「制コレ」(「制服コレクション」。当時、ヤングジャンプが主催していた新人アイドルオーデイション)のお誘いをいただいたときに、彼女に『やってみないか?』と声をかけて」

■ももクロ結成当初のこんな秘話

―その後、沢尻さんを担当されていた後期に、ももクロを結成されますが。

「彼女たちもエリカと同じで、最初はずっとレッスンみたいなことをやっていた子たちです。なんでアイドルグループを作ろうと思ったかっていうと、ちょうど当時、上司とAKB48さんの劇場に足を運んで、その完成度の高さに“すごい”と思ったんですね。また、歩行者天国でもいろんな人がパフォーマンスをしている時期でもあった。だから“歌って踊るアイドル”っていうもので、何かできるんじゃないかなと思って、ももクロをやらせてもらうことになったんです。あんまり予算は使えませんでしたが、路上でやれるならお金はかからないしね(笑)」

―路上パフォーマンスをしていた当時から、「いつかこの道でトップに立とう」とメンバーさんに話していたとか。

「はい。人によって、目的地まで行く道のりは違うと思うんです。ももクロの子たちは、アイドルという道でトップを目指すのがベストだと思った。親御さんも理解があったおかげで、インディーズだった頃は、みんなでワゴンに車中泊をして全国を回ったりしました。僕は常々、『20歳のときにはトップに立とう』と言って、彼女たちが小・中学生の頃から数年先を見据えてやってきました。マネジャーはタレントの人生を預っているわけだから“彼女たちの夢を絶対に形にしてやろう”っていう気持ちはありましたね」

―ももクロはアイドルの常識を打ち破るような数々の仕掛けをしてきましたが、実際に川上さんとお仕事してみた印象として、「うちはコレはするけど、アレはダメ」といった確固たる線引きがあるのを感じます。

「僕はある意味、すごく保守的なんです。というのも“点”で一瞬だけ目立つんじゃなくて、その後につながらないとダメだと思っているので。それに、僕はスターダストという会社が大好きなので、その社風を汚すような品のないことはやるまいと思っています。マネジャーのシゴトは第一に、タレントを一番よく見せることを考え、そこまでの状況を作っていくっていうことです。ただ、どうしても“面白い”を優先して、普通のアイドルさんがやらない演出とかもやっちゃうので、上司からは『おまえはよけいなことをやりすぎる』って言われてますけどね(笑)」

―なるほど。これまでのお話で、ももクロがブレイクに至るまでに、確かな“戦略”があったことがわかりました。では、今後の展望を教えていただけますか?

「昨年、ももクロが『紅白』に出させていただきましたが、僕としてはこれでやっとスタートラインに立てたなという気持ちです。まだ、ようやく世間に知られるようになったところ。今後は、ももクロ独自のエンターテインメントの確固たる地盤を築きたい。そして“国内最強”といわれる存在になりたいですね。まずは、国内最大級の会場、国立競技場でのライブを目指して頑張ります」

(取材・文/西中賢治 撮影/今村敏彦)

■週刊プレイボーイ14号「16Pまるごと総力特集 ももクロ全力劇場」より

週プレNEWS

トピックスRSS

ランキング