外務省の元担当者が明かす、韓国からの1兆円資金協力要請の交渉過程

週プレNEWS / 2013年3月26日 12時0分

「異例」で「非礼」な韓国の要求に、担当者だった小倉和夫氏はどう対応したのか?

1981年4月、突然、韓国から日本に投げられた5年間1兆円(100億ドル)の防衛・経済協力要請。この異例な申し出は、83年1月に4000億円(40億ドル)の経済協力という形で合意に達する。そのとき担当者だった著者の小倉和夫氏が、交渉過程を生々しくドキュメントするのが『秘録・日韓1兆円資金』だ。

―1兆円の援助ですが、かなり異常なことだったのでしょうか。

「普通は『頼みたいことがあるんです。いずれお話ししますが……』なんて話が事前にあるものなんです。そういう『根回し』が一切なかった。いきなりお金をくれ、ときたわけです」

―額も大きいですしね。

「それまでの経済協力は年間数百億でした。それが、5年間で1兆円ですから、これまでの20倍近い額をいきなり要求されたことになる。そもそも、その頃の韓国はもう発展途上国ではなかった。だから、経済援助の額も減らしていこう、という時期だったんです」

―即座に突っぱねるというわけにはいかなかったのですか。

「やはり友好国ですし、できませんでした。門前払いをすると、その後しばらく関係がぎくしゃくしてしまいます」

―向こうは友好国としての仮面をかなぐり捨てる、ギリギリのところを要求してきたわけですね。

「まさにそれが向こうの狙いなんですね。しかも、その頃の韓国はまだ軍事政権でした。おまけに韓国では79年に大統領が側近に暗殺され、80年には民主化を求める学生デモを軍が鎮圧する光州事件も起きた。すごいドラマがふたつ続いた後にできた、とにかく必死でやっている政権だったわけです。人間、死に物狂いでやっているときに、あんたらちょっとおかしいよ、なんて言われても聞き入れません。一回収めて、徐々に肩をもみほぐしていくしかない」

―その肩をもみほぐす交渉の過程が本書の醍醐味ですね。評論家が外交交渉について、「外交官同士の信頼関係が大事」とか、「水面下での交渉をきちんとやるべき」なんてことを言いますが、その内実が正直言ってよくわからないんですよ。それが、この本では事細かく書かれている。交渉者の心理状態も描写されて、おまけに小説のような形式もあって読みやすいです。

「交渉を進めるのは個々人の人間模様ですから、そこがわかるようにしたかったんです。学術的すぎず、かといって脚色もしすぎないように心がけました」

―激しくやりあってきた両国の外交官が、ふとした瞬間に緊張が解けて、お互いの本音をぽろっともらすシーンがありますよね。あれがすごく感動的で。

「あれが書けたのは、私が現場にいたからでしょう。このとき、朝鮮半島を所管する部局の課長をやっていたんです」

―小倉さんはその後、韓国大使も務められてますね。最近、ぎくしゃくしている日韓関係についてはどう見ていますか。

「どんなに仲良くなっても、過去の問題は引きずったままでしょう。しかし、昔は抗議というと、大使館に弾丸が撃ち込まれることがあったんです。やがてそれが石になって、その次はトマトと卵が投げられるようになった。その後、大使として赴任した私は、デモ隊から抗議の歌を歌われた。だんだん穏やかになっているのがわかるでしょう。

先進国になったといっても、韓国はまだ思春期みたいなもの。力もついてきたし世の中のこともわかってきて、いろいろ言いたい年頃なんですよ。日本はそれにムキになる必要はない。時期が来れば、成熟した関係になるでしょう」

(撮影/高橋定敬)

●小倉和夫(おぐら・かずお)



1938年生まれ、東京都出身。東京大学法学部を卒業し、外務省に入省、駐韓国大使、駐フランス大使などを歴任する。『日米経済摩擦』(日本経済新聞社)など著書多数

■『秘録・日韓1兆円資金』



講談社 1785円



1981年4月に韓国から要請された異例の1兆円資金協力要請。金をもらう立場であるにもかかわらず、理不尽な要求に非礼な態度を繰り返す韓国と、植民地の問題もあり突き返すこともできない日本。両者の粘り強い交渉過程を外務省の元担当者が鮮やかに描き出す



 

 

 

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