原発選挙小説『雪炎』のWEB連載開始! 馳星周、泊原発を歩く

週プレNEWS / 2013年4月9日 12時0分

泊原発から車で15分ほどの距離にある、岩内町の中心街を歩く馳星周氏

3・11前に、敦賀(つるが)原発のガードマンを主人公に据えた小説『光あれ』(文藝春秋)を発表した作家・馳星周氏。「週刊プレイボーイ」では、昨年春に2度、浜岡原発のある静岡県御前崎(おまえざき)市をルポしている。

そんな馳氏が、4月8日から『週プレNEWS』にて“原発選挙小説”『雪炎(せつえん)』のWEB連載を開始した。『雪炎』の舞台は北海道の架空の町で、原発が立地する設定になる。そこで今年2月、馳氏に北海道で唯一の原発がある泊(とまり)村とその周辺を歩いてもらった。昨年5月に泊原発が運転を停止して9ヵ月。雪に包まれた原発北限の町はどうなっていたのだろうか―。

***

泊村も岩内町(いわないちよう)も共和町(きょうわちよう)も、雪に埋もれていた。

見渡すかぎりの雪。降りはじめれば横殴りの風に乗って視界を奪う。時にホワイトアウト。車を路肩に停めて鎮まるのを待つしかない。

至るところに「節電にご協力を」の文字が見える。泊原発が停止している今、節電は道産子にとって死活問題なのだ。汗ばむほどに暖房を効かせている東京のことを思う。彼らは喉元(のどもと)を過ぎた途端熱さを忘れてしまったのか。極寒の地で厳しい寒さに震えている人々を思う想像力も枯渇(こかつ)しているのだろうか。

岩内町の漁港から、対岸の泊原発を眺めた。地形の関係で、原発が立っている泊村からはその全容を見ることができないのだ。

吹雪の中、風が弱まると原発の姿が現れる。それはまるでサイロ(牧草を貯蔵する建物)のような佇(たたず)まいで、どこか牧歌的だった。まるで、原発が象徴する否定的なものすべてをその佇まいでごまかしてしまおうとしているかのようだ。

昼も夜も、町は静かだ。だれにも気づかれないまま永遠の眠りについたというように。

敦賀へ行った。浜岡にも行った。どちらの町も少しずつ死にかけているようにわたしの目には映った。泊村や岩内町は規模が小さい分、死に方が速いように思える。

この辺りはかつて、ニシン漁で繁栄を誇り、札幌に次ぐ人口を養っていた。だが、ニシンは姿を消し、他の魚も獲れなくなり、漁船の数も激減した。原発絡みの金がこの地域の命脈を支えているのだ。その原発が停まり、再稼働の見通しが立たないまま2年が過ぎた。生き物に例えれば、血液の循環が止まったようなものだろう。

腰と首の状態が思わしくなく、治療をしてもらった整体師が言った。

「いやあ、何ヶ月ぶりのお客さんかなあ。原発動いてるときは、作業員の人たちがよく来てくれたんだけどねえ。原発停まってからはさっぱりさ」



客足が止まったのは整体院だけではない。ホテルも飲食店も閑古鳥(かんこどり)が鳴いている。

夜の繁華街を歩く。去年発行のガイドブックに掲載されていた焼肉屋が店を畳んでいる。シャッターを下ろしたままのスナックがやたらに目につく。明かりの点(とも)されることのない看板が雪を被(かぶ)ってもの悲しげに佇んでいる。使われることもほとんどないのだろう、電話ボックスが除雪車の積み上げた雪に半ば埋まり、青白い光を放っている。

雪がしんしんと降る。どこかからカラオケが流れてくる。だが、人の姿を見ることはほとんどない。

とあるスナックに入った。客はひとりしかいなかった。別のスナックに入った。客はいなかった。我々が飲んでいる間に若いふたり連れが入ってきた。それだけだ。店を開けるだけで赤字になるのではないか。それを2年以上強いられている。シャッターを下ろしたままの店が増えていくのもしかたがない。

一軒だけ、他の店をよそに流行(はや)っている店があった。他のスナックはママひとり、おねえさんひとりという布陣が多いのに、この店は、豊満な身体つきのホステスさんが4、5人いた。客のほとんどは、原発関連で働いている人間だった。原発が停まっていても、メンテナンスは続けられる。それに携わっている人たちなのだろう。

しかし、それにしてもなぜ?

ホステスの数が多いとはいえ、綺麗どころが揃っているわけではない。他の店が息も絶え絶えに喘いでいるのに、この店だけが潤っている。

あとで聞いたところによると、この店は、客によるホステスへの「お触り」を黙認しているらしかった。

泊村は小さな村だ。原発で働く人間は岩内町に宿泊し、泊村まで通う。しかし、岩内町も小さな町で風俗店は一軒もない。女遊びをしたければ、車を一時間以上走らせて、小樽か札幌へ行くしかないのだ。欲望をほんのわずかでも昇華させたいと思ったら、女性の肌に触れられる店がいい。だから、みんなこの店に殺到するのだろう。

初日も2日目も3日目も、岩内町の狭い歓楽街の姿は変わらなかった。路上に人はなく、シャッターを下ろした店が軒を連ね、お触りOKの店だけが賑(にぎ)わっている。

閑古鳥が鳴いている店は、原発が再稼働される日を首を長くして待っているのだ。

岩内町の隣、共和町に西村計雄(にしむら・けいゆう)記念美術館がある。不勉強にして知らなかったのだが、西村はヨーロッパでその才能を認められた日本現代絵画の巨匠だ。共和町はその西村の生まれ故郷になる。

いかに西村が偉大な画家であったとしても、その美術館は共和町のような自治体には過分な建造物だった。間違いなく、原発が落とした金で建てられたのだ。

西村の絵は素晴らしかった。絵画芸術に疎(うと)いわたしでも、その色使い、線の大胆さに目を奪われ、ひとつひとつの作品を食い入るように鑑賞した。

館内は清掃が行き届いており、暖房も効きすぎるぐらいに効いていた。ダウンジャケットを脱いでも汗が額に浮かぶ。

節電にご協力を―町中で見かけた文字が頭をよぎる。ホテルの部屋も、食堂も、閑古鳥が鳴いているスナックも肌寒かった。暖房の設定温度を低くして節電に努めているからだ。

だが、西村計雄記念美術館は節電に努める必要がないらしい。

館内に客は我々だけだった。外は吹雪。少なくとも今日この日、この美術館を訪れる客はいないだろう。だれも訪れることのない美術館で、暖房設備だけが忙しく働いている。

年間の維持費はいったい幾らになるのだろう。わたしはそう考え、しかし、途中で考えるのをやめた。馬鹿馬鹿しくなってきたからだ。

共和町にあるなら、他の自治体にもあるだろう。そう考えて調べてみると、やはりあった。泊村にはないが、岩内町の港近くに、これまた町の規模には不釣り合いな巨大な建物が鎮座している。

木田金次郎(きだ・きんじろう)美術館。

木田もまた岩内町出身の画家だ。有島武郎(ありしま・たけお)の『生れ出づる悩み』の主人公のモデルとしても有名である。ニシン漁の網元の息子として裕福な少年時代を過ごし、画家を志して東京へ出たが、ニシンが獲れなくなって実家が破綻。岩内へ戻り、漁師をしながら絵を描き続けた。

なにもかもがこの木田金次郎美術館で仕入れた知識だ。共和町のそれよりさらに巨大でメンテナンスにもそれなりの金がかかる箱物。例によって暖房が強烈に効き、広い館内を歩き回っていると汗が噴き出てくる。これまた例によって真冬のこの時期、客は我々しかいない。

一通り見回ってから美術館を出た。西村計雄の絵はわたしに強いインパクトを与えたが、木田金次郎の絵は極めてオーソドックスなもので、強い感銘は受けなかった。だが、美術館としての規模は木田金次郎美術館の方が大きいのだ。

考えるな、考えるな。わたしは頭を振った。雪のちらつく中、効きすぎる暖房で火照(ほて)った身体が海風に冷やされていく。

道路を挟んだ向かい側に美術館用の駐車場がある。駐車場はほぼ満車だった。美術館に客はいないのに、だ。

岩内町と泊原発を見下ろせる丘に登った。久々に青空が広がり、雪に覆われた町並みと穏やかな日本海が眼下に広がっている。

なにもない。見事なまでになにもない。

旅行者はここを素通りするだろう。ウインタースポーツをする者はニセコへ。景観を楽しみたい者は積丹(しゃこたん)半島へ。

それでも、原発が動いている間、この辺りの自治体は潤っていた。無駄な美術館を建てるほどに潤っていた。原発がもたらす金は、世の中から見捨てられたことに対する慰謝料だとでも言うように。

アベノミクスで景気がよくなる兆しが見えているという。円は安くなり、株価が高騰し、地価が上がりはじめている。高級スポーツカーや腕時計がばんばん売れている。

いったいどこの話だ? ついこの前まで、原発反対を叫んでいた連中はどこへ消えた? 衆院選で自民党を大勝させたのはどこのどいつだ?

原発のある町は原発に依存している。麻薬中毒患者が自らを滅ぼすとわかっていても麻薬と手を切れないように、原発の町も原発とは手を切れないのだ。行政と電力会社がそういうシステムを作った。一度原発誘致を受け入れれば、その先に待っているのは蟻(あり)地獄だ。

最初の原発を受け入れると同時に入ってくる金は年々先細りしていく。もう金が入ってこなくなる、どうしようということになってくると、電力会社が囁(ささや)くのだ。

「二号炉を建設したいんですが、どうでしょう?」

そうして、二号炉、三号炉、四号炉と原発が増えていき、敷地にスペースがなくなると、見捨てられる。遺(のこ)されるのは廃炉に40年も50年もかかると言われる危険だけは満載の無用の長物だ。

まともに考えればわかる。原発を受け入れたら、その先にあるのは閉ざされた未来だけだと。だが、経済的に追い詰められた地方は、その未来から顔を背け、目の前の金に飛びつくのだ。そうしなければ、生きていけないから。

この国から原発をなくそうと本気で考えるなら、都市部に集まる金をいかにして地方に回すか、そのシステムを考えなければすべては絵に描いた餅で終わるだろう。

3・11を体験し、福島の惨状を目の当たりにしてなお、原発に依存している自治体は、そこで暮らす人々は、原発に縋(すが)っているのだから。国の無策と、都会の人間の無関心によって、経済的な死に追い込まれているのだから。

都会からどれだけ大きな声で「原発反対」を叫んでも、それが原発の町に届くことはない。気温が氷点下を割り込んでいるわけでもないのに、馬鹿みたいに暖房を効かせている地域に住む人間の声は、極寒の冬の間雪に閉ざされながら節電を強いられる人の耳にどう響くというのか。

考えなければならないのだ。どうすれば、本当にこの国から原発をなくすことができるのか。考えに考えて考え抜かなければならない。

だが、そこまで考えようとする人間がこの国にはいったいどれだけいるのだろう。

それを考えると、考えるのが嫌になる。思考停止に陥る。わたしも、他の人間と一緒だ。

***

丘を下りた。

また雪がちらついてくる。先ほどまでは晴れ渡っていた空が、分厚い雲に覆われていた。

雲は厚く、低く垂れ込め、今にも空が落ちてきそうだった。

その下を歩く。うつむいて、足早に歩く。雪が強くなっていく。顔に当たる雪の冷たさ、痛さはわたしを詰(なじ)っているかのようだ。

ここに住んでみろ。死にかけた町で暮らしてみろ。それでもなお原発反対と言えるのか、よく考えてみろ。

空を見上げる。雲はますます厚く、ますます低く垂れ込めている。空が落ちてきて原発を押しつぶす。

呆(あき)れるほど悲しい妄想が頭の中で広がっていくのを止めることができなかった。

(取材・文/馳星周 取材協力・撮影/小峯隆生)

●馳星周(はせ・せいしゅう)



1965年生まれ、北海道出身。小説家。ノワール小説の第一人者。『不夜城』(角川文庫)、『漂流街』(徳間文庫、第1回大藪春彦賞受賞)、『弥勒世』(角川文庫)など著書多数。近著は『美ら海、血の海』(集英社文庫)

■馳星周 原発選挙小説『雪炎』



「週プレNEWS」にてWEB連載開始!



3基の原発を戴く北海道・道南市。3・11から1年後の市長選挙に、廃炉を公約に掲げた候補者が出ることで、町は策謀と暗闘の舞台となった。数百億円もの利権に群がる、市長、市議、警察、土建屋、飲食店、農民、漁民、市民運動家、そして、ヤクザ。金と血と欲望にまみれた町の姿を、ノワール小説の第一人者・馳星周氏が3・11後のリアリティをもって描く! 以下から無料でお読みいただけます(PC/iPhone/Android対応)



【http://wpb.shueisha.co.jp/category/novel/】

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