“純文学の野生児”が暴く世間の嘘。『「まじめに生きろ」なんて声、蹴飛ばさなあかん』

週プレNEWS / 2013年6月18日 14時0分

「ダメなまま何もしない僕の小説の中のあいつらは、“だからこそ偉いんや”って思ってます」と語る山下澄人氏

俳優・劇団主宰・映画監督として孤高の活動を経て、2012年の初の単行本『緑のさる』でいきなり野間文芸新人賞を受賞。同年発表の『ギッちょん』も芥川賞候補と、今、最も注目を集める作家・山下澄人。

突如として現れた“純文学の野性児”に、世を嗤(わら)い世間の嘘を暴く言葉を聞く。

―山下作品って、登場人物全員、まるで夢も向上心も欲すらもない。すべて受け入れてますね?

「……僕、神戸生まれで、阪神・淡路大震災で家が壊れて、その後に親父も死んだんですね。運命が突然あっけなく変わるのを20代で経験して。おまけに、うちの父、ええかげんな人間やのに年金手帳だけは熱心に持ち続けて、ようそれで母とけんかしてました。『手帳どこやったんや』って。けど、年金もらう前に本人は死んでもうた。『なんだこれ? しゃあないなぁ』って思ったんですよね(笑)。

でも実際、人が急に死ぬのも人がダメになるのもしょうがないことでしょ? なのに、しょうがないことに無理に意味をつけたり抗(あらが)ったりする人たちがいて、そういう人に僕は異論がある。『インチキやろ、それ?』って思うんですね。そんなインチキを引きはがしたい。ダメなまま何もしない僕の小説の中のあいつらは、“だからこそ偉いんや”って思ってます」

―『ギッちょん』の主人公も何にも抗わず生きてますね。アイスピックを人の掌に突き刺し、プロレスラーの恋人と外国へ駆け落ちし、盲目の黒人にすごい事実を知らされ、ホームレスになる……。そしてそんな彼の生涯が、時間軸を無視した形で描かれます。基本、普通の小説なら時間の流れは一方向ですが、この作品はなんの予告もなしに時間が行ったり来たりする。通常ではあり得ない形式なので読んでいて戸惑いつつ、でもどんどんその奇妙な感じに引き込まれ、最後はずんと腑に落ちました。

「僕の小説がすごい奇妙な形式だっていう人がいますけど、全然そんなつもりなくて。だって、あらゆる時間は実は全部同時に頭ん中流れてるやん」

―確かに、昔通った学校に行ったりすると、思い出がランダムに思い出されたりしますね。時間軸なんて関係なく。

「そう。それが自然でしょ。それから認知症の人もそう。認知症の人、話に脈絡がないでしょ? あれ、頭の中に“ボケ”しかなくて“ツッコミ”が存在しないからですよ。あれは超リアル。人間の本来の姿ってあれやん、ああなりたいて思う。ツッコミは邪魔なんです。

自分の中にあるツッコミ……例えば、パチンコやり続けてると『もうやめといたほうがええんちゃう?』っていうもうひとりの自分の声が聞こえてくることがある。あれがいらん。『まともになれ』とか『まじめに生き』とか、そんな声、蹴飛ばさなあかん。小説書いてても『こんなん書いてええのか?』『読むに値せえへんもん書いてんちゃうか?』なんて自分の中のツッコミがいらんことをする。それをいかに粉砕するかなんです。だから僕はそんなときにこそパチンコに行く」

―でも、「次の『芥川賞』最有力候補作家」といわれてますよ?

「小説に固執する気も究めようという気もなくて。今まで演劇やって、絵も写真もやって、小説書いて……。でも、もっとちゃう何かがないのかなぁって思ってる。『教団、つくるか』とかね(笑)。小説なら、僕はオランウータンが書いたやつを読んでみたい。野生のオランウータンがどんなことを書くのかすごい興味がある。チンパンジーは少し俗っぽいから書かんでええけどな」

●山下澄人(やました・すみと)




1966年生まれ、兵庫県出身。倉本聰の富良野塾第2期生。劇団FICTION主宰。映画監督作品に『オンザロック』がある。写真、絵画などでも活躍を続けた後、2011年から小説を発表し始める。最新作は『砂漠ダンス』(『文藝』2013年夏季号)

■『ギッちょん』 




文藝春秋 1628円




“わたし”の少年時代から老年までの人生が時空を超え、おかしくも粗削りに描かれる芥川賞候補作『ギッちょん』。日常から始まる悪夢的世界が展開される、異色の“震災小説”、『水の音しかしない』『トゥンブクトゥ』の2編も収録




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