加藤嘉一「薄熙来裁判をひと言で表すなら、『ディス・イズ・チャイナ』です!」

週プレNEWS / 2013年10月15日 14時0分

「毛沢東主義」を掲げた大物政治家への無期懲役判決。その裏で娘を帰国させた現政権のトップ―。中国の“建前”と“本音”が垣間見えた事件でした。

中国共産党トップ25の中央政治局委員、直轄市である重慶市のトップを務めた中国政界の大物、薄熙来(はくきらい)氏に無期懲役の判決が下されました(薄氏側は上訴)。世界各地で大きなニュースになるとともに、中国国内でも審議の模様がネット中継された前代未聞の“政治裁判”でした。

ぼくは重慶市トップの時代に薄氏と対面したことがあるのですが、誤解を恐れずに言えば、中国で出会ったどの政治家よりもカリスマ性のある人物でした。長身、眼力、周囲を魅了・圧倒するオーラ。重慶市民や一般大衆を中心に、いまだに薄氏を支持する人民が少なくないのもうなずけます。薄氏は重慶で戸籍、土地、住宅などの「民生」が大いに改善されていることをぼくに“自慢”してきました。

薄氏は当時の胡錦濤国家主席が推し進めていた改革開放路線と逆行する「毛沢東(もうたくとる)主義」を掲げ、マフィア撲滅運動で人民を熱狂させました。ついには自身の実績やスタイルを“重慶モデル”と称し、地方から全国へその名をとどろかせたのです。

北京(中央政府)は危機感を抱きました。「北京を差し置いて“重慶モデル”とは何事だ。薄熙来のやり方は中国を文化大革命時代に戻してしまう。そんなことを北京でやらせるわけにはいかない……」

薄氏の容疑は収賄、横領、職権乱用ですが、それらは表向きの口実にすぎません。その存在が共産党にとって脅威であるがゆえ、権力闘争と路線闘争を懸念した当局により“粛清”された。党のトップ7である中央政治局常務委員(略称「常委」)入りかと騒がれた薄氏の政治生命は、こうして途絶えました。

近年の中国では経済停滞への懸念から社会不安が広がり、共産党の正統性そのものが激しく揺らいでいます。そこで今年3月に発足した習近平(しゅうきんぺい)体制は、「幹部であろうと汚職に関われば叩く」という徹底した反腐敗闘争路線を敷き、クリーンなイメージを強調して信頼回復を図っている。薄氏の裁判にしても、「あくまでも法に則(のっと)った判決」「中国法治主義の進歩」というプロパガンダを国内外に強くアピールしています。




今後の注目は「どこまで」を叩くのか、という視点です。中国の政治家はダーティな面も含め、地方であらゆる経験を積んでトップへと上っていく。中央政治局委員ともなれば、はっきり言って誰でも叩けばホコリは出ます。薄氏を含め、政治局委員は過去に3人処分されている。今後、果たして“聖域”―つまり常委にも処分の手が及ぶのか。

ぼくの見立てでは、いくら反腐敗だと拳を上げても、常委(経験者も含む)は“別物”だと思っています。ここに手が入ればすさまじい権力闘争がスタートし、党の威信、政治の安定そのものが揺らいでしまう危険性をはらんでいる。裏を返せば、だからこそ薄氏は是が非でも常委に入りたかった。そこまで上り詰めれば、もう“過去”を詮索されることはないともくろんだのです。

薄氏の裁判では、息子である薄瓜瓜(かか)氏の英米での放蕩ぶりも取り沙汰され、批判の的となりました。それに前後して、習国家主席はハーバード大学に留学していた娘を中国へ引き揚げさせたといいます。これが何を意味するか……。

今回の裁判は「中国法治主義の進歩」などではなく、権力闘争に敗れた薄氏が「反腐敗」のスケープゴートとして利用されたという事件だった(決して薄氏がクリーンというわけではなく、「彼だけではない」という意味において)。冷静に見れば、むしろ「中国は法治国家ではない」という厳然たる事実が露呈したといえるでしょう。

「ディス・イズ・チャイナ」。ぼくの印象はこのひと言に尽きます。それ以上に薄熙来事件を的確に言い表せる言葉があるというなら、逆に教えて!!

●加藤嘉一(かとう・よしかず)




日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学アジアセンターフェロー。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)のほか、『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など著書多数。中国の今後を考えるプロジェクト「加藤嘉一中国研究会」も始動!

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