加藤嘉一「“ゆるめる統治”と“束ねる統治”。米中の統治はあまりに対照的です!」

週プレNEWS / 2013年10月28日 14時0分

アメリカ南部を旅して実感した圧倒的な多様性。それは、中国という国家の未来を考える上でも、非常に奥深い示唆を与えてくれました。

アメリカに拠点を置く生活も2年目に入りました。メインの仕事は「中国」と「米中関係」の研究ですが、個人的には「アメリカ社会の“リアル”を知る」というミッションを課しています。

ただ、住居を構えるボストンにいてばかりでは、アメリカ社会を理解することはできない。ボストンはアカデミックで、白人が多く生活水準も高い。ある意味、「最もアメリカらしくないアメリカ」です。

そこで先日、ぼくはグレイハウンドという長距離バスで、南部の数都市を回ってみることにしました。 まず降り立ったのは、ジャズの街として有名なルイジアナ州のニューオーリンズ。タイ・バンコクのカオサン通りをほうふつとさせるようなカオスに満ちたバーボン・ストリートや観光地のフレンチ・クオーターはにぎわっていましたが、大通りから一本外れると周囲は閑散とし、経済の停滞と治安の悪さを肌で感じた。黒人の人口比率が多い地域で、初めて接する本格的な南部なまりの英語にもかなりてこずりました。

特に驚いたのは、公道で酒を飲む人が多かったこと。以前も書きましたが、ボストンでは公共の場(屋外)での飲酒は違法行為に当たります。ニューオーリンズは失業率が高く、社会に不満を持つ層が多いという事情もあり、“ガス抜き”の措置として飲酒を認めているのかな、と現場の空気を吸いながら感じました。

続いて訪れたのは、エルビス・プレスリーの録音スタジオがあったことで有名なテネシー州のナッシュビル。こちらは逆に白人が多く、海外企業の工場なども誘致されていて、経済状況は悪くなさそうでした。街には昼夜問わずカントリーミュージックが流れ、人々は楽しんでいる。文化的な薫りのする、古きよきアメリカといった雰囲気でした。

そして、ジョージア州のアトランタ。1996年に夏季五輪が開催された大都市で、街並みは洗練されていて治安もいい。コカ・コーラやCNNといった有名企業の本拠地でもあります。




やはり、アメリカの多様性は抜きんでている。同じ南部でさえ街によって経済状況、地域内格差の程度、人種構成、文化、ルールなど、何もかもが異なる。連邦制という制度でなければ、とうてい統治などできないという真実を実感しました。

話は飛びますが、中国の未来について、ぼくは「連邦制」という統治体系もひとつの選択肢だと考えてきました。しかし、この目で見たアメリカの多様性は次元が違った。中国も本来的には多様性の塊なのですが、秦(しん)の始皇帝の時代から統治者があらゆるものを統一し、多様性を握りつぶしてきた歴史がある。

ひとつの象徴が時間です。米本土には東部、中部、山岳部、太平洋と4つの時間設定があり、国内に時差が存在する。一方、ほぼ同じ面積を持つ中国では、全国で北京と同じ時間が適用されています。

都市の発展もしかり。近年の中国ではどの街でも似たようなビルを建て、地下鉄を掘り、外資を誘致し、大学のキャンパスを郊外で巨大化するなどの同質化が進む。近代化とともに地域の個性が失われつつある。異様に速い発展のスピードに人々の意識は追いついていません。

逆に、アメリカは一事が万事、スローペースで進む。感覚的にいえば、効率性は中国の10分の1以下です。そのことにぼくはしばしばイライラしてしまうのですが、考えてみれば、あらゆる格差や文化、ルールの違いを許容し、白人、黒人、アジア系、ヒスパニックなどあらゆる人種がいるのですから、物事はおのずとゆっくり進むしかない。

アメリカの“ゆるめる統治”と中国の“束ねる統治”。この両極端すぎる二大国以上に、「統治」の奥深さを体現している国家があるというなら逆に教えて!!

●加藤嘉一(かとう・よしかず)




日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学アジアセンターフェロー。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)のほか、『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など著書多数。中国の今後を考えるプロジェクト「加藤嘉一中国研究会」も始動!

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