仏像の顔のいったいどこが人を惹きつけるのか?

週プレNEWS / 2013年10月29日 6時0分

「仏像の顔は、時代の感性を最も明晰に写し出している」と語る清水眞澄氏

お寺を拝観していると必ずいるのが、どの仏像を見たって「慈悲に満ちたお顔……」とありがたそうに呟くおばあちゃん。あんた本当に仏像見てんのか?とツッコミたくなるけれど、『仏像の顔―形と表情をよむ』を読めば、そんなおばあちゃんだって違いがわかるようになるはずだ。

例えば、書店に並ぶガイドブックの法隆寺釈迦三尊像の項には「生き生きとした目」なんて書かれていて、実際そのとおりなのだけど、なぜそんな印象になるのかについては書かれていなかったりする。そんなことは自分で考えるべきということなのかもしれないけど、暗いお寺の中のこと、普通に鑑賞しているだけではわかりづらい。

それが、この本では「上瞼(まぶた)が下瞼よりも前に出ていて平面的でない」「目尻の下瞼に抑揚がついている」「眼の輪郭に鏨(たがね)(のみに似た工具の一種)を入れて縁を鮮明にしている」などなど、長年、仏像の造形を研究してきた人ならではの指摘が盛りだくさんなのだ。

ガイドブックにあるような通り一遍の知識を振り回す連中より一歩進んだ仏像鑑賞したい人に、心からオススメの一冊なのである。著者の清水眞澄氏に聞いた。

―なぜ仏像の「顔」に着目を?

「仏教はブッダ(釈迦)をイメージした仏像を造りましたが、仏教を信仰する人にとって、仏像は仏の代わりではなく、仏そのものなのです。そんなときに、彼らは仏像のどこを見ていたかといえば、体ではなく、まず顔に目がいっていたはずなんですね。仏像の顔には、人の心に訴える何かがある。そんなことを考えながら、これまで目の形とか頬の肉づきなどをずっとメモしていました。それをまとめたのがこの本です」

―「人の形をしているのに人でない存在」の顔がどんなものか、仏師も考えたということですね。

「そうですね。ただ、それは仏師の個性の部分と時代性の部分があります。例えば、平安時代後期の仏像の顔は『円顔でおおらか』。これは平安の貴族の世界の優雅なところや浄土を求める心の部分が出ています。作り手と時代の感性はどんな美術品にも反映されますが、それが一番顕著なのが仏像の顔だと思いますね」

―仏像の眼に関連して、「開眼(かいげん)供養」のくだりも興味深いです。

「日本では、仏像が新しく造られると仏像に眼を入れる儀式を行ないます。この開眼供養会という儀式を経て、『たましい』が入り彫刻から仏像になる。とても大事な儀式です」

―東大寺の大仏の開眼供養のときはすごかったみたいですね。

「天皇をはじめとする1万人もの参列者の前で、インド人の僧侶が眼を描く。僧侶の筆には長い綱がついていて、参列者はその綱を手に持ち縁を結ぶという、壮大なセレモニーですね。

日本での開眼会(かいげんえ)の最も早い例は671年の『日本書紀』の記録です。しかし、中国には開眼会を行なったという記録が見当たらない」

―中国はインドから仏教が伝わってきたとき、中国風にアレンジして取り入れた。これは、仏教に対抗できる文化がすでに育っていたから。日本は、多少のアレンジはあるものの仏教文化を丸ごと受け入れました。そんな日本が、国内で仏像を本格的に造り始めて100年もたたないうちに、もしかすると、独自の儀式を作ってしまった。

「そうなりますね。日本はけじめをつけるセレモニーをするのが好きですから、それで仰々しい儀式が生まれたということはあるでしょう。しかし、それが眼に関わる部分だということは興味深い。やはり、仏像の顔が果たす役割は非常に大きいということなのです」

(撮影/高橋定敬)

●清水眞澄(しみず・ますみ)




1939年生まれ、神奈川県横浜市出身。1962年、東北大学文学部史学科東洋芸術史科卒業。現在、三井記念美術館館長、成城大学名誉教授。著書に『中世彫刻史の研究』(有隣堂)、『よくわかる仏像のすべて』(講談社)などがある

■『仏像の顔―形と表情をよむ』




岩波新書 756円




仏像の顔のいったいどこが人を惹きつけるのか。それぞれの仏像の顔の違いの背景にあるものは何か。奈良、京都、鎌倉の著名な仏像を分析する。旅行の際のガイドブックとしても最適




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