ドキュメンタリー監督・森達也が訴える「共同幻想」という名の「思い込み」の恐ろしさ

週プレNEWS / 2013年11月6日 6時0分

「の国を取り巻く得体の知れない息苦しさ、いやな雰囲気は3・11以降、むしろ強まっているように感じます」と語る森達也氏

オウム真理教を描いた『A』『A2』などの作品で知られるドキュメンタリー監督、森達也の連載コラムをまとめ一冊が、『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい 正義という共同幻想がもたらす本当の危機』だ。

「被害者の人権」を理由に死刑を求める人々の抱える矛盾や、外国の脅威をことさらに強調することで膨れ上がる排他主義といった、比較的ハードな題材から、「日本人はなぜスリッパを重ねて収納するのか?」といった、日常生活に潜む素朴な疑問まで……。

やや「重め」のタイトルから想像するより、扱われているテーマは幅広い。その底流に流れているのは、筆者が「共同幻想」と呼ぶ「思い込み」の恐ろしさだ。多くの人が同じ幻想を信じ込み、それに「正義」という冠がついたときに生まれる状況の危うさを、さまざまな角度から掘り起こそうとする。その姿勢は、「3・11後」の揺れ動く日本人に大切な「警鐘」を鳴らしている。

―この本のベースとなっているのは森さんが雑誌に連載した『リアル共同幻想論』というコラムですが、森さんにとっての「共同幻想」とは?

「テレビディレクター時代に作った『放送禁止歌』やオウムに関する映画を作りながら、ずっと考えていたことがあります。特に共同体が結束したとき、なんの根拠もない幻想を前提にして、そこから間違った方向に向かってゆく……という現象です。集団と相性がいいからこそ、この国はその傾向が強い。そうした『共同幻想』をタイトルにすれば、幅広くいろんなテーマで書けるかなというのが出発点でした」

―コラムの連載開始から6年がたっているわけですが、その共同幻想というテーマを扱うなかで3・11の前後で世の中の大きな変化を感じますか?

「3・11後、この国がオウム以降とは違う方向に進むのではないかと期待を抱きました。でも現実は逆でしたね。自民党への政権交代を見てもわかるように、国民は安倍政権に象徴される、よりマッチョな政治を選択しました。

選挙というのは『民意の表れ』なわけですが、北朝鮮や旧ソ連のような国と違い、日本人は誰かに押しつけられるのではなく、みんなが主体的に管理統制を求めている。その意味では本当に不思議な国だと思います。この国を取り巻く得体の知れない息苦しさ、いやな雰囲気は3・11以降、むしろ強まっているように感じます」




―死刑問題や原発、メディアのいびつな公平性、身近なところではスリッパまで。幅広いテーマを対象に問題の本質を掘り下げてゆくと、最後はいつも同じ日本人の「共同幻想」という壁に突き当たる……。こうした繰り返しのなかで、書いていて一種の疲労感というか、つらさ、やりきれなさのようなモノを感じるコトはありませんか?

「実際、ちょっと疲れています。特にコラムがウェブサイト上にも掲載されるようになってからは、ネット上で『売国奴』だの『非国民』だの『死ね』だのと、書かれるようになりました。それに屈する気もまともに相手にする気もないのですが、それでもああいう『憎悪』をしばらく浴びれば落ち込みますし、ゲンナリもします。

映像も活字の仕事も基本的にずっと同じテーマで描き続けてきたので、自分でもいいかげん飽きてきたことも確かです。そんなわけで、もう『直接話法』で表現するのはやめたいと思っています。これからは別の形、例えば同じ『集団化』というテーマをメタファー(隠喩)としてのドラマや小説といった形で表現していきたいですね」

(取材・文/川喜田 研 撮影/河合昌英)

■『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい




正義という共同幻想がもたらす本当の危機』




本書のタイトルのような言葉が、当たり前の“正義”として受け入れられている日本。筆者はそれを「共同幻想」と呼び、内包する危険性を訴える。死刑制度やオウム事件のほかに、領土問題、メディアに潜む共同幻想についてもひもとき、その正体を明らかにする

●森 達也(もり・たつや)




1956年生まれ、広島県出身。オウム真理教を描いたドキュメンタリー映画『A』で注目を集める。2011年、『A3』(集英社インターナショナル)で講談社ノンフィクション賞を受賞。現在、『小説新潮』でSF小説『チャンキ』を連載中




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