【新春インタビュー】芥川賞作家・西村賢太「僕は“仕方がない”から風俗に行っているんです」

週プレNEWS / 2014年1月3日 16時0分

 2011年、芥川賞受賞会見の際に発した名言(迷言?)、「そろそろ風俗でも行こうかな」で話題を集めた小説家・西村賢太氏。あれから3年経った今でも彼は、風俗に通い続けている。

 しかし、有名になったこと、年齢を重ねたことでその習慣にも“ある変化”が生まれているそうだ。

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■女のコに正体がバレたら、ハードなプレイがしにくくなるでしょう?

――最近はどれくらいのペースで風俗に通っているんですか?

西村:もっぱら、月2、3回ぐらいでホテトルに通っています。事前に『東スポ』や『アサ芸』の風俗ページの広告欄を見て、3万~3万5000円のコースをよく選びますね。

――今や西村さんは芥川賞作家の有名人です。風俗遊びもしづらくなってるのでは?

西村:いやいや、もう今さらという感じなんで、周りからどう見られても構わないと思っていますよ。でも、芥川賞を獲った直後に風俗に行ったときはさすがに警戒しました。こっちの正体が女のコにバレてたら、人格が疑われるような変な強要プレイはできないでしょう? 風俗で働くコって、意外と口が軽いところあるんですよ。聞いてもいないのに、「昨日、有名人の○○が来た」とか平気でバラしますからね。だから、最初にそれとなく小説の話を振ってみたんです。そしたら、小説なんてまったく興味がないという反応だったので、「あ、これならイイや」と(笑)。

――なるほど。ちなみに、西村さんはどんなタイプの女のコがお好みで?

西村:私はサービスよりもルックス重視。マジメで大人しそうな黒髪の女のコが好みですね。ケバいのはダメ。茶髪だったり、顔が黒っぽかったり、化粧が濃すぎたりすると、気持ち悪い生き物に見えて生理的に受けつけないんですよ。まぁ、そうはいっても、店に予約の電話を入れるときに「黒髪のコ」とか「OL風のコ」と自分の好みを伝えたところで、その通りに来た試しはないですけどね(苦笑)。

――好みに合わないコが来た場合、“チェンジ”したりするんですか?

西村:酷い女が来てもチェンジはしません。というか、できないですよ。バックに怖い人たちがついているんじゃないかという恐怖感がありますから(苦笑)。現に、最近仲良くさせてもらっているタレントの話ですが、ホテヘルで「写真と顔が違う」からと何度もチェンジを繰り返したらその店の人に「ホントに遊ぶ気あんのか、てめえっ!!」って激怒されたそうです。

――ボク、それとまったく同じ体験談を持ってます……。

西村:やっぱり、3回くらいチェンジして(笑)?

――はい。秋田のデリヘルで、宿泊先のビジネスホテルに呼んだんですが、最初のコが写真と別人で、二人目が死んだ魚の目をしていて、三人目が風邪をひいたオバちゃんで……。3回チェンジしたら、「いい加減にしろ!! キャンセルはもう許さんからな!!」って言われて最後に送りつけられたのが二人目のコだったんです。あのときの60分間は地獄でした。

西村:そこはもう勉強代ですよね(苦笑)。ボクだって、本当はチェンジしたい気持ちになることはあるけど、上を見たらキリないでしょう。だから、写真指名はあまりしないようにしているんです。その方が先入観を持たずに済むので、タイプと違うコが来ても諦めがつきやすい。そのときは完全にマグロになります。

■風俗に行くのは“やむを得ない”

――西村さんはいつもホテヘルでどんなプレイを楽しんでいるのですか?

西村:最近は、ストーリー性を持たせて遊ぶことが多いですね。風俗って、毎回違う女のコが来るけども、結局、やることは一緒でしょ? その流れを変えるために、自分の願望をストーリーにして、ホテトルの女のコに演じてもらうようにしているんです。

――ストーリーというと?

西村:まぁ、ボクが高校の先生になっていることが多いですね。放課後の教室に生徒(ホテトルの女のコ)が残っているところを、ボクがねっちょりとセクハラするんです(笑)。あ、プレイ前には必ず女のコに「これからボク、ものすごく汚い言葉を使うけれども、これはお芝居だから怒らないでね」と言っておくことも忘れません。

――JK好きなんですね(苦笑)。他にはどんなストーリーが?

西村:たまに強盗犯になります。ある昼下がり、一軒家へ強盗に入ると、学校から帰って来た娘(ホテトルの女のコ)がリビングのソファで昼寝をしているんです。強盗に押し入ったついでにそこを襲うっていうバージョンですね。「大人しくしてれば命だけは助けてやるぞ、ブス!」とか言って(笑)。


――それは楽しそうですね。ちなみにプレイ中にクンニはなさるんですか?

西村:10~30代の頃はどんな相手だろうと舐めていましたが、最近はよっぽど若くて可愛いコじゃないとクンニはやらなくなりましたね。あるハリウッド俳優がクンニのしすぎで喉頭ガンになったっていう話があったじゃないですか。で、「このままだと俺もガンになる」と思ったんです。もう手遅れかもしれませんが、それ以来、怖くなって自粛するようになったんですよ(苦笑)。

――でも、風俗好きな男の中には、風俗嬢と恋人気分を味わうために、クンニで相手を気持ちよくさせ、あわよくば、店外デート……って考えている人もきっと多いハズ。

西村:ボクも、30代前半までは風俗で恋人を見つけようとしていました。でも、ことごとくダメで、風俗に恋愛感情を持ちこむなんて自分を虚しくさせるだけだと気がついたんです。特定の女のコに入れ込むと、風俗に行く頻度が多くなるので金も掛かりますし……。それより、割り切って動物的に接している方が後腐れなくていいでしょう。風俗なんて、体の良いオナニーと同じですから。

――達観してますね。

西村:もう恋愛とかどうでもよくなっちゃった(笑)。結局、ヤレればプロセス(恋愛)なんて要らないんです。でも、ボクには嫁も彼女もおりません。〝性欲を処理できる相手〟がいないので、やむをえず風俗に行っている部分があるんですよ。




■勃たなくなっても、風俗には通います

――そもそも、西村さんが風俗に目覚めたのはいつ頃なんですか?

西村:15歳のときです。中学を卒業して一人暮らしを始め、最初に行ったのが池袋のソープランドでした。その店にしばらくして通い、次に金町(東京・葛飾区)の〝1万円ソープ〟に足を運ぶようになって……。ものすごく女のコのレベルは低かったですが、気がついたら風俗にはまっていましたね。

――15歳で風俗デビュー。しかも初っ端からソープですかっ! さすがです。

西村:当時のボクは、中学時代の同級生よりも先んじて〝女体を知りたい〟という焦りに駆られていたんです。そうしないと自分のプライドが保てないと本気で思ってた。周りはみんな高校に進学したのに、ボクだけが中卒でしたからね。今から思えば〝せめて女だけはこいつらより先に知らないと〟っていう変な見栄があったんだと思います。

――長い風俗歴の中で忘れられない女のコを一人挙げるとしたら?

西村:31歳のとき、地方のホテヘルでお相手してもらった女のコですね。顔がドンピシャ、ボクのタイプ。でも、プレイ中に借金の相談を受け、90万円ほど肩代わりしてあげたら、その後、音信不通になってしまい……という体験談をそのまま『けがれなき酒のへど』という作品に投影し、同人誌に発表したら、予想外の評価を受けて『文學界』に転載されたんです。これがボクのデビュー作にもなりました。デビューのきっかけを与えてくれたという意味でも、そのとき出逢った〝ふざけたホテヘル嬢〟は忘れられませんね。

――ステキな風俗談ですね。最後に、巷では20代・男性の“風俗離れ”が進んでいるなんて言われています。そんな若者に言いたいことはありますか?

西村:今どきのコは風俗に行かなくなっているんですね……。話が少し逸れますが、ボク、これまで何度か警察のご厄介になっているんですよ。最後に捕まったのが29歳のとき。20代の頃は毎日センズリこいてたんですが、そのときは10日間留置されて〝オナ禁〟を強いられたんですよ。そこを何とかこらえて出所すると、もう風俗に行きたくて行きたくて仕方がなかった。でも、店まで行く時間がガマンできなくて、結局、自分で抜いたんです。

――何の話ですか(笑)

西村:若者が風俗に行かないというなら、とりあえず10日間、〝オナ禁〟しなさい。そのうえで騙されたと思って風俗に行ってみてください。人生が変わると思います。

――西村さんは、いつまで風俗通いを続けるつもりなんですか?

西村:歳も歳なんで風俗に行く間隔は空くでしょうけど……、70歳になって、勃たなくなっても、そこは通い続けると思います。

――勃たなくなっても!?

西村:ホテヘルのコに言わせれば、勃たなくても「添い寝だけしてください」って言うおじいちゃんが結構いるようなんです。勃たなくても、ちゃんと汁は出るみたいで(苦笑)。それで、イッた瞬間におじいちゃんは言葉では表せないような、とても幸せそうな顔をするんだそう……。ボクもその感覚を味わってみたいですね。

(撮影/井上太郎)

●西村賢太(にしむら・けんた)


1967年生まれ、東京都出身。小説家。2007年『暗渠の宿』で野間文芸新人賞、2011年に『苦役列車』(新潮社)で芥川賞を受賞。他に『小銭をかぞえる』(文藝春秋)、『歪んだ忌日』(新潮社)などの著作がある

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