“世界一タフな犬ぞりレース”を完走した初めての日本人女性が綴るノンフィクション『犬と、走る』

週プレNEWS / 2014年5月20日 6時0分

「完走すること自体は大したことではありませんし、まだ階段をひとつ上ったにすぎません」と語る本多有香氏

大学時代に旅先で出会った犬ぞりレースに魅せられ、人脈も知識もなく、ただ強い熱意だけを携えて単身カナダへ渡った本多有香氏。以来15年、4度目の挑戦にして“世界一タフな犬ぞりレース”と呼ばれる「ユーコン・クエスト」を完走した顛末(てんまつ)が、このほどノンフィクション『犬と、走る』としてまとめられた。

現代の日本で暮らす人々にとって、想像を絶する過酷なレース環境と、あまりにも浮世離れした日常。困難に立ち向かい、夢に向かって邁進する彼女の姿は、必ずや大きな勇気を与えてくれるはずだ。本多氏に聞いた。

***

―極寒のカナダ・アラスカで1600kmを走破する過酷なユーコン・クエスト。まさに極限の世界に生きる本多さんですが、もともと幼少時代はどんな子供だったんですか?

「ちょっと騒々しかったかもしれないけど、ごく普通の子供だったと思いますよ(笑)。何かに夢中になるとそれに没頭してしまう……なんてこともなくて、どちらかといえば根性のない子供だったように記憶しています。強いて挙げれば運動は得意で、ほかの子より少しだけ走るのは速かったですけど」

―では、子供の頃に思い描いていた将来の夢は?

「それが、特に何もなかったんですよ。というより、自分が成人する姿がまったくイメージできずにいました。きっと、自分は大人になる前に死んでしまうんだろうなと、大まじめに思っていたほどで」

―ところが実際には、日本人女性として初めてユーコン・クエストを完走。あらためて、人生とは面白いものですね。

「そうですね。でも、日本人女性初というのは、私にとってはどうでもいいことなんです。完走すること自体は大したことではありませんし、本当に目指しているのはもっと高い所なので。まだ階段をひとつ上ったにすぎません」

―単身カナダへ渡り、最初に師事するマッシャー(犬ぞり師)が決まるまで、手探りの旅が続きます。その過程では、さまざまな人との出会いに恵まれたようですね。

「特にカナダのドーソン・シティに滞在していた頃は、街自体が非常に小さく、酒場らしい酒場がほかにあまりなかったため、行きつけのお店に行けばいつも同じ顔ぶれがお酒を飲んでいたんです。私も最初は単にビールが飲みたくて通っていたのですが、そのうちに知り合いが増えていって……。そこで犬ぞりレースの関係者を紹介してもらえたりもしましたし、現地のコミュニティに入り込めたのは大きかったですね」

―遠い異国で、現地の人と打ち解けるために、何か心がけていたことはありますか?

「私はもともと、人付き合いがあまり得意なほうではないので、とにかくお酒を飲むことに徹していました(笑)。幸せそうに酔っぱらっていると、誰かしら話しかけてきてくれるんですよ」

―突然ふらりと現れた日本人女性は、彼らにとってもさぞ珍しい存在だったでしょうね。

「そうですね。特にわざわざ冬場にやって来た日本人は初めてだと、かなり珍しがられたことを覚えています」

―カナダからアラスカへ移動した後、現地で永住権を得るために偽装結婚を企てるエピソードが非常に印象的です。なぜ、そこまでして永住権を欲しかったのでしょう?

「犬ぞりレースはとにかくお金がかかります。永住権がなければ仕事も満足にできませんし、ビザの都合で半年ごとに日本へ帰らなければならないのも、金銭的に大きな負担でした。それに何より、将来的に自分の犬舎を持つためには、どうしても永住権が必要だったんです。私の目標は、ただレースに出ることではなく、自分の犬で走ることでしたから。永住権を手に入れるためには、結婚するのが手っ取り早い手段だと思い、必要な書類もすべてそろえ、本気で結婚しようと考えていました」

―レース以前にも多くの障壁が立ちふさがったことがうかがえますが、諦めたりくじけたりする様子は一切見られませんね。

「諦めて日本に帰ってしまったら、それですべておしまいですからね。自分でもなんでそこまで頑張ろうとしたのかよくわからないんですけど、まだスタートラインに立ててもいないのに諦めて帰るという選択肢は、私のなかで微塵(みじん)もなかったです」

―犬というのは、本多さんにとってどのようなパートナーですか?

「一般的なペットと飼い主の関係と、さほど変わらないと思いますよ。ただし、リーダーシップは私にあります。私にとってかわいい子たちであるのに変わりはありませんし、仲良く暮らしていますけど、主人はあくまで私。そこが徹底できていなければ戦えないと思います。でも、いざレースになれば、彼らも楽しそうに走っていますよ。やはりみんな、走ることが大好きですからね。そして、いい走りができると私が喜ぶとわかっているから、いっそう頑張ってくれる。今、犬舎に26頭の犬がいますが、どの子も最高のパートナーです」

―世話をしながらトレーニングに励む生活は、非常に厳しいものと想像します。現在の平均的な一日の生活サイクルは?

「この時期(4月現在)はシーズンオフですから、割とのんびりしています。朝6時に起きて、犬舎の掃除をして餌をやって、8時になると私は仕事に出かけます。今は清掃の職に就いていて、午前中は軍のキャンプ施設の清掃。昼過ぎに一度帰り、簡単なランチをとったり、あるいは友人が働いているカフェで残り物をたかったりしています(笑)。その後は雪かきなどの雑用をこなして、晩にはまた別の現場へ清掃の仕事に行きます。すべて終わるのはだいたい22時半くらいでしょうか。冬場はこれにトレーニングが加わるので、あまり睡眠時間も取れなくなってしまいますが」

―今回の本にも詳しいですが、水道も電気も通っていない手造りキャビンでの生活は、何かと不便も多いでしょうね。

「今の時期は雪解けの季節なので、とにかく雪かきが大変。でも、まだレースに向けたトレーニングも始めていませんし、空き時間には近所の知人の家に雑談をしに行ったり、それなりに気ままですよ。キャビンでは携帯電話の電波もほとんど入らないので、日本のニュースなども知人に教わったりしています」

―そうして、次のユーコン・クエスト出場のときを待っている、と。

「今年もぜひ出たいと思っているんですけど、予算を用意できるかどうか……。この本が売れてくれると助かるのですが(笑)」

―読者の中にも、なんらかの夢を追っている人たちが大勢いると思います。最後にぜひ、体験を踏まえてアドバイスをお願いします!

「私自身、まだ夢を叶えたわけではないので、偉そうなことは何も言えません。時には落ち込んで、お酒に溺れたりもしています。でも、身をもって感じているのは、とにかく忙しく動き回っていれば、よけいなことを考えずに済むのではないかということ。

何しろ、人生ってものすごく短いですからね。私の父は54歳で亡くなっているのですが、同じ年で死ぬとしたら、私にはあと13年しか残されていないことになります。立ち止まって考え込むのはもったいないですよね」

(構成/友清 哲 撮影/山本尚明)

●本多有香(ほんだ・ゆか)




1972年生まれ、新潟県出身。岩手大学農学部卒業。犬ぞりレースへの参戦を志し、98年にマッシャー(犬ぞり師)になるため単身カナダへ渡る。2012年には4度目の挑戦にして初めて、ユーコン・クエスト1600kmを完走。これは日本人女性として初の快挙となった

■『犬と、走る』




集英社インターナショナル 1800円+税

大学時代のカナダ旅行の最中に、初めて目にした犬ぞりレースに魅せられ、単身カナダへ。マッシャーの下でハードな修業生活を経て、1600kmの距離を10日間以上かけて横断するレースを完走した著者。犬たちとともに歩んだ波瀾万丈の半生をつづる




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