レジェンド・葛西紀明×山岸舞彩、特別対談「すべてのスポーツの中で一番難しい。それがジャンプです」

週プレNEWS / 2014年6月9日 6時0分

ソチ五輪で獲得した銀、銅のメダル。4年に一度、たった2本のジャンプの瞬間に全てをかける、それがアスリートだ

『NEWS ZERO』キャスターの山岸舞彩がトップアスリートに独占インタビューを敢行していくシリーズ「挑戦者たち」。その第2弾はソチオリンピックで躍動した“レジェンド”こと葛西紀明が登場。

ユーモアを交えた穏やかな口調は紳士そのものだったが、以前はメディアが大嫌いだったという葛西。はたして山岸は、素顔を引き出せたのか?

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山岸 ソチオリンピックが終わってからは、やっぱりすごく忙しいですか?

葛西 ええ。でも、だいたい思い描いていたとおりかなって思います。何か、自分が成功してこういうふうになるって描いた夢というか、そういう感じでしたね。メダルを取って、みんなの人気者になって、忙しくなって。

山岸 メディア対応もすごく丁寧にされるって有名ですよね。

葛西 昔は大嫌いでしたよ。

山岸 そうなんですか?

葛西 カメラ向けられても、ツーンとしてました。

山岸 なぜ変わったんですか?

葛西 たぶん、恥ずかしがり屋だけど目立ちたがり屋なんです。人見知りだけど、ジャンプでは目立ちたい、みたいな。20年くらい前にケガをしてちょっと低迷した時期に「自分って、目立ちたいのになんで(メディアを)嫌ってるんだろう」って気づいて。いっぱい新聞に載れば目立つじゃないですか。それで考えを改めまして。

山岸 (笑)。

葛西 ただ、やはり話すのが下手なんでしょうね。昔はよく取っつきにくいとも言われたし。

山岸 私は今日お会いしたときから「なんていい人なんだ!」ってずっと思っていますが。

葛西 それはまだ見せてないから。

山岸 本当ですか?

葛西 まだ二割くらいしか。

山岸 まだまだですね(笑)。この後のインタビューがんばります。それで、個人戦ラージヒルで銀メダル、団体戦で銅メダルを獲得と、見事な成績を収めたソチオリンピックが終わって少し経ちましたけど、振り返っていかがですか?

葛西 あの個人戦は、銀メダルでちょっと悔しかったんです。悔しかったけど、今思うとあの厳しいレベルのなか、団体戦も個人戦もよくメダル獲れたなと思いますね。

山岸 シーズンを通じてすごく調子がよかったじゃないですか? ワールドカップも優勝しましたし……好調の要因みたいなものはありましたか?

葛西 たぶんジャンプって、いきなり調子よくなる人と、少しずつ重ねて調子よくなる人といると思うんですよ。僕は後者のタイプで、滑るのも、目線とか、頭の位置とか、お尻の位置とか、重心とか、ずっと毎日いろいろ試しながら飛んでいるんですよ。タイミングはこうで、方向はこうで、力はこうで、空中はこうで、っていうのがたくさんあって、0コンマ何秒のなかで全部やるのってすごく難しい。たぶん、スポーツのなかで一番難しいと思います。0コンマ何秒の世界で、4年に一度、たった2本のジャンプにすべてを合わせるんです。後戻りはできない。

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インタビュー「ソチ五輪、決戦の朝“レジェンド”が号泣した理由」の全文は『週刊プレイボーイ』25号に掲載。

(撮影/松井英樹)

■葛西紀明 KASAI NORIAKI




1972年6月6日生まれ、北海道下川町出身。身長177cm、体重61kg。前人未踏の7大会連続の冬季五輪出場、日本人男子最多となるW杯通算16勝、W杯最年長優勝(41歳7か月5日)などの記録を打ち立て“レジェンド”と称えられるスキージャンパー。悲願の個人戦メダルを手にしたソチ五輪後に結婚を発表。新たな家族とともに8度目の五輪と金メダルを目指す

■山岸舞彩 YAMAGISHI MAI




1987年2 月9日生まれ、東京都出身。キャスター事務所セント・フォース所属のフリーキャスター。2009年4月から2011年3月まで『Jリーグタイム』(NHK BS1)のキャスターを担当。2011年4月から2013年3月まで、NHK総合テレビの週末のスポーツニュース・情報番組『サタデースポーツ』『サンデースポーツ』のメインキャスターを担当。2012年にはNHKロンドンオリンピック放送の現地キャスターにも起用された。現在は『NEWS ZERO』(日本テレビ系)に、月曜~木曜のレギュラーキャスターとして出演中

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