ASKAだけじゃない! 薬物回復施設の壮絶現場ルポ (1)ダルク編

週プレNEWS / 2014年8月27日 6時0分

6時半に起きて食事の後、ミーティングが始まる。朝に弱い薬物依存者たちがきちんと起きることから、治療のステップは始まるという

ASKA(本名・宮崎重明)の逮捕で、クローズアップされる薬物使用の問題。自力で治すことは困難といわれる薬物依存症だが、その回復施設ではどんな取り組みが行なわれているのだろうか。

■依存者の4分の3は再び薬物に手を染める

茨城県結城(ゆうき)市にある茨城ダルク。ここでは毎朝8時半から10時までグループセラピーを行ない、午後は野外活動に加えて自助グループと呼ばれる外部ミーティングに参加する。

30人を超える入寮者は農地に囲まれた田舎で24時間集団生活を営む。薬物回復施設はどこもそうだが、スタッフも依存症経験者だ。

代表の岩井喜代仁(きよひろ)氏は元暴力団組長で覚せい剤の売人だった。そのせいなのか、やんちゃな入寮者が集まりやすく、全国に57ヵ所あるダルクの中でも独特の雰囲気があるという。

8月上旬、朝のミーティングに参加した。司会役のスタッフと参加者が、回復のプログラムと呼ばれるテキストを音読することから始まる。

“どんなアディクト(依存症)でも、プログラムに従って徹底的にやれば必ず回復できる”

それが終わるとその日のテーマが発表され、各自が語る体験談へと進む。この日のキーワードは「感謝」。話すことで自分の過去を振り返り、見つめ直す効果がある。「棚卸(たなおろ)し」と呼ばれる作業だ。

体験談に対しては誰も意見をしない。5分から10分程度自由に語ってもらうだけ。徹底して聞き役に回るのには理由がある。薬物依存者は自己中心的になりやすい。それを黙って人の話を聞くことで抑え、なおかつ自分との共通点に気づいてもらうためだ。






どん底を味わった入寮者たちの話はどれも生々しい。

危険ドラッグで警察に捕まり、2度目の入寮となるコージーさん(26歳)は、明るくこんな話をした。

「中学を卒業して工場などで働いたが、どこも汚い作業で給料も安い。飲み屋で自分は看護師だとウソをついたら、相手の対応が違った。しょせん、社会に出ても自分はケツのケツ。いろんな薬物をやったが、クスリはそんないやなことも忘れさせてくれた。でも今考えると、もっと仕事をがんばればよかった」

山口刑務所で懲役を過ごした末にたどり着いた中年の男性は、ダルクに感謝しているという。

「初めは、こんなミーティングしたぐらいで依存症が治るんかいなと思ったけど、自分と同じような経験をしている体験談を聞いていると『もう、クスリはやめとこうか』と思うようになった。それまでやめ方を知らなかったが、ダルクに来て教えてもらった」

入寮者は全員が県外から来ている。薬物を使う知り合いがいない環境で、依存から抜け出したい仲間同士が集団生活する。そうすることで、スリップ(再使用)しづらいという。

ここではダルクの依存症回復プログラムを使って、ひとつずつステップを踏む。だが、それでも依存症から抜け出すのはそう簡単ではない。

「今まで約4000人が出入りし、回復途上はそのうちの1000人。3000人近くは刑務所へ戻ったり、施設を転々としたり。死んでしまったのも127人いる。どれだけ手助けできているのか自問することもあります。だけど、依存症は治療をしないとまた問題を起こす。ダルクのような、クスリを使わない生き方を学ぶ施設は必要なのです」(前出・岩井氏)

取材に訪れた1ヵ月前にも、ここを出た2人が死んだ。1人は電車が来る線路へ飛び込んだ。まさに、薬物依存から回復するための戦いは壮絶だ。

(取材・撮影/桐島 瞬)

■週刊プレイボーイ36号「ASKAや危険ドラッガーはどんな治療を受けるのか? 依存者たちの壮絶現場ルポ」

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