敗者に笑顔あり! 高校軟式野球“延長50回”の伝説、崇徳・石岡樹輝弥君に独占ロングインタビュー「自己中だから投げられた…」

週プレNEWS / 2014年9月13日 6時0分

自己中で負けず嫌いの目立ちたがりという石岡君だが、この華奢な体で50回を投げ切るとは!

4日間、10時間18分、1398球ーー先月31日に決着を見た第59回全国軟式野球選手権大会、準決勝の中京(岐阜)-崇徳(広島)戦は球史に残る名勝負として記憶されるものとなった。

スコアボードに延々並んだ0。両投手が全イニングを投げ切った、ありえない展開。延長50回に中京が得点し、死闘にピリオドが打たれた前代未聞の試合は、異例の注目を浴び、感動を呼んだ。

勝った中京はそのまま優勝、最後のマウンドには「途中、記憶がなくて…」と語ったエース・松井大河が立っていた。そして、その応援席には敗れるも決勝戦を見守った崇徳野球部員と準決勝全50回を投げ合った石岡樹輝弥(じゅきや)の姿があった。

誰も経験したことのない、その“境地”。だが、勝者と敗者で見えた光景はいかに違ったのかーー。

「伝説」「奇跡」と語り継がれるであろう、その4日間を本人に直撃。松井君に続いて、全インタビュー“9イニング”ロングランで完全収録!

 *  *  *

-あの試合から10日(取材は9月10日)、振り返ってみて、率直な気持ちを教えてください。

石岡 1週間くらい疲れがとれませんでしたが、今はだいぶ楽になりました。練習も昨日から始めました。

-西中国ブロックの代表として全国大会に出場、中京に当たる前の初戦、第2戦は?

石岡 初戦は7回まで自分が投げて、8回からは背番号1の重松君が投げたんです。先制点を取られたんですが、そのあと自分のヒットと4番のヒットで同点、8回にも1点取って逆転勝ち。9回で終わりました。

-実は、石岡君は背番号6で投手のほかショートも守る。エースは背番号1の重松君だった?

石岡 いや、うちのチームは僕と重松君の2枚看板です。

-では、先発したものの同点の7回で交代したのは?

石岡 投げてたら、4回くらいから人さし指の先に血豆ができてきて。やばいなと思ってたら、案の定、コントロールが曖昧(あいまい)になってきて、球もキレがなくなったんです。交代して、すぐの守備でボールを投げた時、その影響で血豆がつぶれて、指先を見たら血も出ていて「あっ~やってしまった。もう投げれないかも」って思いました。

-それで、2試合目は?

石岡 自分が投げて、相手のミスもあって4点もらって、そのまま3安打完封しました。

-血豆がつぶれて出血しても先発で行ったんですか?

石岡 つぶれたことはつぶれたんですが、ちょっとだけ指の皮が破れて、溜まっていた血がすーっと外に出ていったんです。その後、浮いていた皮がまた元に戻ってくっついたんですよ。投げてみても、かえって指先の皮が強くなった感じがして、いい感じで投げれました。もし、、その皮がべろっと剥(む)けたり大きく裂けていたら延長50回なんて無理だったと思います。

-実はそういう伏線も。そして、準決勝の相手は全国制覇を6回している古豪・中京です。最初、どうでした?

石岡 何度も全国制覇しているのは知ってました。実際やってみて、バッターひとりひとりのオーラがすごいんです。いつでも打ってきそうな感じがして。ひとり抑えるのに、他のチームの倍疲れるような感じがしました。

-それでも抑えたわけです。まず1日目の延長15回が終わって、試合後どうでしたか。

石岡 本当は疲れてたんだろうと思うんですが、自分の調子がよかったこともあってか、そんなに感じませんでした。それより、明日は“最初の回で終わらせる!”と。今振り返っても、この頃はいつもと変わりませんでした。

-その16回から再開した2日目、初回で終わらせるつもりが……。

石岡 ポンポンポンと0が続いてしまって……。

-しかし延長30回の裏、1アウト満塁となりサヨナラのチャンスでした。

石岡 僕はランナーに出てたんですが、あそこで決めたかったのに決められませんでした。50回もやると本当にピックチャンスというのが何回かあるんです。この1アウト満塁の他にも、ノーアウト3塁(3日目の34回)というのもあって。そのチャンスを取りきれなかったことが負けた一番の原因だと思います。

-その日の疲労感はどうでした。チームメイトからは何か……。

石岡 不思議なんですが、疲れているはずなのに自分ではそう感じませんでした。みんなは「決めきれずに、ごめんな」って謝ってくれました。

-中京の野手の中には、松井君に申し訳ないと泣きだす選手もいたそうですが。

石岡 えっ、そうなんですか。いや、うちの野手たちは、延長戦になってもみんな「おっ、また明日もか」って感じで笑ってました(笑)。うちは、ずけずけホンネを言いあって、それでみんな笑顔でっていうチームなんで。

-実際、延長戦をやっている間はどんなことを話してたんですか?

石岡 「点とってあげれなくて、ごめんな」って、野手がよく言ってきてくれるんですが、「いいよ、いいよ」って期待している言葉をあえて言わずに、ストレートに「ほんまチャンスに弱いなー、さっさと点取れや」って。笑いながら、あえてストレートに返すんです。そしたら向こうも笑いながら「わかっちょる、わかっちょる。次は絶対、点とるけん!」って。それを聞いて、また僕も笑ってるみたいな。

-そういう本音を言い合うチームカラーはどこから? 伝統ですか。

石岡 どこからというのはないんですが、とにかく自分達がいつも笑顔を作ってるんで。もう、チームカラーは基本明るいです。うちはなんでもポジティブシンキングですね(笑)。去年は全国大会出場を決める試合で1-0で負けてしまって出れなかったんです。それで、絶対に今年こそは全国に出てって思ってましたから。

-それにしても、翌日に継続試合となって、しんどいなという気持ちと、また投げられるというポジティブな気持ちとどっちが?

石岡 自分はもちろん勝つのが一番嬉しいですけど、投げてること自体も嬉しいんで。もちろん「早く決めろよ」っていうのもありましたけど、このまま投げても楽しいなって気持ちはありました。

-まだ楽しい気持ちが? 疲れもあまり感じてなかったそうですが、身体面でのケアは?

石岡 2日目と3日目が終わった夜は理学療法士のOBの方にきていただいて、ケアを倍の時間かけてやってもらいました。いつもはチームメイトにやってもらってるんですが、全然違ってて(笑)。すごく楽になりました。

-では、3日目となって延長31回から45回もそれで乗り切れた?

石岡 試合前は確かに疲れはあっても、体も気持ちもいつものように試合に入れました。ところが、実際に投げてみると、いつもと違うとだんだんわかってきました。

-その違いとは?

石岡 まず、1回がいつもの感覚より、ずっと長く感じました。いつもの2倍くらい長い時間投げているような感覚で。投げてても、高めに抜ける球が増えてきて、なんとか修正しようと低めへのコントロールを心がけると今度は逆に低めすぎてワンバンになってしまうといった感じでした。

-そこで、ようやくキツさを自覚できてきた、と。

石岡 はい、確かに延長50回やったんですが、1日目、2日目の延長30回まではキツくてもなんとかなるキツさだったんですが、3日目からは半端ないというか、格段にキツさのレベルが上がったって感じがしました。

-体の痛みとかは……?

石岡 腰と足にだんだん痛みが出てきてました。

-そこで、なんとかしようとマウンド上で対策を?

石岡 はい、笑ってました(笑)。

-笑顔? そこでも笑顔になれたんですか。その効果は……。

石岡 はい、俺は全然キツくないよって顔です。相手にそう見せるのもありますが、それよりも一番は自分に「まだ、全然キツくないよ」っていいきかせてました。

-それもまたマウンド上での戦い方だったわけだ。そこでチームメイトの野手は?

石岡 笑わせにきましたね(笑)。まあ、(タイムアウトで伝令が)監督の言葉を伝えにくるんですが、すぐに終わるんで、あとは笑わせようと無駄話いっばいしてました。特にキャッチャーが一年下の後輩なんですが、すごくお調子もんなんです(笑)。マウンドきて何を言うかと思ったら「先輩、このピンチすごくヤバくないすか?」って。

こっちは、当たり前だろーって感じですが、その後、「でも大丈夫です。俺がこの後しっかり打って試合を決めるんで任せてください」って。もう「はいはい、わかった、わかった。好きなように打ってくれ(笑)」って感じで笑うしかなくなるんです。

-明るいというか、そのやりとりができるのもすごい。

石岡 はい。最終日は観客がスゴかったんで、「おい、ちょっと見てみろ。観客の数、半端ないぞー」って言ってくれたり。

-その調子だと、「おい、あそこにカワイいコおるぞ」くらい言ってそう(笑)。

石岡 さすがに、そこまではなかったですが、試合途中で「こんなに長く試合して疲れたから、早く勝って終わって温泉にでもいこうや」「いいね、いこういこう」とかいう、つまらん話ばかりしてました。

-やはり、そんなチームメートがありがたかった? 中京の松井君は、いつまで投げ続けるのかと思うと不安感に襲われたと話してましたが。

石岡 僕はそれはなかったです。だから、すごく助かりました。ピンチで硬くなりそうな時、いつものリラックスした状態に戻してくれてましたから。

-なんとか、それで45回までも0で抑えて。その日、投げ終えた疲労感は?

石岡 前日の試合までとは違ってスゴかったです。でも、40回に入るくらいから、もうひとりの背番号1の重松君に交代するようなことが言われてて。それを聞いた途端、「絶対に代わらないぞ!」って気持ちが湧いてきました。せっかくここまで投げてきたのに、ここで無様なピッチングをしたら代えられてしまうと思ったら、余計やる気になったというか。燃えてきました。

-重松投手も、最後まで石岡君に投げさせてほしいと言ったという報道がありました。

石岡 45回が終わった日の夜に、監督が「明日は重松でいく」って他のチームメイトに話してたというのを、4日目の朝に聞いたんです。でも自分としては、やっぱりマウンドを譲りたくなかったんで、朝、重松君と話して。「最後まで投げたいか?」って聞かれたから、「絶対に投げたい」って。続けて、「俺がこの準決勝を絶対勝つから、おまえは決勝まで待っといてくれ」って言うと、重松君も「わかった」って。

-それで監督には?

石岡 その朝、投手陣と監督とのミーティングがあって、その時に重松君が「この試合は最後まで石岡に投げさせてください」って言ってくれました。

-この背番号1のもうひとりの投手がいたからここまで投げられた?

石岡 それはあります。絶対に代わりたくない、この試合は最後まで自分か投げるんだという気持ちになれて。あそこまで投げられたのは、チームに背番号1のもうひとりの投手がいたから。重松君のおかげです。

-そんな背番号1の投手に対して、どういう思いが?

石岡 今はほんまに申し訳なかったという気持ちです。やっばり決勝で投げてほしかったですから。それをさせてあげられなかったので。

-その後、話しましたか?

石岡 はい、準決勝が終わって話しました。「ごめん」って謝りました。重松君は「気にするな、俺は国体で暴れるけー」って(笑)。

-話は前後しますが、そして最終日の4日目。朝にそんなやりとりがあって、46回はどんな気持ちでマウンドに?

石岡 この朝の、背番号1の重松君の気持ちもわかった分、絶対に勝ちたかったですし。この日は9回までで最後だったんで、もう最初から思いっきりフルスロットルで飛ばしていこうと。

-それが実際に投げてみてどうでした?

石岡 自分ではフルなんですが、やはり体が言うことをきいてくれなくて。思ったほどコントロールがつかない、スピードも出ませんでした。

-そして、ついに50回、決勝点につながるバント処理で二塁に悪送球をするエラーが……。

石岡 やはり打球をとって、(ホースアウトを狙って)二塁に投げるのに下半身に疲労がきてたので、本来なら下半身から回転して投げるのが言うことをきかず体の軸がぶれて手投げになった分、暴投になってしまいました。

-その後、まさかの暴投に四球と続いてノーアウト満塁のピンチ。そこでライト前にヒットを打たれ、初めて失点しました。その瞬間は覚えてます?

石岡 はい、覚えてます。キャッチャーはスライダーのサインを出したんですが、自分の一番自信のあるボールはストレートだったんで。こんなピンチの時こそ、悔いが残らないように最後は全力でストレートを投げましたが、打たれました。

-悔いのない失点でしたか?

石岡 悔いはあります。けど、しょうがないという……。

-結局、その回に3点を取られ、9回裏も味方の反撃はならず、ゲームセットの瞬間は覚えてます?

石岡 覚えてないです。それまではベンチで試合を見ていたのは覚えているんですが。そのゲームセットの瞬間からあまり記憶がないんです。普通に整列して、(戻って)キャッチボールしたんだろうなというのはなんとなくわかるんですが。その時、何を思ったとかはまったく記憶がないんです。

-松井君は声をかけあったと言ってましたが。

石岡 はい、その部分は覚えてます。自分が『絶対に優勝してくれ』って。そしたら『わかった』って。そういう会話をして、そのままベンチに帰りました。

-その後、取材とかも受けて、記憶が戻ってきたのは?

石岡 アイシングしている時です。「あっ、俺アイシングしてる」って。これまではずっと試合に勝った後だったんですけど、初めて負けた後だったんで。いつもなら、「よし、次の試合も頑張るぞー」って思いながらしてるのに、初めて次のことを考えなくていいアイシングだったんで、「初めてだなー」って。そこからは記憶があるんです。

-ある意味、我を取り戻して、悔しさがこみ上げたとか?

石岡 いろんな人がうちの応援に駆けつけてくださってるのを思い出して。負けたけど、最後まて胸張ってやらないといけないと思いました。

-決勝では、中京の応援席に崇徳ナインが座って見守ったことも共感を呼びました。何かきっかけが?

石岡 もう自然にみんな「応援しよっか」ってなって。自然にそうやってました。

-そして、中京が優勝しました。

石岡 やはり、優勝してくれて嬉しかったです。

-50回を投げて、故障とかは?

石岡 ないです。疲れてるのは疲れてましたけど、病院とかも行ってないです。

-崇徳独自の練習法とか、普段から延長戦を想定してスタミナを強化したりとか。

石岡 普通です。特別なことはないです。

-では、延長50回を投げ抜けた要因、あるいは崇徳の軟式野球部だからこそと思いあたることは?

石岡 個人としては、やはりチームメイトがいたからです。笑わせてリラックスさせにきてくれただけでなく、届きそうにないファールでも全力で捕りに行ってくれましたし。それに、やっぱり交代されたくないと思わせてくれた背番号1のもうひとりの投手。それと両親も応援に来てくれたりして支えてくれました。

-チームとしては、他にも?

石岡 やはり、8月に広島で起こった土砂災害が大きかったです。大会の前で、チームメイトや監督さんとも、被災された人を励ますためにも頑張って明るい話題を届けようと、大会前に何度も話し合いました。

-大会終了後、中京の選手たちが広島の被災者に向けて義援金を募るというニュースもありましたね。

石岡 ありがたかったです。

-こうして話を聞いて、やはり精神的にもしっかりしてるなと感じますが。自分のピッチングの持ち味、強みは?

石岡 ストレートです。自分でいうのもなんですが、ストレートのキレです。外で見るよりも、実際にバッターボックスに入ってみた方が速く感じるバッターが多いんじゃないかなと。それと、試合中もギアを上げたり下げたりできることです。

-そもそも、なぜ硬式でなく軟式だったんでしょう?

石岡 何度もそれ聞かれるんですが。なんとなくなんです。なんとなくとしか言えないです(笑)。

-では、軟式をやってきて、よかったと思う?

石岡 よかったと思ってます。ここまで注目を浴びられたのは、軟式をやってきたからだとも思いますから。

-松井君は大学で硬式に転向するようです。石岡君も将来の夢は、プロとか?

石岡 ないです。まだわかりません。進学して野球は続けようと思ってますけど、軟式か硬式かはまだ迷ってます。

-ちなみに、好きなチームとか、目標にしてた憧れの選手は?

石岡 カープファンですけど、この選手を目標にとかはないです。

-受け答えもはっきりして意志の強さが垣間見えますけど。自分の性格を分析すると?

石岡 ひと言でいうなら負けず嫌いです。なんでも負けたくないですね。あ、勉強以外は(笑)。

-実は、目立ちたがりの自己中だったり?

石岡 はい、そうです。自己中でいいです。でないと、あんなひとりで50回も投げられません(笑)。でも、僕だけでなく、うちのチームは大抵みんなそうです(笑)。

-“伝説の50回”として、今後も何かと注目を受け続け、こういう取材も多いと思いますが。

石岡 嬉しいです。自分に注目が集まることが嬉しいので(笑)。

-ほんと、プロ向き(笑)。では10月13日からの国体でもまた注目されるはずです。中京と再戦したい?

石岡 はい、もちろん。目標は中京を倒すことなんで。

-けど、背番号1の重松君が「俺は国体で暴れまくるけー」と言ったんですよね。

石岡 はい、普段の試合は重松君に投げてもらってもいいんてすが。中京戦だけは、やっばり自分! ここは譲れないですね(笑)。

-また松井君と投げ合うことになったら、次はどういう試合をしますか。

石岡 先制点を取って、さっさと9回で終わらせます。

-延長50回を戦ったことで、今後の人生が変わりそうですか?

石岡 先のことは、まだわかりません。

-では最後に、あの試合を戦い抜いて、自分が得た一番のものとは?

石岡 自信です。自分の球が一体どれくらい全国レベルで通用するのか不安だったのが一回戦、二回戦と勝ち進んで最後は延長50回投げられたんで。自信がつきました。

-昨年の地区大会決勝、全国大会出場を逃してから1年、まったく違う経験ができた。

石岡 はい、それもあって全国でどれくらい通用するのかを知りたかったんです。去年負けたのが悔しくて練習量は1.5倍くらい。同じ練習するにしても、それまでと違ってひとつひとつ真剣に取り組むようになったと思います。

-その全国で投げる目標が実現し、強豪・中京相手に投げれば投げるほど通用するとわかって。この大会は楽しかった?

石岡 自信もついたし、みんなに注目されたし、すごく楽しかったです(笑)。

-最後にいい笑顔をしてくれて。延長戦のロングインタビュー、ありがとうございました!

■石岡樹輝弥(いしおか・じゅきや) 身長167センチ、体重57キロ。右投げ左打ち、ポジションは投手、ショート

(取材・文・撮影/ボールルーム)

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