何が標的とされたか時代が語る、東京都初の有害図書指定から50年の戦い

週プレNEWS / 2014年11月29日 6時0分

今年11月、東京都の「青少年健全育成条例」による有害図書指定は、初指定からちょうど50年を迎えた。1964年11月にスタートして以来、ほぼ毎月休むことなく行なわれてきたわけだ。

この条例は、青少年に悪影響を与えると思われる雑誌、書籍、ビデオなどを審査した上で「有害図書類」(※)として指定するというもの。とはいえ、全国的な統一基準はなく、審査も各自治体が自分たちで行なうため有害指定される図書類は都道府県によって違う。

(※東京では「不健全図書類」が正式な呼称だが、ここでは便宜上「有害図書」と表記する)

そんな有害図書に、例えば東京都では、これまでどんなものが指定されてきたのか。その履歴は、都が毎月発行している東京都公報の「指定図書」の項目に記されている。

●「有害」指定黎明期(64~79年)




64年11月、記念すべき(?)指定第1号に選ばれたのは、『風俗奇譚』(12月号、文献資料刊行会)や『100万人のカメラ』(12月号、新風社)ほか8つの雑誌だった。その中のひとつ『奇譚クラブ』(天星社)は、SMや同性愛をテーマにしたエロ本で、裸の女性が緊縛されている写真や一枚絵などが掲載されている。

条例が施行される直前の10月号において、同誌の編集長がこのような手記を掲載している。

「本月号の口絵とグラビヤ写真を全廃しようか、どうかという点について締切間際まで考えぬいた」「読者の方々からは、そんなに堅くばかりしたんじゃ、もう買ってやらないゾ、と脅かされるし、お前のところのような悪書は絶対に書店の店頭には並べさせないゾという声が巷(ちまた)に満ちている」

ハードさを売りにしていたらしく、自粛の苦悩がよく伝わってくる。

60年代末期から70年代にかけて有害指定のターゲットになったのは、主に週刊誌だ。

66年10月に創刊された『週刊プレイボーイ』も69年7月に、初めての指定を食らっている。『週刊ポスト』『平凡パンチ』といった雑誌もこの時期に集中して指定の対象になった。

なぜ指定されたのかの記録は残っていないので、詳細な理由は不明だが、これらの雑誌の「有害」と認定された号を実際に見てみると、共通するのは「フリーセックス」「トロイズム」(寝取られ願望)といった、当時の日本人にとっては過激なセックス特集が組まれていたこと。これが青少年に悪影響を及ぼすと判断された可能性は高い。

さらに、『SMグラフ』(69年4月号、手帖社)、『SMセレクト』(71年11月号、東京三世社)など、タイトルに“SM”と銘打たれている雑誌がとりわけ狙い撃ちされていたのもリストから見えてくる。

編集プロダクション「漫画屋」の代表で、70年代初頭からエロマンガ編集者として活動している・塩山芳明(よしあき)氏はこう振り返る。

「70年代、東京都はSMという単語や表現に過敏に反応していたね。指定を逃れるためにマンガの原稿に描かれていた縄をホワイトで全部消したこともあったよ」

70年代後半は「ロリコン」文化が出現した時代でもあった。その反映か、77年12月には『下着の美少女 第2集 人魚の絵本NO.1』(九段出版)と『制服写真集・濡れた制服』、(アリス出版)、79年11月には『女子高生兄妹』(アリス出版)が指定されている。

●オタク冷遇期(80~90年初頭)




80年代後半、急速に指定数を増やしたジャンルが“オタク系エロマンガ”だ。これは当時、アニメやマンガで流行していた絵柄の、今でいうところの“萌え~”な美少女キャラがエッチなことをする作品たちである。

『漫画ホットミルク』(89年2月号、白夜書房)の初指定を皮切りに、90年代に入って、このジャンルの指定は急増した。

その背景にあったのは、90年から数年にわたって続いた「有害コミック騒動」だ。これは、当時のメジャー誌に掲載されていたマンガの性表現が過激であるとして始まった、悪書追放を求める運動で、運動の担い手は主に主婦たち。オタク系エロマンガは特にやり玉に挙げられた。

この運動が盛り上がっていた91年に、出倫協がスタートさせた自主規制が「成年向けマーク」の導入であった。

●エロ本逆襲期(90年代中盤~2000年代初頭)




だが、このマークの導入をきっかけに、エロ本はむしろ勢いを増すことになる。

有害図書指定は、あくまで有害な本を子供が手に取らないように「分ける」ことが目的。最初から区分されていれば販売できる書店も限られるけれども、指定対象にはならないので、より過激な内容を掲載できたわけだ。そのためこの時期、エロ本はとにかく売れた。

しかし2003年の都条例の部分改定により、コンビニでのエロ本の販売が問題視される。出版業界は、買わないと中身が読めない「シール止め」の自主規制を開始した。

こうして出版社の自主規制が進んだことで、東京都における有害図書指定制度の存在感はどんどん薄れていった。

しかし現在、この制度は再び大きく注目され、規制はいっそう強化された感すらある。有害図書指定における50年の戦いは、今もなお続いているのだ。

★この続きは、明日配信予定!

■週刊プレイボーイ49号「東京都『有害図書』指定の50年史」より(本誌では、懐かしい各誌の表紙もコレクション!)

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